利用者:話切徒/ググレカス

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

このページに対して内容に関する意見募集が行われています。詳しくはこのページのノートを見てください。
議論が終了する前にこのページを改変する場合、議論が存在していることに十分に配慮してください。
主な意見募集の内容:ノートを参照してください)
※このテンプレートを貼った場合、会話ページに{{意見回答}}を貼って意見・質問を記述してください。

ググレカスラテン語 Gugurecus, 生没年未詳。一説によると B.C. 350頃 - 420頃 ? )とは、古代ローマ思想家である。アリストテレスが自身の後継者としてその名を挙げたことからその頭角を現わし、徹底した反啓蒙思想で一時代を築いたとされている。

ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「利用者:話切徒/ググレカス」の項目を執筆しています。

目次

[編集] 生涯

[編集] 生誕から青年期

共和制ローマの時代に、現在のアルバニアあたりで生誕したといわれている。

父親のヤフーデ・ググレカスは、教育相も務めた元老院議員で、家の巨大な書斎にはあらゆる分野の本が並べられており、ググレカス家ではその書斎は「図書室」と呼ばれていた。父に憧れていたググレカスは、物心ついた頃から興味を抱いたことがあれば「図書室」で検索する習慣がつき、ほぼ一日中を図書室で過ごすようになった。

13歳の頃には図書室の書籍を全て読破してしまい、地元の図書館で「まだ読んだことのない本」を検索するという日々を続けていた。 20代になると故郷の図書館にある蔵書もすべて制覇して図書館通いにも飽きてしまい、父の薦めでローマへ移住することを決意した。

ローマでも毎日多くの事柄を発見しては図書館で検索しており、その探究心と教養を元首に買われて官吏として出世する。

[編集] アリストテレスとググレカス

紀元前323年、アリストテレスはアテナイでの迫害を避けて故郷カルキスへと戻っていたが、その翌年に胃を痛めて病の床についてしまった。 瀕死のアリストテレスを前に、弟子たちはうろたえて「先生が亡くなられたら私たちはどうすればいいのですか」「先生、この問題わかりません」「バナナはおやつに入りますか先生」とアリストテレスに次々と声をかけた。弟子たちのダメっぷりに少しイラっとしたソクラテスは、最後の力を振り絞ると「ググレ…カス」とだけ告げて息を引き取った。

「ググレカス」という謎の言葉だけを告げられた弟子たちは途方に暮れ、

何でも知っていたググレカスは人々の注目を集めたが、やがて無教養な者の相手をするのが面倒になり、図書館で少し調べればわかるような事柄を質問されると即座に「ググレ[1]、カス」と返答することが習慣となってしまった。そのために人々の反感を買い、ググレカスはローマで孤独のうちに生涯を終えた。

当時の人々からは憎まれたが、ググレカスの出資によって晩年に設立されたアカデミーを前身とする大学から、後世に輩出された識者によって「人が多様な物事に興味・関心を抱くことの価値や、さまざまな事柄について検索する楽しみを見いだした思想家」として、現在まで語り継がれている。


(註釈)

  1. ググレ … 「自分で調べろ」という意味のスラング

[編集] 思想の伝播

その後、ググレカスの思想はシルクロードを越えて中国大陸にも伝播していた。正史にその記述がはじめて見られるのは陳寿が記した『三国志』の諸葛亮伝である。

『劉備が諸葛亮の庵を訪ねた際、諸葛亮はこう言った。「私には天下三分という大計があります。そのために劉備どの、私はあなたにお使えいたします」と。それに対して劉備は「諸葛亮先生、天下三分とはいったいどういうことですか?」と問うた。

果たして諸葛亮は言った、「ググれ」と。』(以上翻訳)

この記述は近年発見され、さまざまな論争を呼んでいたが、ググレカスの思想が三国時代には伝播していたことは間違いないという意見が大多数を占めている。また、司馬イの妻である張春華が息子とともに部屋に篭った際、司馬イがその理由を聞いた際に「ググれ」と言い返した、という伝説が伝わっている。こちらのエピソードは文献には存在しないものの、巷説として根強く今日まで伝わっている。

以降中国大陸に伝わる詩・文献にもググレカスの思想と思われる部分が多く見られており、このルートを持って日本にも伝わったのではないかといわれている。

[編集] ググレカスの再発見

ググレカスは、当時のローマを代表する思想家としてローマを越えて広くその名を知られていたが、強固な反啓蒙主義を貫くググレカスはその思想を書籍に残そうとしないばかりか、誰にも教えを説くことをしなかった。 そのためにググレカスの死後、彼の思想は忘れ去られたり、他の著名な哲学者たちの成果として誤って伝えられていき、ググレカスの名はほんの数年で歴史上から消滅した。

しかしながら21世紀に入るとググレカスの名は突如、日本のインターネット上で再発見されることになる。Google八分によってインターネット上から抹殺されたウェブサイトの研究を独学で行なっていた自宅警備員が、ある匿名掲示板で発掘作業を行っていたところ、ググレカスの名を記したレスが大量に出土したのである。

ググレカスの名が記されたレスの研究をさらに進めたところ、そのレスの大半にはGoogleのアドレスが記されていることが明らかとなった。 そこでGoogleに保存されたキャッシュデータを過去にさかのぼって調査したところ、アリストテレスの直筆で「ググレ…カス」と記されたデータなどが次々と発見され、ググレカスの研究は急速に進んでいった。その後の調査で、Googleが保有する膨大な知識がググレカスの全知識を蓄積したとされる伝説のググレカス大図書館の一部を元にしたものであることが明らかとなっている。

また発見されたレスの中から、Yahoo!のアドレスとともに、ヤフーデ・ググレカスという名が記されたものが見つかっており、ググレカスの膨大な知識が父ヤフーデの影響を受けたものであること。Yahoo!がヤフーデの思想を受け継いだウェブサイトであること等が明らかとなった。 2007年現在、Yahoo!はググレカスが幼少時を過ごしたググレカス邸の図書室が脈々と受け継がれたものであるという説が、Yahoo!社員の間では定説となっている。

[編集] 言語学的見地による、呼称の発音についての定説

"Gugurecus" をラテン語として読むと「ググレクス」あるいは「ググレーカス」となるが、
草民が使うエロゲール語と呼ばれる言語訛りを普及させるプロパガンダの影響により
ググレカス(C-บ9µ2€©@§) の形で、厨国へと伝わったとされる。

[編集] 関連項目

  • Google(この機関は、ググレカスの思想に基づいて設立されたと称されている。)

[編集] 外部リンク

ググレカスの思想について言及した、考察のサイト。