千葉県立船橋高等学校

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千葉県立船橋高等学校(いちりつではないふなばしこうとうがっこう)は、千葉県船橋市東船橋にある高等学校である。通称は、県立船橋、県船、船高、市立じゃない船橋。

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概要[編集]

千葉県外の人々は船橋高校というと、市立船橋高校と思いうかべるのであろうが、千葉県民にとっては、県立船橋高校は、県立千葉高校、東葛飾高校とともに、「千葉県公立高校御三家」の県内屈指の進学校として有名である。2017年度の東京大学合格者数は20名であり、この数は、県立千葉、渋谷幕張につぐ数字であり、全国でもトップクラスである。ちなみに伝統校ということもあって通算の東大合格者数は県内では県立千葉高校に次いで二番目である。元内閣総理大臣の野田佳彦も県立船橋高校の卒業生である。千葉県の高校で内閣総理大臣を輩出したのは船高だけである。 市立船橋高校しか知らない人間は、スポーツ新聞しか読まない馬鹿か、大学受験も経験していない高卒の低学歴者であろう。

この高校には体育科や商業科は設置されていないし、スポーツ強豪校としての全国的知名度があるわけでもない。サッカー部が全国高等学校サッカー選手権大会で5回優勝したということもないし、野球部甲子園に出場したこともない。しかし数年に一度あわや甲子園出場という大躍進を見せることで知られており、県船出身の科学者たちが生徒を使って密かに人造人間の研究を行っているという噂が後を絶たない。後述の早川選手や現在母校船橋高校で野球部監督を務める元エースで慶應大学出身の日暮投手など、進学校に不似合いの選手が生まれるのもこのためではないかと考えられている。ちなみに生徒は船橋高校と野球が大好きらしく、2018年の千葉県予選で習志野高校と対戦することになった時には「「学校休んで見に行こうぜ……」」みたいな空気が校内に充満したためただでさえ授業公開の名目で毎週のように土曜授業を行ったり、三学年だけ学年最後の考査を行わなかったりして教育委員会に目をつけられており、これ以上何か(生徒会による自主休校とか)起こしたらまずいと考えた校長の英断で、前日に臨時休校もとい野球応援を公欠理由として認める措置が取られ、全校応援となった。割り当てられた応援席には収まらず芝生まで埋め尽くした青色のシャツと応援は壮観だったが肝心の試合はヒット一本のみで敗北した。

そんな感じでスポーツについては ……orz、だが学生の脳味噌の品質はいいらしく東京大学の合格者は多いみたい。

あまりにも低い知名度をスポーツでも補おうとしたのか、水球対応のプールを作ってみたり、体育の授業にカバディを採用してみたり、筋トレ同好会を作ってみたり、アーチェリー部に至っては実際にインターハイに出場してみたりなどと学校を挙げて知名度向上を図っているようだが、やはり知名度は上がっていないようだ。アーチェリー部はその後もインターハイに出場したり、国体に出てみたりして頑張っているようだがやっぱり知名度は上がらない。

文化面で知名度向上に貢献しているクイズ研究会部・自然科学部・合唱部には数多くの特権が認められているとかそういうわけではなく、なぜかスポーツ偏重の学校である。野球部を甲子園に出すより知力・文化的に優れた生徒たちを東京大学に100人送り込んで知名度を上げる方がずっと簡単なはずだが、なぜか数代前の伝説的校長Mは野球部が夜も練習できるように、積立金から百万円かけて野球部グラウンドの照明を整備した。野球部員も早く練習が終わった方が良いので業者以外誰も得していない。

ちなみに本校のサッカー部は、世界初の反発型磁気浮上式木造リニアモーターカーの営業運転開始や、自転車を漕いで起こした火花放電による飛行船の無線操縦で、「科学の甲子園」に出場し、内閣総理大臣賞などに輝いたことがある。

大事な事なのでもう一度言うが千葉県立船橋高校は船橋市立船橋高校とは全くの別物であり勉強ができる方の船橋高校である。東船橋駅の南側である。東船橋、北から出るか?南から出るか?

野田佳彦信仰[編集]

船高は公立高校であるから宗教的に偏った教育は行われないが、多くの生徒・教員はどじょうを熱烈に信仰している。各クラスにはどじょうの写真が飾られ、さながら御真影である。どじょうが所属していた某部に残る名札を見上げ「おー」と感嘆するのは全船高生の通過儀礼といえる。どじょうの言動はしばしば話題になり、船高生はどじょうを大いに称える。どじょうの選挙カーが通れば笑顔で手を振って応えるのが選挙期間のお約束である。世間的には高い評価がされていないかも知れないが船高生の前でどじょうを誹ることは自殺行為である。船高の敷地内で「増税自爆解散くそ野郎」等と言おうものなら皮膚の一片も校門を出ることはないだろう。

校風[編集]

生徒手帳には「専心研学の校風を樹立する。」とある。2020年で創立百年を迎えるが「専心研学の校風である。」となるには更に百年は必要なのではないだろうか。

校歌[編集]

船高生は船高の校歌が大好きである。作詞は「ちいさい秋みつけた」等のサトウハチロー、作曲は「赤とんぼ」等の山田耕筰で大変豪華な校歌であり、さすがに歌詞も曲も良い。ことあるごとに集団で「おーおーぞらーうーつーして」と歌い始めるので船高生以外にも「なんか津田沼駅のあたりで聞いたことあるな……」という人がいる。

校舎[編集]

古くて汚い。古くて汚い。そのうえ古くて汚い。もはや文化財の域である。

生徒[編集]

県内では千葉高以外敵無しの圧倒的なブランド力を誇る。「船高生は自信に満ち、それでいて嫌味なところがなく素直で真面目な人間が多い」という評判だが、そんなわけはない。そういう船高生も全くいないというわけではないが……。


年間行事[編集]

入学式[編集]

船橋市や市川市や千葉市の中学校で上位層だが千葉高には進学できない程度の学力の生徒と、柏市周辺の中学校で「東葛には行きたくねぇな……」と思った中学校指折りの優秀な生徒と、印旛地域や成田地域の中学校で学年一の秀才とされ場合によっては数年に一人の逸材と謳われた生徒、そして都内の超名門校に進学できる学力を持ちつつ「近いから」といった理由で船橋高校を選んだ生徒が入学する。ごくまれに「船橋高校に憧れていました!」と言う生徒もいるが基本的に嘘つきか恐るべき馬鹿かクイズ研究会部入部志望のヤバい奴なので近寄らない方が良い。

たちばな祭[編集]

いわゆる文化祭である。が、実態は一種のエクストリームスポーツであり、どれだけの人数が部活動や勉強を犠牲にしてクラス準備に参加したかを延べ人数やかけた時間・金額などの指標によって測り、クラスごとに競い、最も多くの生徒の貴重な時間を奪ったと認められたクラスには「たちばな大賞」が授与され羨望の眼差しを受ける。。同時にクラス準備に参加せず部活等有志団体でのたちばな祭準備・中夜祭準備に精を出しいかにしてクラスで孤立できるかを競う「裏たちばな祭」も行われている。こちらは個人プレーであるが団体内で連帯して各々のクラスで孤立しようとするため上位入賞者の多くが同じ団体から輩出されがちである。「裏たちばな祭」の上位入賞者を多く輩出する某団体はたちばな祭クラス準備を集団で放棄するばかりでなく年間を通して各々がクラスに溶け込むことを放棄し、奇妙なダンスに多大な時間を充てることで中夜祭での大賞を受賞しており、「裏たちばな祭」における地位を盤石なものとしている。また、運営を司る文化委員会(たちばな祭と後述のほととぎす祭やカルタ大会の為の団体、部活動と同様の位置づけであり大体の部よりもヒエラルキーは高い)と反抗的団体(○○部や××部のこと、ヒエラルキーは低い)との間で衝突が起こる場合もある。というか毎年のように起こる。校外の人々も多く来校する一大イベントであり、船高生は世界で一番面白い文化祭だと思っている。六月に開催されるのは受験生の夏休みを文化祭の準備に使わせない為だとされているが実際には他の学校と開催日がかぶることを避け、多くの来場者を集めようという陰謀である。

夏季休業[編集]

一年生と二年生は部活動と進学補習、三年生は進学補習と進学補習に費やすことになり結局毎日学校に来る。

球技大会[編集]

少数のスポーツが出来る人間にとっては楽しく、それ以外の人間にとってはただ授業がないだけの日である。また、普段は虐げられている卓球部が良いところを見せられる唯一の機会でもある。

陸上競技大会[編集]

昔は東大グラウンドでやっていたらしいが今では市の競技場でやっている。少数のスポーツ(ry

修学旅行[編集]

何十年も関西方面が行先だったが2017年のみ沖縄に行った。沖縄ではしゃぎすぎて「名門校」としての名を傷つけたためか2018年は再び関西方面が行先となっている。

ほととぎす祭[編集]

「冊子」と通称される同人誌を諸団体が発行し無料で頒布する「冊子の部」と一年生と二年生がクラスごとに市民ホールで合唱をする「合唱の部」に分かれている。

予餞会・卒業式[編集]

汚い校舎、奇人・変人・変態、何もしない教師、自堕落な高校生活との別れの喜びとこれから訪れる浪人生活への絶望から涙を流す卒業生が続出する。一年生と二年生は翌日から考査が始まるため卒業式の最中に卒業生のことを考えている者はほとんどいない。卒業式の朝にとある冊子が受験勉強と引き換えに自らの創作意欲を満たそうとした一部卒業生によって密かに販売される。これはいつだれが始めたのかもわからないが船橋高校出身の教師たちが在学していた太古の昔から続く伝統であり、教室でこれを回し読みする生徒の姿は船橋高校の春の風物詩である。


「千葉県立」船橋高等学校だ!二度と間違えるな![編集]

校章[編集]

「α」ではない。現在は理系高校をアピールしているが制定時はそうでもなかったらしく「古典文化にゆかりの深い」橘のゴベンゴカクだかなんだかを取り入れている。余談だがかつては金田一京助が講演に着たりしていたのに今では理系教授ばかり来る。

校旗[編集]

青春は掲げていないし、みどり色でもない。

交通[編集]

月曜深夜~金曜深夜運行。学校休業日は運休。


沿革[編集]

略歴[編集]

  • 1956年には設立されていない
  • 1988年には春のセンバツ高校野球大会に出場していない
  • 1993年にも春のセンバツ高校野球大会に出場していない。夏の甲子園にも出場していない
  • 1994年に全国高等学校サッカー選手権大会で優勝していない
  • 1996年にも優勝していない。1996年から1998年にかけて3年連続で夏の甲子園に出場していない
  • 1999年にも優勝して(ry
  • 2002年(ry
  • 2007年もやはり夏の甲子園に出場していない

著名な出身者[編集]

サッカー[編集]

VVVフェンロのカレン・ロバートや茶野隆行、名古屋グランパスエイトの中村直志などはこの高校の出身ではない。

その代わりといってはなんだが、元サンフレッチェ広島監督の小野剛は本校出身である。

野球[編集]

念のため断っておくが北の果てにいる林昌範、名古屋の強竜軍団に所属する小笠原孝(通称ら様)、北の闘士軍団に所属する立石尚行、これら3選手はこの高校の出身ではない。

本校出身の選手では、2007年に入ってからは関西のお荷物球団から放出され、幕張に入団した早川大輔選手(お早川バット投げ戦士)が大活躍を見せている。2008年にはバット投げのシーズン記録を更新した。

水泳[編集]

鈴木大地選手がソウルオリンピックで100m背泳ぎで金メダルを獲得した
まあ船橋市立ではない船橋高等学校のOBではないので、ここに書くべき内容ではないだろう

芸能[編集]

ペナルティは全国高校サッカー選手権大会に出場したことがあるため、この高校の出身ではない。

別の芸能事務所だが、劇団ひとりは定時制の課程に出没していたため、本校出身である。

巷で話題のディーンフジオカという俳優が本校出身という話があるがそんなイケメンはこの高校に存在するはずがないので恐らくデマである。存在してたまるか

その他[編集]

wikipediaによると、「オウムを監視した」江川紹子、「爬虫類を観察する」千石正一、「円高を見守る」、総理大臣やった野田佳彦が卒業生だそうだ。何となく地味なあたりが校風なんだろう。

Q.なんでこんな項目作ったの?[編集]

この項目を作った人の答え:

市立ではない船橋高等学校は、千葉県の公立高校の中では県立千葉高・東葛飾高と並び「公立御三家」と称されるほど入試難易度が高い。 もうちょっと具体的に言うと、県立千葉高のちょっと下、東葛飾高よりもまぁ高い偏差値で、さらには授業のレベル、進学実績は東葛飾高校を圧倒しているので、実質公立No.2高校とみなされている。また、第二学区の公立高校の中では最も高い偏差値の高校である。 そのためか、当校入学者には「自分たちは高校受験の勝者だ」というプライドと満足感をそれなりに持っている人が多く、「東葛?私服のとこでしょ?笑えるww」とか「千葉東?挫折したのねwwダッサー!!」などという認識を持っているものも多い。実際俺も持っていた。

だが!いくら公立御三家だの第二学区トップだと言ったところで、所詮東大合格者は20人超えればいい感じという微妙な合格実績しか残せない高校である。週刊誌に載る「東大合格者数ランキング」の上位にランクインすることは望めないので、千葉県民からは「船高?へー、頭いいねー」みたいなことを言われるが、県外出身者は当校のことなど全く知らないのである。

一方、市立船橋高校はサッカー部が全国選手権を5回も制覇するなどの輝かしい歴史を持つため、県外の人でもスポーツニュース等を通じて(市立)船橋高校の存在を認知している。

以上の背景から、市立ではない船橋高校出身者は自己紹介で母校の名前を言った際「船橋高校?あー、あのサッカーが強い高校出身なのね」と、出身校を間違われる。そしてそのたびに心の中で「スポーツしか取り柄がなくて偏差値高くない市立船橋高校と一緒にするなコノヤロー俺の出身校は公立御三家で偏差値も高くて(ry」などと忸怩たる思いを抱えながら「いや船橋高校には市立と県立があって、私の出身校はスポーツで有名な市立船橋じゃない方の船橋高校なんです」と県外出身者にとても親切で丁寧な説明をするハメになるのである。俺は少なくとも2回こんな説明をした。

千葉県内ではチヤホヤされてたのに、県外では市立船橋と間違われるなんて……俺も所詮井の中の蛙なんだな……と思った経験をジョークにしてしまおうと思ったのが、この記事を作ったきっかけである。

余談[編集]

この項目は初稿執筆者の記述である。

記事を作った後、同級生から「アンサイクロペディアの船高の項目マジ面白すぎwww」と言われたことがある。その場で「ああ、あの記事は俺が最初に作成したんだぜ」と、どや顔見せつけながら言おうと思ったが、友人から「こんな秋風漂う寒い記事を独りぼっちで書いてる奴」と思われたくなかったので、沈黙することにしたのであった[1]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]


脚注[編集]

  1. ^ こんなやつはこのサイトからたたき出せばよい、と思うのは加筆者だけでしょうか。