可児吉長

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可児 吉長(かに よしなが)、戦国時代に活躍した武将。槍の才蔵として名を馳せたカニである。尚、可児才蔵なる人物は彼のパラレルワールドにおける存在なので注意してほしい。

生涯[編集]

美濃国の海岸に漂泊している所を拾われる。蟹の分際ながら二足歩行を覚えた彼は地元の領主斉藤家に仕え、斉藤家が信長に滅ぼされると、信長重臣たちへとったけひっかえ仕官する。腕が六本ある豪傑であったので引く手数多だったのであろう。その後織田家が猿家に天下から蹴落とされると、三好信吉(豊臣秀次)に仕え、小牧長久手の敗戦後は福島正則に仕え、すったもんだのあげく最後の主とした。

小田原征伐では北条氏規多量の泡を吹かせ、関ヶ原の戦いでは福島勢の先鋒の将として大活躍。宇喜多水泳クラブの面々を打ち取りまくり、家康も彼を絶賛した。福島家が安芸に加増転封された際、正則より加増の沙汰があったが、そうなると身分上ドカチンも従事しなければならなくなり、槍一筋で生きていたい吉長は加増をお断りしたという。老いてもその血気は盛んで、「トシを取られましたね」と発言しただけの部下の首をねじ斬るなどの逸話を残したが、60歳の春に脱皮に失敗しそのまま息を引き取った。

エピソード[編集]

武勇[編集]

なぜか赤備である。
  • 可児吉長はなんといっても槍働きにより著名になった。十文字槍の使い手で、宝蔵院流を修めたとも。その十文字の穂先を見た吸血鬼は即調服されたという。
  • 彼の必殺技は「かにばさみ」である。両手に同化した十文字槍で挟まれればいかなる豪勇の者でも逃れられない。そして首もかにばさみでパッチンと斬り取る。
  • 前に歩けなかった。
  • 非常に頑強なを身にまとっており、「かにの甲羅」と賞賛された。しかし脱ぐのに二日ほどかかり、向こう一週間は体がフニャフニャになるのが玉に疵。
  • 戦場では擬態のため背中に笹を背負い、相対した敵を笹でくすぐって油断させたところを討ち取るのが、彼の必勝パターンであった。このことから「笹の才蔵」という渾名もついた。
  • 打ち取った首級の口に笹の葉を詰めるという謎の行為を行っていた。恐らく趣味。

人物[編集]

  • 彼は全身剛毛が生え揃っていて、「けがに」とも呼ばれた。現在の資料では分類は不明である。
  • 武勇の誉れ高い彼には大勢のファンがいた。このファンによる親睦会は「かにクラブ」と称した。
  • 彼の子孫は、かに料理専門店「かに道楽」を創設したらいしい。十文字ホジホジ棒でカニの身を取り出して食べるのが評判。
  • 小牧合戦で彼が秀次を見限った理由は、味方総崩れで撤退中、慌てた秀次が彼のことを「えび」と、呼び誤って激怒させたことにある。かにとしては、えびと言われるのがこの上ない屈辱だったようだ。

関連項目[編集]