勝ち組

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勝ち組(かちぐみ)とは、世間一般から羨望の眼差しを向けられるような人びとのことである。

メディアによる勝ち組像[編集]

飛ぶ鳥落とす勢いだった六本木ヒルズ族も、あっという間に犯罪者に転落

長引く不況の折、自民党右派がアメリカ共和党ゆずりの覇権主義、成果主義、実力主義を日本に取り入れ「努力すれば報われる」社会を形成した結果、資産家と貧困層の二極化が進む中で、メディアによって勝ち組像が形作られた。六本木ヒルズの高層マンション、あるいは白金台吉祥寺に豪邸を構え、ITビジネスや投資ファンドを興して業績を上げる若手社長たちである。いわゆる、「セレブ」「ヒルズ族」と言われる人たちである。

彼らはIT長者らしく情報の価値を知っていたため、メディアを積極的に利用した。メディア側も話題性があってスポンサーにもなる彼らをしきりに持ち上げたため、彼らこそが勝ち組の典型とされた。代表的なのはライブドア堀江貴文、村上ファンドの村上世彰などである。

しかし堀江は粉飾決算で、村上はインサイダー取引で、それぞれ有罪判決を受けた過去を持つ。彼らはメディアに持ち上げられ、そしてメディアの手のひら返しにまんまと嵌った形になる。時代の寵児となれば得てして反感を持つ者が現れ、足元を掬われるものである。そこまでをトータルに考えたとき、彼らは決して羨望の対象にはならない。勝ち組だったのはごく一時期だけで、かなり低級の勝ち組と言える。まさに現代の明智光秀とも言えよう。

法からも認められた勝ち組[編集]

つまり簡単に足元を掬われ逮捕されてしまうようでは真の勝ち組とは言えない。しかし日本には簡単に逮捕されない特権階級がある。国会議員だ。

国会議員になれば、まわりの人から「先生!先生!」と持て囃され、行く先々で有力者から出迎えられる身分である。職場(国会議事堂)で居眠りしていてもよいし、そもそも勤務日(会期)が短いのも羨ましい。それでいて大企業の役員並みの報酬をもらえて、JRの全線パス(しかもグリーン車にタダで乗れる)ももらえて、そしてあちこちの企業や個人から献金までもらえてしまう、まさに羨望の職業だ。彼らを勝ち組と言わずしてなんと言おう。

しかし議員の不逮捕特権は勤務日にしか適用されない。さらに東京地検特捜部という天敵の存在を忘れてはならない。国会議員は結構逮捕されるものなのである。後援会や支持者からは持ち上げられても、それ以上に野次られる機会が多いのも議員の特徴だ。そして、選挙の際に支持されなければ即座に失職し無職になるというシビアな立場でもある。その意味では、彼らも真の勝ち組には程遠いところがある。

もともと法律外の勝ち組[編集]

有名な音楽家や俳優をいつでも呼びつけられる立場だった山口組3代目組長田岡一雄

周囲のものから支持されなければ身分を維持できないという点で真の勝ち組とは言えない。勝ち組たるもの、下々の者に媚びへつらうのがそもそも可笑しいのである。

日本には、ほとんどの者から畏怖され、そして自分の意思ひとつで動く多数の配下を抱え、莫大な資産を持つ者がいる。山口組住吉会などの組長である。彼らに不可能なことはない。金と力にものを言わせ、有力者や有名人を意に沿わせることも、豪邸や高級車を買い揃えることも、美女を侍らせることも、なんでも出来る。おまけに法を犯しても替え玉が自分に代わって刑務所に入ってくれる。

だが組長になるまでが実に多難だ。絶対的な上下関係、暴力を厭わぬ組織の中に身を置くのは楽ではない。抗争に巻き込まれれば命の保障はないし、不始末をすればやはり命に関わる。晴れて組長になったところで、対立組織から命を狙われるのには変わりない。いくら傍若無人に振舞えたとしても、常に命の心配をしなければならないのでは、真の勝ち組とは言いがたいだろう。

生まれ持った身分が違う勝ち組[編集]

熊本県知事、総理大臣を歴任し、今は陶芸家として悠々自適な生活を送る細川護熙

どうやら真の勝ち組像とは、その人の実力などとは無関係のところにあるようである。実力に頼っているということは、実力に翳りが見えたらすぐにその身分を追われるということに他ならないからだ。

世の中には貴族華族と呼ばれる人たちがいる。現代日本には公式には貴族、華族はいないことになっているが、それでも徳川、一条、近衛、徳大寺などと言えば、世間からはそれだけで高貴な方として恭しく扱われる。

明治大正期の華族は一生食うに困らない身分であった。とくに有力な華族は帝国大学を出たのち海外留学なども経験し、中央政府の高級官僚の地位が約束され、その後は自動的に勲位が授けられ、貴族院議員に推挙されたのである。無論、高級な家具や調度品を揃えた豪邸に住まい、使用人を何十人も雇い、昼は昼餐会、夜は舞踏会という生活である。

現代日本にはさすがにそのような華族はいない。しかしたとえば細川護煕という政治家は、清和源氏から続く細川家の家柄というだけで世間から持ち上げられた。1983年には45歳の若さで知事に就任、1990年代前半の政界再編時にも、衆議院議員初当選の彼が総理大臣に担ぎあげられている。総理在職中にはボールペンで記者を指すという失礼なことをしても、記者たちからは総じて好意的に書かれている。どれもこれも細川家の威光によるものである。そして還暦を迎えるにあたり潔く政治家をやめ、陶芸家・茶人として悠々自適な生活を送っている。生涯ドロドロしたヤクザな世界に身を置く他の政治家とは一線を画す、まさに勝ち組である。

現代社会の究極の勝ち組[編集]

アメリカ合衆国大統領でも最高の敬意を表さずにはいられない

だが貴族のさらに上を行く人物がいる。皇族である。そこで天皇の暮らしを考えてみよう。

身分や権威に関して日本最高位に位置することに疑いはないだろう。そこで俗っぽい話になるがお付き合いいただこう。まず、東京駅徒歩圏内に自宅を有する。それも庭付き一戸建てとかいったレベルではない。大庭園つき大豪邸、使用人は1,000人を超える。セキュリティもセコムとは比較にならないほど厳重だ。年収は家族で3億2400万円と一般家庭の数十倍にのぼり、所得税がかからないという特典つきだ。出かける際は警護も含めて数十人がつき従い、地元警察が信号まで止めて道を空けてくれるという徹底ぶり。長距離を移動する場合も航空機を1機丸ごと貸し切る、鉄道移動の場合も天皇には俗に「お召し列車」と呼ばれる専用車両が用意されており、定期列車のダイヤを変えてまで走らせてくれるという超待遇ぶりだ。

また、天皇は世界中どこへ行っても顔パスである。というより、行く先々で元首クラスが空港までホワイトタイで出迎えてくれる。難波大助奥崎謙三のような一部のキチガイを除き、敵視されることもほとんどない。敗戦後、昭和天皇が護衛もほとんどつけずに全国を巡幸したのは象徴的である。あれがもし東条英機だったとしたら、ものの10分で民衆から袋叩きにされていただろう。ただの首相と天皇の威光の違いである。

このような身分が保障され、上記のような芸当が出来るのは、世界でも天皇とローマ教皇くらいなものである。現代社会における究極の勝ち組と言えよう。

歴史上に輝く勝ち組[編集]

とはいえ、長い歴史から見れば、天皇も教皇もただの人である。せいぜい、将来の社会科資料集の「天皇の系譜」とか「歴代ローマ教皇」といった図表に名前が載るくらいなものだ。そんな彼らよりさらに上の存在、末代まで人々から崇められる人たちもいるのだ。

孔子ソクラテスイエス・キリスト釈迦などである。彼らは宗教間対立を越えて、全世界から今なお敬われている。特定アジアから蔑まれている天皇よりも上位に位置づけられることは間違いない。

釈迦は現在のネパールに生まれた。王子として幸福な生活を送っており、それだけでも世間的には相当な勝ち組に位置づけられる。しかし彼は29歳で出家し、厳しい修行の末に悟りを開いて、それを人々に説いて廻った。出生してすぐに「天上天下唯我独尊」と言ったとされる釈迦が、人生を誤るはずがない。その彼が王家の地位も財力も捨てて辿り着いた境地にこそ、歴史的な勝ち組の姿がある。

釈迦は王宮を飛び出したときには一人であったが、最終的には多くの弟子を従え、弟子たちに看取られて入滅した。王族という生まれ持った身分でなく、自らの悟りと人間性によって多くの人を従えた結果であった。釈迦の没後2400年近く経つが、アジアはもとより世界的に評価されていることは疑いの余地が無い。死後も長年人々から敬われ慕われる聖人たちこそが、人類史上に残る勝ち組なのである。

現実社会の勝ち組[編集]

30代前半でマイホームを買い、家族で楽しく暮らす現代社会の勝ち組

とまあ真の勝ち組を追求してきたわけであるが、現代に生きる我々庶民とは縁遠い話であった。実際、我々は皇居に住めるとは思っていないし、歴史に名を残すことも望んでいない。我々が思い描く、身の丈にあった勝ち組とはどのような姿であろうか。

よく引き合いに出されるのがサザエさんに登場するフグ田マスオだ。彼は典型的な庶民として登場しているのではない、勝ち組みなのだ。考えても見たまえ。早稲田大学を卒業して商社に勤め、若くして嫁さんをもらい、子どもまでもうけている。おまけに、義父の家とはいいながらも、世田谷区の一軒家に住んでいるではないか。共働きでなくても食っていけるほどの高給取りで、しかもアナゴくん歓楽街をハシゴするだけの小遣いももらっている。残業もほどほどで、まだ夕日が照る中を帰宅することもままある。そもそも、今どき20代前半で結婚できる(マスオは27歳でタラちゃんは3歳)こと自体が勝ち組以外の何ものでもないのだ。

クレヨンしんちゃんの父親野原ひろしも世間的には十分に勝ち組に分類される。大学中退ながらやはり商社に勤め、性格はきつくとも綺麗な奥さんをもらい、30代前半で東京通勤圏内に庭付きのマイホームを買い、すでに一男一女がいて犬まで飼える余裕がある。歓楽街に繰り出したり浮気したりもしていることから、フグ田マスオ同様に小遣いもそれなりにもらっているものと思われる。子どもは個性的であるが利発であり、家族関係も良好だ。

長引く不況の中で正社員として就職すること自体が勝ち組と言われている時代に、彼らのような恵まれた生活を送っているサラリーマンは、10人に1人もいるかどうかだろう。

現代の貧困社会の勝ち組[編集]

NEETの彼も、自分は勝ち組だと自覚している

サザエさんやクレヨンしんちゃんは、一見庶民の代表のような体をしているが、実際は我々から遠い存在であった。もう少し身近な勝ち組はいないものか。

勝ち組とは、世間一般から羨望の眼差しを向けられ、社会的に成功している者である。働くことなく生活が出来て、毎日楽しいことがそれなりにあれば、それは勝ち組なのではあるまいか。日本全国のNEETの星、ニート氏(24歳、男性)もその意味では十分に勝ち組である。現に自分で「働いたら負けかなと思ってる」「今の自分は勝ってると思います」と勝ち組宣言しているではないか。

断っておくが、決してニート氏を馬鹿にしているのではない。日本人の暮らしをもう一度考え直してみよう。どんなに貧乏でも餓死することはほとんどないし、とりあえず最低限の着る物と住むところくらいは確保できる。病気になれば容易に医療サービスを受けられる。選ばなければ仕事をしてお金を稼ぐこともできる。我々はこの日本に生まれてきた時点で勝ち組なのだ。

関連項目[編集]


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本項は第21回執筆コンテストに出品されました。