八雲神社 (鎌倉市)

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鎌倉市内に八雲神社は4社[1]あるが、大町のそれは「やもじんじゃ」と読む[2]べし。

由緒[編集]

汚物を消毒する領民。

永保年間(1080年ごろ)に大発生した黒蜘蛛が疫病を蔓延させ、鎌倉の領民は苦しめられていたものの、「蜘蛛は益虫、でも逃がせ」という迷信によって駆除を躊躇していたところへ、中央より新羅三郎義光八幡太郎義家の弟)が派遣された。義光は蜘蛛を殺せずにいた領民に対して「見た蜘蛛は仇でも逃がせ、見た蜘蛛はでも殺せ」というスローガンを広め、蜘蛛に対する過剰な畏怖を取り払った。それによって勇気づけられた領民は多く(八)の蜘蛛(雲)を焼き(八)殺し、その煙(雲)は遠く上州からでも見えるほどに立ち上ったと言われている

名称[編集]

かくして大量に殺された蜘蛛の祟りを避けるために建てられたのが「焼蜘蛛(やぐも)神社」であり、あまりに気持ち悪いということで間もなく「祇園天王社」と改められたものの、明治時代に訪れた「八雲ブーム」によって今度は「八雲神社」とされたものの、他の3社「やもじんじゃ」とどうしても差別化を図りたいがために「やもじんじゃ」と呼ぶようになった。この呼称について大町の住民は侵しがたいプライドを持っており、もしも大町の八雲神社を「やうわなにをするやめr……[3]

お手玉石[編集]

絶妙な丸さ。

境内には「お手玉石」と呼ばれる石があり、ふっくらとした優美な曲線をもつ芸術的形状をしているが、実はこれ、新羅三郎義光の金玉である。蜘蛛に咬まれたそれがによって膨れ上がり、カチコチに固まった状態で落ちてしまったものの、あまりに見事な真ん丸なので「捨てるには惜しい」と八雲神社に奉納。最初は宝物殿に納められていたが、やはり「やっぱりきたない」という理由で屋外に放置され、現在に至る。ちなみに、どういう根拠によるものかは知らないが、お手玉石を撫でると、とてもゆっくりした気持ちになれると言われている。

脚注[編集]

  1. ^ 大町、西御門、山之内、常盤の4箇所。
  2. ^ 他は「やもじんじゃ」である
  3. ^ ちなみに、ソオト語ではどちらも「やくもしんしや」である。

外部リンク[編集]

関連項目[編集]