先の戦争

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先の戦争(さきのせんそう)とは、京都を破壊したといわれる戦争の、京都地方での呼称である。

概要[編集]

多くの京都府外在住者は、「先の戦争」を第二次世界大戦のことであると考えており、実際、ごくわずかであるが舞鶴などで第二次世界大戦による被害が出ている。

しかし、京都人の指す「先の戦争」は、市街地に大規模な被害が出たものであり、戦史と大幅な乖離がある。現状では、先の戦争の定義は、下記のように定かではない。

定義をめぐる論争[編集]

先の戦争で壊滅した京都。応仁の乱ならば世界最古、戊辰戦争でも日本最古級の写真だが誰も気にしない

歴史改変論者の多いこの地方では、現在も、先の戦争がどの戦争を指すのかで論争が続いている。

保守派の主張[編集]

年配の者は、京都市街地に大きな被害をもたらした戦争として応仁の乱を挙げることが多い。

実際、応仁の乱のあと、日本全体が内戦状態となり、ついには最終兵器である検閲により削除の投入も行われた。周辺各国による軍事介入は実行されず、各地の武装勢力は一致して諸外国の軍事援助を拒否している。

革新派の主張[編集]

一部の者は、江戸時代末期に起きた鳥羽伏見の戦いやその後の戊辰戦争を挙げる。函館戦争の敗戦後、江戸幕府の関係者は朝鮮半島に亡命政府を樹立し「将軍様の国」を建設した。従って、日本のネット左翼には佐幕派が多数を占めている。これら左派勢力を中心として、京都に破壊と混乱をもたらした、勤皇勢力と天皇制の存続に対し厳しい批判がある。

その他[編集]

「サキの戦争」と読み、サキ・ヴァシュタール率いるアスラン政府軍外人部隊(首都陥落後は、旧政府軍)の関係したアスラン内戦(1979-1986)と主張する者も存在する。しかし日本国内では、この戦争に関連したテロはほとんど起きていない。

一部の腐女子は、「闇戦国」と呼ばれる、戦国時代の怨霊が起こした戦争であると主張している。根拠として、「闇戦国」の発端となった長野県松本市の駅前一帯がほぼ完全に更地となったことなどを挙げているが、京都市内全域に影響するような変化はここ数年みられていない。

第三次世界大戦であると主張する者もいる。

関連項目[編集]