北陸本線

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北陸本線(ほくりくほんせん)とは、滋賀県米原駅石川県金沢駅を結ぶ、そこそこの長さの路線である。長さで言えば東海道本線山陽本線山陰本線ともいい勝負であった…のだが、北陸新幹線開業によって、金沢駅〜直江津駅間が3セク化され中途半端な距離になってしまった。敦賀駅〜金沢駅間も3セク化すると予告されている。中途半端にローカルで、中途半端に空気鉄道路線である。直江津駅までがJR西日本によって独占的に運転されていた。

概要[編集]

食パン輸送専用の食パン電車。普通に一般客も乗せているため、忍び込んでつまみ食いしようとする人が絶えなかった。

かつて世界的にも珍しい食パン輸送電車が走った路線でもあり、鉄道教を中心に注目度が高い。古くはその電車により、毎日食パンが輸送されていたが、現在では用途廃止となってしまった。なお、これを股尾前科運転士の責任とするのは誤りである。

北陸新幹線の開業によって、2015年には金沢駅〜直江津駅間を、202X年には敦賀駅〜金沢駅間を第三セクターとして切り捨てると同時に、この区間の優等列車は全て廃止。会社が県境ごとに分断され、運賃が大幅に上昇した。しかし特急待ちは無くなったが貨物列車待ちが残ったため、結局在来線のロスタイムは減らならなかった。

路線紹介[編集]

米原駅〜敦賀駅間[編集]

恐らく最も繁栄している区間。続・琵琶湖線区間。途中の近江塩津駅からは湖西線からの列車も割り込み、列車本数がとてつもなく多くなる。偽物の新快速や、新型車両521系、湖西線のボロなど、そうそうたる顔ぶれとなる。しかもそこから敦賀までは山間部を走り、路線もカーブが多い。高い場所を通るために、わざわざ線路を一回転させてループ線にするというふざけた設計までしているほどである。

元々は非電化区間だったが、ガソリンカーガソリンに煙草の火などが引火し、大爆発する事故が多発したためのちに交流電化された。ところが長浜市など周辺のお偉い方がいちゃもんを付け、巨額の金をコッソリ渡して直流に変更してもらうようお願いし、変更された。理由は交流電気が発生させる電磁波スカラー波から守るためとのことである。その後、敦賀市も同じ理由でコッソリ金を渡して直流に変更させ、米原から敦賀までは全区間が直流となった。これは大正解である。経営分離に備えたものだ。直流なら全国の大手私鉄から車両を買い取ることができる。もっとも走ルンですでないのを買うには苦労するだろうが。そしてやたらきれいな駅舎が多くなった。

敦賀駅〜金沢駅間[編集]

北陸トンネルを抜けると関西弁が通じなくなり、いよいよ北陸に入る。とはいっても、これ以外に長大トンネルはなく、距離の割にトンネルが少ない。北陸トンネル〜南条間と福井・石川の県境しかトンネルがない。北鯖江〜大土呂間も、北陸自動車道を爆走するトラックがトンネルに突っ込むのに対して電車は切り通しを通るだけである。この競争で特急はトラックに勝つことができるが、普通列車はいつも負ける。とにかく直線区間が長い。福井〜芦原温泉間は地平線のごとく、とにかく線路がまっすぐ。加賀平野も直線区間が多い。かといって富山と比べて橋が少ない。が、手取川の鉄橋が鬼門で、天気が悪くなると海風のせいで特急も含めてことごとく列車が跳ね返される。ここだけが敦賀〜金沢間の中で線路が最も日本海に近いがあまり見えない。なぜこんなところに線路を通したのであろうか?北陸新幹線はちゃっかりとここを避けて内陸部を通る。

芦原温泉加賀温泉駅という駅名ではあるが、駅前に温泉はない。加賀温泉に至ってはそのような温泉自体が存在しない。粟津駅から粟津温泉は遠い。丸岡駅から丸岡城は見えない。野々市駅は市内に2つあるので、待ち合わせを間違えると、エクストリーム・謝罪。丸岡、芦原温泉、粟津、寺井、野々市はお金がなかったので、大人の事情で駅名を奪われるという屈辱を味わった。正しくは新庄、金津、符津、根上、御経塚(二日市)である。今でもしこりが残り、たまに駅名復活(改称)運動が起こる。寺井は悲願の駅名奪還に成功し、2015年春に能美根上駅となった。

能美根上駅は急カーブ上に線路とホームがあるため、電車がものすごい角度に傾く。おそらく北陸線一番の傾きであろう。牛ノ谷も能美根上に次いで傾きがひどい。よく許可が出たものだ。次のことがよく起こる。

  • バランスを保てなくなった乗客がひっくり返り、電車の外に放り出される。
  • キャリーバッグが隣の乗客に激突して、あちこちでエクストリーム・謝罪
  • この勢いを利用して、線路にアボーン。
  • 乗降客が電車とホームの間にできた大きな隙間に落ちて、禁則事項です

2002年には10万人規模の都市にも関わらず、小松駅周辺の区間が連続立体交差化された。やはり蜃気楼ゴジラ、駅前の大きな会社の力によるものであろう。福井駅は雪瓦の駅とする構想もあったが、結局は小松駅とそっくりな駅で決着し、小松駅に遅れて2005年に連続立体交差化され、福井県で初めて駅構内にエスカレーターがついに導入された。今までどこにもなかったんかい!!

金沢〜富山間より特急は少ないものの、サンダーバード、しらさぎの運行区間とかぶるため、退避がちょくちょく行われる。2011年3月からは敦賀〜小松間の普通列車は滋賀県と福井県がコッソリ税金を渡して開発した新型車両の技術を盗んで量産化した521系しか走らなくなった。そのため新しくできた北陸トンネル手前のデッドセクションでのお楽しみがすぐになくなった。2014年3月には七尾線直通を一掃。今庄行きは既になかったことにされている。ちなみに明らかに18きっぷ利用者への挑発的とも取れたこの運用の方向幕もマジで白紙にされていた。

三セク移管区間[編集]

金沢駅〜富山駅間[編集]

ここからはIRいしかわ鉄道線とあいの風とやま鉄道線のお話です。

米原〜敦賀間に次いで繁栄している。金沢、高岡、富山という三大都市を結んでいるからである。普通列車の本数に限れば米原〜敦賀間よりも本数が多い。特急が最も多く走っていた区間。国鉄時代から走っているボロやJRが開発した新型車両が入り乱れ、カオスな空間を作り出す。未だに食パン輸送は健在。普通列車は申し訳なさそうに特急列車の合間を走るが、それもまたローカルでいいかもしれない。国鉄時代から走っているボロの特急は主にJR東日本所有のものであり、西日本の特急は殆ど新型である。福井ほどではないがカオスな空間といえばカオスな空間であった。現在は敦賀〜金沢間と同じく、ごく一部を除いて新型車両の普通電車しか来なくなっている。

金沢〜津幡間では勝手に乗り入れている七尾線も走っているので北陸3県の中で『本数』は割と多く感じるが、乗り遅れてもすぐ5分後に来たり、小一時間待たされたりと、統一感は皆無である。非常に不便ではあるものの実はこの統一感のなさこそ北陸本線の魅力でもある。この七尾線の電車はブレーキの金属音が他の国鉄時代からのボロよりとにかくひどいと周辺住民からは苦情が出ているが、鉄道教には大人気である。始発駅では気合を入れ直すため、いったん電気が消える。

金沢市ショッピングセンターが開業したため、小さな駅には目もくれない快速列車が設定された。国鉄時代からのボロで運転されているために揺れ、音ともにスリリングな体験ができる。鉄道教に限らず速度狂にも人気である。当然急行列車愛好家は言うまでもない。しかし「あいの風ライナー」は新型車両となり、愛好家をがっかりさせている。

なお、高岡〜富山間では南砺市から現れた忍者が走行している姿も目撃されている。 JR西日本が捨てた区間、富山県内は、あいの風とやま鉄道となったも4両を2両にしたため、小杉駅と呉羽駅で積み残しが発生し、無理に乗ろうとした乗客が輌屋根に山以上乗るという事態が発生。毎日4人感電負傷を発症。この惨状を見た あいの風は止むを得ずJR西日本からもらた3両に取り替え 増やしたという。 ちなみに あいの風とは万葉集大好き富山県によれば、アユミ浜崎の風から来てるとのことだ。

富山駅〜直江津駅間[編集]

ここからはあいの風とやま鉄道線とえちごトキめき鉄道日本海ひすいラインのお話です。

最も閑散した区間。かつてはほくほく線156km/hで爆走する特急はくたかなどが走っていたが。廃止以降は確実に閑散としている。18きっぷのシーズンですら、ボックス席を独占できるほどであった。普通列車はすべてボロく、揺れ、音ともに激しく、糸魚川 - 梶屋敷では突然電気が消えるというスリリングなおまけつきであった。揺れるおっぱい車両、モーターの激しい喘ぎ声唸り声は一般客には不評だが、鉄道教信者、特に乗車宗と音響宗に人気が高い。ただし本数はともかく、速度自体は車両のボロさを感じさせない爆走っぷりで、並走する富山地方鉄道には目もくれずに走り抜ける。上越線水上〜越後湯沢間よりは本数が多いとはいえ、この2つの関所により上越線の代わりに大糸線を選択したとしても、18きっぱーの富山と東京の移動には苦労を要する。あいの風鉄道の受持は、市振までだが、自社の電車は 越中泊で殆ど富山に跳ね返され、この駅から 最もよく燃えるディーゼルカーによる単行となる。そのため何にもない越中泊で30分以上 待ち惚けを食らう。朝に限り、食パン需要が多いため6両という長大な食パン輸送が行われ、夜も明日の朝に備えるために6両という長大な食パン輸送が行われていた。そのため、えちごトキめき鉄道は泊〜直江津間の日中について1両に減車を行い、突然消灯のイベントもなくした。一方で糸魚川〜直江津間ではかつての「北越」のボロを使ったグリーン車付きの長大輸送が始まり、普通車は追加料金を取らない羽振りの良さである。この電車のみ突然消灯のイベントを楽しむことができる。泊〜直江津間は大事故が多発したため、国鉄時代に大掛かりな付け替えを行っている。

閑散区間でありながら越中泊駅へ近づくに連れ客が減っていき、以降は平均100人程度となる。境川という川を渡ると新潟県に入り県で最初の駅であろう市振に到着。この一帯は地理的に富山県っぽい。昔新潟に取られたんだろう。親不知あたりは景色がよく、乗っていて楽しい区間である。しかし、普通列車ならば隣を走る車に抜かされ悲しい思いをする。さらに車両のボロさが原因で車両故障を起こした場合、駅に止まったまま国道を快走する車を尻目に釘付けとなってしまう。あのときに屈辱感はなんともいえないものであった(筆者談)。越後青海を過ぎ、姫川を渡ると右手から非電な大糸線が合流すればもうすぐ糸魚川駅だ。

糸魚川からは大量の客が乗り込み直江津へ向ける。富山県は西日本だが、この一帯は東日本でこーなるのだとか。隣駅である梶屋敷への道中、忌まわしきデッドセクションを通過し、電源が交流から直流に変わる。この時車内の蛍光灯が薄暗くなる。浦本駅を過ぎるとトンネルばかり通過するため地下鉄と呼ばれる。能生、名立にいたってはトンネルに挟まれた格好になってる。その両駅間に筒石駅というモグラ駅がある。海風に辺りながら有間川、谷浜と過ぎて長いトンネルを抜けると右手から妙高はねうまライン(かつての信越線)が合流、終着駅・直江津に到着する。JR時代は普通列車だけここで跳ね返されていたが、えちごトキめき鉄道は国鉄時代の新潟直通を復活させた。

直江津から北陸線と信越線がトキ鉄になったため、長岡方面からは 糸魚川のよう行き止まりとなってしまったため、新潟民の 青春 から北陸が潰された格好となる。

種別[編集]

特急列車[編集]

北陸本線のメイン。特急列車>普通列車の式が成り立つため、特急街道と皮肉られる。しかしJR西日本はマゾなので快感を得ている模様。製造40年以上たつ車両から平成に作られたベテランから若手まで様々である。また、とてつもなく速い。一部では160km/hで走っていたという証言もあるほどである。また、エクストリーム・スポーツが行われることがあるが、他の乗客が精神疾患を起こす事例が多発したため、特急列車としては珍しい女性専用車を連結している。一方でアーン♥♥を個室でゆっくり楽しみたい人のために個室を連結した寝台特急を運行している。

この路線の看板列車は「雷鳥」であったが1990年代にサンダーバードがデビュー。勢いは止まらず、2009年6月から新種のサンダーバードが順次投入された。その後も次々と導入され、雷鳥はサンダーバードに駆逐され、完全に置き換えられている。また、しらさぎでは学生や社会人が暇になるお盆の時期でも一部列車が5両編成で運転されることが多い。これは明らかに嫌がらせである。座れば天国、立てば地獄である。

福井〜金沢間にはふざけた名前の「おはようエクスプレス」や「おやすみエクスプレス」が平日に走る。1往復申し訳ない程度でやってきていた「はくたか」に代わってふざけた名前の恐竜「ダイナスター」が3往復走るようになった。

そして何といっても花形の「トワイライトエクスプレス」もいる。しかし、中身がボロボロになり廃止された。

急行列車[編集]

かつて、北陸本線では夜行の急行列車が大阪と新潟間を「きたぐに」が、金沢と上野間を「能登」が、それぞれ一日一往復していた。

2012年春のダイヤ改正をもって臨時能登は消滅、きたぐにも臨時化が決定。この時点で、日本からJRの定期電車急行は消滅し、JR西日本管内から定期急行列車が消滅した。多客臨時として残ったはいいものの、583系自体の車齢及び金沢~直江津間第三セクター化の関係で、北陸新幹線延伸後は臨時運行すらも怪しいのではないかという観測が広がっていた。その予想は大当たりし、2013年1月にきたぐにの廃止が正式に発表され、長きに渡る北陸本線における急行列車の歴史はここで幕を下ろした。

「能登」は金沢に延伸される北陸新幹線と区間が重複している上、使用されていた車両(489系)は既に廃車。臨時で使用されていたJR東日本の485系は「ムーンライトえちご」の方で使われるため、今後の運行復活は絶望的である。

普通列車[編集]

地味だが、数多く運行されている列車…であるが、特急に運行本数で負けている。JR東海の「新幹線をご利用ください運動」をパクった「特急列車をご利用ください運動」をやっているようだ。かつては全線直通のとっても時間のかかる列車も多かったが、現在はほぼ全便分断。なので、普通列車のみで全線を走破するのはかなりの苦労がかかる。[1]おそらくドMの利用者しかいない。

2011年には福井 - 富山の直通が消滅、2014年には小松 - 富山の直通と七尾線直通(直通なのに、金沢駅では「X番のりばから発車する電車のほうが先に到着します。」と車内放送されるふざけたダイヤ)が完全消滅し、必ず、必ず、金沢で乗り換え強要させられるようになった。大事なことなので2回言いました

貨物列車[編集]

実はこれがメインではないかという説も。西日本各地と東北・北海道を結ぶ貨物列車が多く運行されており、福岡札幌を走るものもあるのでなんとか乗り込もうとするやつが後を絶たない。普通列車の本数が少ないのは、実はこいつのせいかも。これに客車が付いていればなんと便利だろうと思う鉄オタも多い。

食パン[編集]

あんぱん輸送車を作る計画もあった。

北陸本線では食パン輸送が行われている。普通列車のみで行われており、小さな駅でも食パンを降ろす作業が毎日見られる。さて日本では古くから郵便輸送、荷物輸送、果ては汚物輸送(いわゆるうんこ列車)が古くから行われてきたが、食パンに限って鉄道で輸送する例は他に例が無い。なぜ北陸本線だけで食パン輸送が行われ始めたのかは、資料が無いため未だに未解明であるが、以下の理由が有力である。

  • 道路の整備が進んでいなかった昔、少しでも速く食パンを輸送するため。
  • 北陸は地味なので、北陸にしかない何かを作るため。
  • 戦前はまだ有名でなかった食パンの知名度普及。
  • 関西人は厚切りを好み輸送量が増加するため、トラックだけはとてもまかないきれなかったため。
  • 北陸の難所、親不知で食パンを積んだ車が海に流されるのを防ぐため。
  • 電車の揺れが食パンに伝わり、程よい硬さになって美味しい。

食パン輸送が好評だったので、あんぱん輸送も検討されたが徐々に国道などの道路が整備され、100km/h以上で走れるトラック及び運転者も相次いで登場したため需要が見込めないということで中止となった。現在ではそれのあおりを受けて、食パン輸送自体も減少気味である。北陸新幹線の開業時にどうなるか注目されていたが、JR西日本の公式な発表より先にどこかの新聞社が禁断の食パン格納庫開放の写真と共に2011年3月までに食パン輸送が廃止されることを発表してしまった。

存在の地味さ[編集]

北陸本線は路線が長く、関西・東海地方と北陸を結ぶ特急が多く運転され、更には食パン輸送という個性も持ち合わせているが、何故か存在が地味である。何故か。

それは北陸本線のダイヤにあるとされている。特急が多く走っているため特急街道とも言われるが、普通列車は多くないので、ローカル線ではないし、かといって大動脈でもない。日本を支える東海道本線山陽本線、あるいは長いがローカルな山陰本線に比べるとどこか見劣りしているのである。それに加え自殺の名所、東尋坊が沿線にあることも少なからず影響していると言われている。その微妙な立場と、北陸自体が地味という理由で、なんとなくパッとしない路線と成り下がっているのが現状である。

それでも前述の食パン輸送、及び特急王国といった個性も持ち合わせているため、今後の人気上昇と発展に期待…したいところであるが、北陸新幹線延伸と共に第三セクターになると発表されている(地鉄との対決?興味ない。尼崎でこりごり)ため、北陸本線が短くなる、あるいは消滅する恐れもあり、前途多難である。なお、関西以西と東北北海道を結ぶ貨物列車が多数運行されているため貨物列車を崇拝する鉄道教信者には比較的人気である。それでも東海道本線には遠く及ばないが。

存在自体も地味なら名前も地味である。名前の地味さでは下手すると七尾線や氷見線以下かもしれない。なんといっても、金沢、富山、福井のような主要駅の案内放送でも『北陸線』や『北陸本線』という名前は全くと言っていいほど耳にしない。例えば金沢駅の場合、七尾線は「七尾線、羽咋方面普通列車七尾行き…」と放送されるが、北陸線に至っては単に「松任、美川方面普通列車小松行き」と放送される。七尾線から乗ってきても津幡や金沢での乗換案内の際も、車掌は特に「北陸線」とは言わない。駅員にも車掌にも案内テープにも口に出されない「北陸線」が可哀相に思えてきた。駅員の知人の話によると、「ここまで口に出されない北陸線が可哀相だから、一度自分の駅の案内放送で言ってみたけど、合わないからすぐやめた」と…。普段の駅の勤務でも、輸送指令からの放送以外、「北陸線」という言葉が出てくることも言うことも無いそうだ。北陸ではこんな感じの北陸線だが、何故か名古屋や大阪からの特急の車掌には米原や近江今津での乗換案内放送で「北陸線」と言われることが多い。

ICOCA[編集]

電子マネー[編集]

2009年8月、ついにJR西日本金沢支社エリアローソンでもICOCAが導入され、一部の駅前のローソンで利用できるようになった。2011年2月には一部の駅前のデイリーヤマザキ、同年3月には一部の駅前のセブン-イレブン、2012年2月には一部の駅前のサークルKサンクス、同年9 - 10月には一部の駅前のポプラで、2014年9月には一部の駅前のファミリーマートで、2016年3月には旧滋賀県領(現在の若狭合衆国)の一部の駅前だけにあるミニストップで導入され、大半の駅近くのコンビニエンスストアで利用可能となった。

近年はJR東日本(特に北陸新幹線のモバイルSuicaの乗っ取り)や航空会社の背後の組織(特に小松市富山市周辺で活発)の攻勢が激しかったため、JR西日本は対抗策を発表、駅構内の店舗をすべてセブンイレブンに転換するというエキナカ(駅ナカ)の丸投げという暴挙に出た。ただし、24時間営業は行っていない。セブンイレブンへの転換と同時にほとんどの店の店名が「ちゃお」から「ハートイン」に変更されているが、誰も気にしないnanacoポイント対象外商品が多数あるので、注意願いたい。

以下は、ICOCAが利用できる北陸エリアの主要な駅前のコンビニの中で、乗っ取られた駅前のコンビニに関する2016年現在の情報である。

  • 敦賀駅待合室のセブン-イレブン、駅前のコンビニ
    • 新快速に乗って来てICOCAで下車しようとする馬鹿が後を絶えない。近畿圏エリアの駅と金沢支社エリアのコンビニをまたがって利用できるはずがないことはTOICAエリアとの間の関ヶ原駅 - 米原駅間で実証済みなのに…
    • 駅構内のセブン-イレブンは小松に次いで2番目の犠牲者となった元「ちゃお敦賀」である。
  • 福井駅改札前・構内のセブン-イレブン(元「ちゃお」)、西口・東口近くのコンビニ
    • 幻の導入計画があったが、大人の事情で無かったことにされている。駅前にあったローソン・ファミリーマートは導入前に駅前再開発で強制立ち退きとなってしまった。
    • 2011年3月には「ICOUSA(イコウサ)」という偽物がすまいるバスに登場した。どちらも青色でそっくりである。このカードをICOCAの読み取りリーダーにタッチしても規格が異なるため反応さえもしない(反応するカードは「このカードは使えません」という表示くらいは出る)。
    • 2014年7月、「プリズム福井」でICOCAをついに導入。自動チャージ機もある。
  • 近くにコンビニ自体がないので、小松駅周辺では導入予定がしばらく無かった。ANAJALに乗れば済むからである。楽天がAMCカードに仕込んだEdyと、イオングループがJMBカードに仕込んだワオンゲリオンの両方による侵食のほうが速かった。
    • そのため改札前の「ちゃお小松」が真っ先に転換対象となり、10月8日にセブン-イレブン「ハートインJR小松駅店」としてオープンした。北陸地区1号店として市民の洗脳のために盛大なイベントが行われた。
  • 金沢駅改札前・構内のセブン-イレブン(元「キヨスク」「ちゃお」「ハートイン」)、東口・西口近くのコンビニ
    • 2014年7月、「金沢百番街」でICOCAをついに導入。自動チャージ機もある。
  • 高岡駅改札横のセブン-イレブン、北口・南口近くのコンビニ
    • 新幹線が止まるわけでもないのに「富山駅・金沢駅には負けたくない!」という意地からなのか駅舎が橋上化され、同時に建て替えられた北口駅ビルの「駅構内と言っても過言ではないところ」にセブンイレブンが出店した。
      ただし、JR西日本の『駅ナカセブンイレブン計画』とは関係が無いと思われる。
      • 橋上化された後、出札口向かいに「ちゃお」が設けられたが、上述のセブンイレブン出店前に駅ナカ・改札口正面に規模を縮小して移転している。ここもセブンイレブン化されるのかと思われたが、閉店してしまった。
  • 富山駅高架下のセブン-イレブン、南口・北口近くのコンビニ
    • 南口出てすぐの「ハートイン」はセブン-イレブンとして移転後、ICOCAが使えるようになった。在来線ホームの「ちゃお」もいずれは使えようになると思う。と思っていたら、消えた。新幹線駅構内へのリプレイスがなされた。
    • 2015年3月、「きときと市場とやマルシェ」でICOCAをついに導入。自動チャージ機もある。
  • 糸魚川駅から少し離れたコンビニ直江津駅待合室のニューデイズSuicaの方が先に到達したため、後から来たICOCAは相手にされなかった。でも結局はなぜかICOCAが使える。休戦協定中
    • 糸魚川駅については、駅舎建て替えによって一時期在来線側駅舎から売店「ちゃお」が消滅したが、北陸新幹線の金沢開業と同時に新幹線側駅舎にセブン-イレブン・ハートインが開店した。

他にも利用できる駅近くのコンビニがかなり増えた。しかし、周辺に人家が少ない駅近くでは導入予定が無い。コンビニ自体が無いのだから仕方が無い。

IC乗車券[編集]

2015年3月、北陸新幹線開業に伴いJRから切り捨てられた旧北陸本線のうちあいの風とやま鉄道富山県内の全駅にICOCAを導入した。「北陸初のICOCA」と金沢市民をずっと馬鹿にし続けた。

ザイゴの富山のくせに先にIC乗車券が使えるようになった事に対する「日本海側最大の都市」を自称する金沢市民の嫉妬は激しく、JR西日本の尻をひっぱたいて2017年4月に石川県内の北陸本線とIRいしかわ鉄道線内にICOCAを無理矢理導入させた。実は2015年3月に西日本JRバスの金沢営業所でICOCAが先行導入されていたことを金沢市民は誰も気にしない

残りは福井県ということになるが、東海道本線函南駅関ヶ原駅TOICA問題と同じく、大都市近郊区間の乗客によるエリア外乗車や大回り乗車が起きるため、導入には消極的らしい。

直江津駅は管理がえちごトキめき鉄道に移ってからも撤去されず引き続きSuicaが使えるようだ。ただし信越本線(長岡・新潟)方面のみで、あいの風とやま鉄道とまたがって利用することはできない。

自動改札機[編集]

北陸には自動改札機が無いと思われがちだが、実はある。北陸線のたいていの駅には『入場印字機』という名の自動改札機がある。切符を口に突っ込むと切符が吸い込まれ、ジジジジジジジーという鳴き声とともに日付と駅名が印字され、同じ口から吐き出される。駅員の手を借りず自動で改札してくれるんだから自動改札機で間違いないだろう。しかし、この入場印字機を巡って以下のような光景が時々見られる。

  • 突っ込んだ切符が吸収されると慌てて引き戻そうとする奴→突っ込んだんだから吸収されるのは当たり前だろう。何の為に突っ込んだんだ…
  • 突っ込んだ切符が反対側から出てくると思い反対側で不思議そうに待ってる奴。
  • 乗れるか乗れないかギリギリなのに(北陸本線では1本逃すとその日の予定、いや人生まで狂うかもしれない)わざわざご丁寧に入場印字機に突っ込んでから電車に駆け込む(殆どの場合乗れない)

2015年の3セク化で新潟県内と富山県内の入場印字機が全て撤去された。石川県内と福井県内の入場印字機も3セク化でいずれは撤去される見込みで、滋賀県内の北陸本線には入場印字機が無いため、絶滅危惧種となっている。この光景を見たい方や切符の体験をしたい方はお早めに…

頭がおかしくなったのか、あいの風とやま鉄道は突然、2016年2月に高岡駅へICカード専用自動改札機を導入した。ザイゴの富山のくせに「北陸の在来線初の自動改札機」らしい。「ICカード専用」なので、もちろん紙の切符を通すと禁則事項です中途半端で、意味が分からない。

先を越した富山県民と「日本海側最大の都市」を自称する新潟県民に対する金沢市民の嫉妬により「金沢にも自動改札機をつけて」と執拗に迫った結果、ついに2017年4月、金沢駅(乗換改札も)、松任駅、小松駅に自動改札機が設置された。ICOCAにも対応している。実は2005年3月に北陸鉄道の石川線野町駅と鶴来駅、浅電の北鉄金沢駅と内灘駅の4駅でICカード専用自動改札機が先行導入されていたことを石川県民は誰も気にしない

直江津駅は管理がえちごトキめき鉄道に移ってからも撤去されず引き続き自動改札機が稼働中。しかし乗客のほとんどは手書きの乗車券整理券しか持っていないため、精算で有人通路が大混雑しているのに自動改札はガラガラ。

ポケット時刻表[編集]

確認できる限り、2011年頃までに無料配布は終了した模様。現在はジェイアールサービスネット金沢が運営する駅売店(「セブンイレブン・ハートイン」など)にて有料販売されている。以下は無料配布時代の記録である。


北陸本線沿線では『ポケット時刻表』というものが毎年無料で配布される。表紙の正式名称は『JR時刻表』だが、JR職員も一般客も『ポケット時刻表』と呼ぶ。

北陸本線を始め、金沢支社のローカル線や湖西線(の一部)、信越本線(の一部)の時刻が掲載されている。最近では北越急行(の全て!)東海道本線(の一部)や路線図まで掲載されるようになり無料にしておくには非常に惜しいくらいである。よくケチと称されるJR西日本の所業とは到底思えない充実さで、ちょっと大阪、名古屋へ行く程度ならコンパス時刻表やJTB時刻表なんかなくてもこれ1冊で十分である。これをよく福井県で見かけるのは、強力なスポンサーからの賄賂である。

3月のダイヤ改正時には各所で激しい争奪戦が繰り広げられるが、数に限りがあるのですぐなくなる。新入社員が「通勤で必要だから」と4月に貰いにいってももう手遅れである。

多いときにはダイヤ改正や臨時列車の季節に合わせ、年に2,3冊発行されていた時期もあるが、近年は不況の影響もあってか1年1冊のみ発行されている。臨時列車の時期には臨時列車だけを掲載した小冊子が配布された。金沢支社独自発行のパンフレットもフルカラーから2色刷りの物が多くなってきて金沢支社の厳しさが垣間見えてきている…どうなる北陸本線? どうなる金沢支社?

脚注[編集]

  1. ^ ちなみにJR化後で一番長い普通列車運用はくだりの福井発直江津行きだった。(2009年)国鉄時代の普通列車運用はさらにすさまじく、下関発軽井沢行きである。東海道から北陸線、信越線経由で、長岡で一泊する鬼畜運用だったらしい。(1940年)

関連項目[編集]


東西線で押しくらまんじゅう.jpg この「北陸本線」は、延伸の案が出ています。延伸して下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ)