全米

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全米(チョン・コ、전미1931年1月18日 - )は在日韓国人タレント映画評論家

来歴・概要[編集]

広島県広島市出身。かつては日本人名(通名)の全田米蔵を名乗っていたが、後に現在の韓国名に改称した。

若い頃は在日韓国人の通例として、言われなき差別に苦しんだとされる。また、第二次世界大戦によって家族や友人の多くを亡くしている。そのため彼は過去をほとんど語りたがらず、そのため彼の前半生は未だに謎に包まれている。

1950年ごろからお笑いタレントとして活躍するも、ここでも言われなき差別に苦しんだとされる。そのため一時期重度のスランプに悩み、苦しい生活が続いたという。

一大転機となるのは1970年ごろからである。お笑いタレントとして生活が立ち行かなかった全米は、その文才を活かして、各種の雑誌にライターとして寄稿し、糊口をしのぐ事となる。そうした中、キネマ旬報にたまたま寄稿した映画表論文が、世間の注目を集める事となった。

全米の活躍としてよく知られるのは、映画『スター・ウォーズ』を最初に認めた事であろう。今でこそハリウッド映画の代表作とされる本作品であるが、当初は予算も対して認められない三流作品の扱いであった。そのスター・ウォーズを、アメリカ人自身が評価するよりも先に見いだし、その価値を認めたのが全米である。後にスター・ウォーズのシリーズが世界的大ヒットとなるにつれて、全米の映画評論家としての評価も上昇していく事となる。

ただ、全米の映画評論は、単なる提灯記事ではない。全米は映画に対して厳しい評価を下す事で知られる。特にお涙頂戴の安っぽい邦画に対しては、その評価が厳しい事で知られる。全米自らが「私は映画を観て、泣いた事などほとんど無い」と述べている。しかしそれだからこそ、珍しく全米が泣いた映画に関しては、未来永劫に名が残る名作であるとの評価が固まっている。

批判[編集]

邦画に対して評価が厳しい事から、単なる外国映画礼賛の映画評論家であると批判される事が多い。だが全米が外国映画を贔屓にしているというのは、根も葉もない中傷である。全米は邦画・外国映画に関わらず、いわゆる「泣かせる映画」に関しては評価が等しく厳しいだけである。

一方で喜劇映画に関しては、全米の評価は甘い事で知られる。例えば「男はつらいよ」シリーズにおいても、これを観て全米が泣いた事は全く無いが、抱腹絶倒した例は数知れないというのが、関係者の証言である。そのため「全米が泣いた」が映画に対する最大限の賛辞となる一方、「全米が笑った」という評価は全く価値が無いというのが、映画界のみならず世間一般の評価としても定着している。

関連項目[編集]