劉禅

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「チンは皇帝である。これでもだ。」
劉禅 について、本人
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阿呆皇帝の肖像。

劉禅(Liú Shàn、りゅうぜん、206年または207年 - 271年)は、字は阿呆(あほう)、または美称の字としては「公嗣」。蜀漢の二代皇帝、廟号は後主?、諡号は懐帝あるいは安楽思侯。父は劉備(先主)、生母は甘夫人(皇思夫人/昭烈皇后)で、同母弟は魯王の劉永(公寿)。同時に劉備の何番目の子かさっぱりわからない可哀相な人物である。子は劉璿(王太子)、劉瑶、劉琮、劉瓚、劉㻣、劉珣、劉璩(琥)ら。妻は張飛の娘・敬哀皇后(姉)、張皇后(妹/孝懐皇后、劉㻣の生母説あり)と王貴妃(王太子璿の生母)ら。

略要[編集]

世界を代表する馬鹿かつヘタレかつ激しくボンクラ皇帝。あまりに阿呆すぎて痴呆と間違われるほどである。原因として父劉備の親バカもありうるだろうし、逆に劉備が子供に対して冷淡過ぎて放任された可能性もある。なお父劉備が若い頃に何度も妻子を放置プレイした過去があり、それが阿呆にとってトラウマになっているようだ。そして阿呆は野比のび太をはるかに超えるほどの馬鹿であり、小さい頃は「阿斗」と呼ばれていたが、仮にも権力者のお子様なので、阿呆とストレートに言いづらかったためとされている。

後に黄皓というオカマが、末弟の劉永は自分に楯突く無礼な野郎だから、これを粛清しなさいと進言するが、幼いころに長兄の劉封と末弟の劉永からボコボコにされた過去があり、その報復が怖かった阿呆は、末弟を辺地の王に転封させ、心の中では「公寿(劉永)は匈奴に殺されますように」と祈ったという。

『元本』(著者不詳で正確は『大徳元本』。モンゴル王朝の元代の大徳年間に発行された野史)によると、208年の長坂陂の戦いで、生母の甘夫人とまだ嬰児だった同母弟の劉永とともに趙雲の護衛で曹操の魔手から逃れた(だが、劉備は趙雲に対して「貴様!余計なことするな!!」と激怒し、冷酷な父ぶりを見せたという)。翌209年に幼くして母が病気で亡くなり、母無し児になった。219年に父が漢中王になると、臨邑侯となる(劉永は武邑侯)。221年、兄の劉封が諸葛亮の讒言で粛清されると、皇太子となり梁王に封じられた。223年に即位(梁王は長男の劉璿に譲った)。

蜀滅亡後は魏の王宮に住まわされた。普通は亡国の王などは残党の決起とかを警戒して殺されるものだが、司馬昭にオモチャにされることはあったものの、かなり良い生活をして長生きしている。あまりにも阿呆すぎて脅威にならないどころか、むしろ生きていた方が魏にとっても良かったと思われる。

そして天寿を全うしたが、その後に付けられた贈号が「永楽公」。永遠に楽しそう。一応、国を滅ぼされたのですけど…

阿呆伝説[編集]

  • 阿呆すぎて鼻糞を人に食わせようとする。
  • 阿呆すぎて鼻くそをかけて食べようとした。
  • 阿呆すぎて父劉備は人を食ったことがある、と言いふらした。
  • 阿呆すぎて関羽のヒゲをブチ抜き、武器の刀で八つ裂きになる
  • 阿呆すぎて張飛が奮戦する長坂の橋をダイナマイト爆破する
  • 阿呆すぎて兄劉封に対して「朕は兄貴と勝負する!」と無謀な決闘を挑むも、かえってフクロにされる。
  • 阿呆すぎて袁紹が放つ名族オーラを鏡で跳ね返し、袁紹が石化する
  • 阿呆すぎて織田信長のちょんまげを力の限り引っ張る。
  • 阿呆すぎて武田信玄浣腸する。
  • 阿呆すぎて安土城を燃やして焚き火にする。本人曰く「あったか~い!」(ちなみに安土城は次の日には修復)さらに安土城ではなく、復元天守である伊勢戦国時代村の安土城や自分の家まですら焚き火にするほどである。さらにはホワイトハウスピンクタワーまでも放火したほどの阿呆ぶり。
  • 阿呆すぎて1+1の計算に30年を費やす。そして出た答えが「10740257」であった。その読み方は「いちおうなしまんまるつーごーじゅうなな」と滅茶苦茶である。
  • 阿呆すぎて一人でのこのこ敵陣に歩いていく。
  • 阿呆すぎて『無双OROCHI2』で北条氏康に「ド阿呆!!」と言い放ち、ハチの巣になる
  • 阿呆すぎて「はいチーズ!!」と言って、松永久秀と一緒に自爆する。
  • 阿呆すぎて信長の三時のおやつに痰を吐く。
  • 阿呆すぎて足利義昭を褒め称え、服従する。
  • 阿呆すぎて核ミサイルのボタンを財布の中に持ち歩く
  • 阿呆すぎて突如ドイツ語を話し、アドルフ・ヒトラーを驚愕させた。
  • 阿呆すぎて糞をカレーと言って食す。
  • 阿呆すぎて自分を宇宙人と思い込む。
  • 阿呆すぎて平将門の首塚を勝手に動かして重傷。
  • 阿呆すぎて細木数子の目の前にてイチャモンをつける。
  • 阿呆すぎて後醍醐天皇の被り物にくしゃみをかけて、「この者は処刑ぞ!」と怒りを買う。
  • 阿呆すぎて源頼朝の杓子をご飯のしゃもじとして使い大顰蹙を食らう。
  • 阿呆すぎてジョージ・ウォーカー・ブッシュをサルと見間違えて挨拶をした上、けなす。
  • 阿呆すぎてヨシフ・スターリンに岡田眞澄と言う。
  • 阿呆すぎてロシア的倒置法をさらに複雑にした文章を書いてしまう。「ソビエトあなたでは書くロシアをペンが。」など
  • 阿呆すぎてひよこ陛下を食べようとしたため、バカレッテルを貼られた。
  • 阿呆すぎて一人の会話についていけない。
  • 阿呆すぎてかの坂田利夫ですらついていけなかった。
  • 阿呆すぎて張皇后に自分のち○こを舐めさせる。結果、もちろん蹴り上げを喰らい、吹っ飛んで屋根を突き破る。
  • 阿呆すぎて曹操も「ワシの後継者の子桓が卓越した人物でよかった…」と漏らした。
  • 阿呆すぎて真・三國無双3猛将伝で姜維の最強武器を取るのを邪魔してくれる。
  • 阿呆すぎて早川健にけんかをふっかけて瞬殺されかかる。
  • 阿呆すぎてチャック・ノリスの胸毛をむしり、四散する
  • 阿呆すぎてドクターミンチの眼前で言ってはならないことを言ってしまい、合体材料になりかけた。
  • 阿保すぎて来水美樹L様に向かって、「おばさんたち、誰?」と聞いてしまい、存在自体をこの世から末梢されかける。
  • 阿呆すぎて徳川秀忠今川氏真足利義政劉璋らと盛り上がって「ボンクラーズ」を結成したため、周りから笑い者にされた。
  • 阿呆すぎて「チンは現役だ!」とゴネて、『真・三國無双6』から出演を果たす。
    • 阿呆すぎてカスタマイズと称し連弩砲を乱射し、蜀を壊滅に追い込み亡国にした。
    • 阿呆すぎてクロニクルモードで劉備を始めとする自国・蜀の軍勢に斬りかかり暗愚の将になり無期限謹慎処分を喰らう。
    • 阿呆すぎて呂布に立ち向かい究極レベルで粉々になる。さらに呂布 (蜀)に立ち向かい余裕で惨敗する。
    • 阿呆すぎて『真・三國無双7Empires』から部屋のイスを持ち込み武器にして殴りかかる。

主な言い訳[編集]

  • こう見えても、実は世界初の巫女萌えの提唱者である(劉禅は俺たちの先生説)。
  • こう見えても、都会と田舎の見分けはちゃんとつく(基準はセブンイレブンの数説)。
  • こう見えても、部下に恵まれなかっただけ(諸葛孔明は超ダメ官僚説)。
  • こう見えても、永遠のかわいい小学生だった(劉禅×姜維説)。
  • こう見えても、鍛えると武力100になっちゃったりする(三国志VIIIは何かおかしい説)。
  • こう見えても、タヌキ野郎の父劉備に叩きつけられなければ天才だった(投げ捨てられてアレになった説)。
  • こう見えても、嫁のピンチにかけつける男気を見せる(真・三國無双4説)。
  • こう見えても、三国時代では一番長く帝位を務めた(歴史学上の永遠のなぞ)。
  • こう見えても、他の国と違って内乱が起きなかった。
  • こう見えても、心優しい彼が君主としての意地を捨てて降伏したおかげで魏と蜀の長い戦いは終わりへと導かれていった。(民は喜んでおります)
  • こう見えても、司馬懿のギネス級の馬鹿曾孫の司馬衷が言った「が無きゃを喰え!!」とか言わなかった分、そんなのと比べりゃ全然マシ。
  • 全ては現代において疑似科学として認知されていることであるが、信者の数は増える一方である。

各界の劉禅評[編集]

「お前みたいなバカは要らんわい。どこでも野垂れ死にせい。」
無能なボンクラ愚息 について、劉備
「こんなのが君主ねぇ…まあ、の孫皓よりはマシだろう。あ…ワシの曾孫(曹芳)もそうぢゃったか…orz」
劉禅 について、曹操
「臣、亮が申し上げます。君主なんて飾りですよ。偉い人にはそれがわからんのです。」
劉禅 について、諸葛亮
「周りがバカばっかだからあんな風になっただけです。よく言うでしょ朱に交われば赤くなるって。」
劉禅 について、陳寿
「人民は阿斗になるな!」
劉禅 について、毛沢東
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