出る杭は打たれる

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「日本人の打杭主義者の割合は、83%です。残りの17%は、出る杭として打たれます。」
出る杭は打たれる について、打杭主義者

出る杭は打たれる(‐る‐は‐たれる)とは、多数派が少数派を迫害するためのスローガンである。

概要[編集]

「出る杭は打たれる」は、「目立つ人は憎まれる」「周りに合わせないと嫌われる」と云う意味を持つ諺から派生したものであり、個人を殺して周囲に合わせようとする日本人の性格を一言で表している。これは、彼らが人生を生きていく上でのスローガンであり、プロパガンダでもある。

現在、「出る杭は打たれる」をスローガンとする者は年々増加しており、それは多数派に支持されるようになった。この「出る杭は打たれる」主義者は、打杭主義者(うちくいしゅぎしゃ)と呼ばれる。最近では、その打杭主義者が少数派を多数派に同化させることも増えており、それは深刻な社会問題と化している。

歴史[編集]

「出る杭は打たれる」というスローガンの起源は、日本に稲作が伝来したころにまで遡る。当時の日本では、集団で稲を作るため「周りに合わせないと嫌われる」風潮があり、田を区切るために使われた馴染み深い「杭」を使ってそれを表現したものと考えられる。そんなこんなで「出る杭は打たれる」は農民の間に普及し、それと同時に打杭主義も浸透した。

あるとき、その打杭主義が日の目を浴びることになる。第二次世界大戦真っ只中の大日本帝国では、アメリカとの敗戦が濃厚となると、国民が戦争に対し不安を抱くようになっていた。そんな国民感情を抑えて、何としてでも国民を戦争に導き、士気を上げようと考えていた東條英機首相は、「ぜいたくは敵だ」「欲しがりません勝つまでは」に続く標語として、「出る杭は打たれる」を採用することを決定した。しかし、日本の敗戦によりそれはなかったことになってしまった。

戦後、GHQに統治された後も、打杭主義は広まっていった。これは、GHQが「今は平和の時代だ。戦争をしようなんて言う人は、出る杭として打たれる。」と逆活用したためである。「出る杭は打たれる」という言葉は、時を越えて受け継がれている。

また現代でも、中国北朝鮮などの共産主義から脱出できないでいる国では、よく働く者ほど損をする。これも一つの「出る杭は打たれる」である。

特徴[編集]

打杭主義者の特徴は、ごく普通の人々であり、他人から好かれる人などである。また、少数派に好かれる人より多数派に好かれる人のほうが支持層は厚い。彼らの口癖は、「出る杭は打たれる」以外にも、「KY」「みんなやってます」などがある。

そして、打杭主義者のもうひとつの大きな特徴が、「出る杭は打たれる」と連呼するのに自分は打たずに誰かが打ってくれることを待つだけということである。ただ、打杭主義者らにより集団から疎外された人は、適度な精神的ダメージを受けるであろうから、それだけでも打たれたことになるのかもしれない。

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確かに出る杭は打たれる。ところで誰がその杭を打つんだ?

以下に、「出る杭が打たれる」がスローガン、またはプロパガンダとして使用された例を挙げる。

  • 学校で、殆どの生徒が授業中に消しゴムを投げたり弁当を食べたりしているが、数人だけ真面目に勉強している生徒がいた。このとき、ガキ大将が「出る杭は打たれる」とスローガンを掲げ、周りの生徒もそれに合わせた。これにより、その生徒達は真面目に勉強できなくなり、ガキ大将らと共にスローガンを掲げるはめになってしまった。それでも抵抗運動を続け、真面目に勉強し続けたものは「非国民」「ガリ勉」などと呼ばれ、刑罰を受ける。
  • 会社で、課長が「この企画はめんどくさいからボツでいいよね」と言い、周りの人々は賛成したが一人だけ「僕がやります」と提案した。そしてその企画が成功したとき、全員が「出る杭は打たれる」とスローガンを掲げ、成功者の周りをデモ行進する。
  • 政治で、ほぼ全員が「アメリカ基地は必要だ」と言っているのに、誰かだけ「アメリカの基地なんていらないだろ」と反論すると打杭主義者が支持者が彼の周りを取り囲み、マスコミに向かって「出る杭は打たれる」と叫び辞任に追い込む。
  • 大日本帝国で、ほぼ全国民が戦争に賛成し、贅沢を敵にしているのに、数人だけ戦争に反対し出すと、翌日の新聞で「出ル杭ハ打タレル」と報道される。

要するに、空気を読まない人や多数決に逆らった人はこのスローガンを掲げられ、バッシングを受ける。それでも、どちらが良くてどちらが悪いかは、あなた次第

日記[編集]

ここに、日本が打杭主義に染まった日々を綴ったある男の日記を紹介する。

ここは日本、平和な国…のはずだった。
ある日、TVで大好きなアニメを見ていると、画面がいきなりニュースに切り替わり、アナウンサーが
――速報:東京でクーデター、政府は敗北宣言
と報じた。何事だろうかと思えば、
――「出る杭は打たれる」とスローガンを掲げた人々が首相官邸を包囲し、キャラが立ちすぎてKY気味の現首相を拘束した模様。
とのことだ。この後、アナウンサーは「日本の新しい政権、打杭党に期待です。」と続けて、ニュースは終わった。
何のことだかさっぱり分からない。これから、日本はどうなるのだろうか。

次の日の朝起きると、僕の嫁は大麻を吸っていた。それだけではない。窓の向こうで、近所の人々も、誰もが街で大麻を吸っているのだ。
呆然としていると、嫁が「ほら、あんたも吸いなさい。出る杭は打たれるわよ。」と僕の手の中に大麻を押し込んだ。
とんでもない。僕は、大麻など吸いたくはない。だから、嫁に「頭がおかしくなったのか?お前はどうして大麻を吸う?」と聞いた。
すると嫁は、「出る杭は打たれるからよ。逆に聞くわ。皆が吸っているのに、なぜあんたは吸わないの?」と聞き返したのだ。
まるで話が通じない。僕は、「誰が吸っていようと、僕は吸うつもりはない。」と言い、そのまま喧嘩になってしまった。
「もういいわ、協調性がなく周りに合わせられないあんたとはやっていけない。」嫁はそうつぶやき、家を出て行ってしまった。

ついに、1人になってしまった。街をぶらぶら歩いてみても、誰もが「ほら、兄ちゃんも大麻吸えよ。出る杭は打たれるぞ」としか言わない。
いきつけの居酒屋に行っても、いつしか大麻バーに変わっていた。レストラン「大食い」も、なぜか「打杭」になっていた。
一日中街を歩き回ったが、どこへ行っても、これまでの街はすっかりなくなってしまっている。とうとう、日が暮れてしまった。

気がつけば、路上でぐっすり眠っていた。もう、夜は明けたようだ。朝日はきらきら輝き、街を照らしている。
それにしても、腹が減った。しかし、レストランはなくなっている。さらに、喉も渇いた。しかし、水があるはずもない。
今日もまた、「出る杭は打たれる」に染まった街をさまようことになるのだろうか。そんな気分でふらふら歩いていると、あるヤクザが
「おいこら兄ちゃん、金だせやこら」と、僕を突いてきた。もちろん、金などはない。
「貧乏人か?金持ってないとかお前だけ。出る杭は打たれるぜ。」と吐き捨て、僕を睨みつけて去って行った。
それを見ていた周りの人も、「あいつも大麻吸えよ。」「吸わないからこうなるんだ。」「出る杭は打たれるって言葉知らないのかよ。」
と語りだし、僕の周りを取り囲んだが、今度はさっきの若者とは違い、少し嘲り笑っただけでそのままどこかへ消えて行った。

一人路地裏で寝ていると、誰かに起こされた。まだ夜は明けていない。誰かと思えば、僕を起こした男が「新政府だ。」と名乗り出た。
その新政府は、僕の頭に銃を突きつけた。「大麻を吸い、新政府に従わなければ、出る杭は打つぞ。」と冷たく耳元で囁いている。
どうやら、大麻は新政府の命令だったらしい。それを打杭主義者らが国民に広め、皆が吸っているところを見てさらに広まったようだ。
皆、「出る杭は打たれる」という言葉を信じ、ひたすら大麻へと向かっていったのだろう。そして狂ってしまったのか。
いや、狂ったのは僕のほうか?皆が大麻を吸っているのに、なぜ僕は吸わないのだ?なぜ僕は「出る杭」になり続けるのだ?

やはり、出る杭は打たれるのか。皆が吸ってるから、出る杭にはなりたくないから、打たれたくないから、僕も大麻を吸おう…


さすがにこれは大げさな被害妄想かもしれないが、明日こんなことがあってもいいように身構えはしておこう。

結論[編集]

結局、周りに合わせない少数派は「出る杭は打たれる」主義者らに迫害され、多数決によって処せられるのである。「出すぎた杭は打たれない」とか言う人もいるが、出すぎたら今度は折られたりなぎ倒されたりする危険もある。つまり単純に迫害が激化するだけである。それでも、少数派はそれを乗り越えてこそ強くなれる。「出る杭は打たれる」と云う事実は変えられないだろうが、気力次第で「出る杭は打たれ強くなる」ことも可能である。

関連項目[編集]