光文
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光文(こうぶん)は、「大正」と「昭和」の間のたった4時間のみ存在した、幻の時代である。
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[編集] 概要
- 大正天皇が1926年12月25日午前1時25分に崩御。宮内庁は、新しい元号を「光文」に決定し、東京日日新聞によって発表されたが、「東京日日新聞の連中に恥をかかせてみよう」という腹黒い愉快犯なある宮内庁職員によって、「光文」は取り下げられ、「昭和」となったのである。
[編集] 流れ
- 午前1時25分 - 大正天皇、崩御。これと同時に「光文」が始まった。
- 午前4時ごろ - 「新しい元号は光文」という見出しが記載された東京日日新聞・発行。
- 午前4時30分 - 宮内庁職員の1人が「光文を取り下げて、東京日日新聞の連中に恥をかかせてみましょう」と提案。麦仁の運命は、ここから狂い始めた・・・。
- そうとは知らず、自分の未来への希望を想像しながら、かなり興奮気味で笑いながら飛び跳ねる麦仁。
- 午前5時 - 宮内庁が職員の提案をあっさり受け入れた。どんだけ腹黒いんだお前らは。
- 麦仁、恋人を抱きしめて「俺が・・・日本を変えてみせる!」カワイソス
- 午前5時30分 - 光文・終了。
[編集] その後
- 麦仁は、皇族の恥さらしと袋叩きにされ、恋人にも見捨てられ、絶望。ファイアバーに自ら飛び込み、焼身自殺。
- その後、新しい元号は「昭和」に決定。裕仁が天皇に即位。
- 1989年、東京日日新聞の後身・毎日新聞が、昭和天皇崩御後最初に「平成」という元号を発表。62年あまりの時を経て、雪辱を果たす。

