冥銭

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冥銭(めいせん)とは、死人への餞別である。

概要[編集]

生きてはカネに苦労して、死んでもカネに泣かされるのが人間社会というものである。その行き先が天国であろうと地獄であろうとカネは必要になってくるし、その裁定を下す閻魔大王のお沙汰ですら、気持ちと言うか心づけと言うか袖の下と言うか要するにカネ次第なのである。さらにはそこへたどり着くまでに三途の川を渡らなければならないし、どう足掻いたところで経済活動と無縁に暮らすことはできないのである。

使途[編集]

真田六文銭。「持参金は最小限、足りない分は自分で何とかする」という覚悟が表われている。

そこで持たせるのが冥銭なのであるが、さしあたって必要になるのが三途の川の渡し賃である六文銭(日本に換算すると約300円くらい)。これが払えないと脱衣婆(だつえばば)に服を剥ぎ取られた上、寒空の下で2世紀ほど後回しにされてしまうので注意が必要である。また、チップとしていくらか包んでやると渡し守が色々とサービス(渡航時間が短くなったり、上席を案内されたり、おやつが出たり)してくれるかも知れないので余裕があるならぜひとも包んでおくべきである。

そして閻魔大王の前に引き出されたら、その両脇に控えている牛頭馬頭にそっと包み(その中身はお察し下さい)を差し出すのであるが、これが中途半端な金額だと却って怒りを買ってしまう(=地獄へ直行)ため、ここでほぼ全財産を投資する勢いで渡しておくべきである。とりあえず極楽にさえ行ければあとはなんとかなってしまうものであり、逆に地獄に落とされてしまったらどんなにカネを持っていたところで「こんなモン、ケツ拭く紙にもなりゃしねぇよ!」とばかりの待遇が待っているため、もう文字通り全財産をここで投じてしまい、何としてでも極楽行きのお沙汰を獲得しておくことを強く推奨する。が、それもこれもすべては最初に持っている(遺族らに持たせてもらった)金額次第なので、生前の行いが死後いかに重要となってくるか、この記事を読んでいる(=まだ生きている)今からせっせと徳を積んでおくことである。

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関連項目[編集]