伊集院光

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動: 案内検索
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「伊集院光」の項目を執筆しています。
痴豚

伊集院 光(いじゅういん ひかる、1967年11月7日 - )は東京都荒川区産の豚である。テレビラジオにも出演しており、たぶん日本一有名な糞豚。畜舎での登録名は田中建。生まれた当初は田中健であったが、魔女に人間らしさとともに名前から人偏を奪われた。一応結婚したが、名前が「死のーか建」と、自殺志望者が憧れるような名前がついた。

ラジオ番組『月曜JUNK伊集院光深夜の馬鹿力』は、童貞界だけで無く、声優界や漫画家界などにも数多くの熱狂的信者を持つ。

教育困難校に指定されていた時代の東京都立足立新田高等学校出身者(卒業2か月前に不登校を理由に中退)として最高の出世頭であり、同校出身者の千代瀬海文太からは「足立新田高中興の祖」と賞賛されている。


ギャグオペラ歌手としての伊集院光[編集]

フルート漫談の第一人者であった父の影響を強く受けた痴豚こと田中建少年。中学卒業後は名門中の名門である東京都立足立新田高校声楽科に、一般入試なら二人受ければ三人受かるのにもかかわらず特待生として入学する。

高校三年生の時、ルチアーノ・パバロッティにスカウトされイタリアへ渡る。そこでオペラの技術を学び帰国。帰国後は自身の話術を磨き、従来のオペラとは全く異なる新ジャンル「ギャグオペラ」を確立せんと企み、三遊亭楽太郎に弟子入り。三遊亭楽大というホーリーネームを与えられたという嘘をつくことが多いが、実際はこのころ三代目伊集院光は死んでいるとみられる。

ラジオパーソナリティーとしての伊集院光[編集]

その後何だかんだあってラジオ業界に電撃移籍。しばらくはニッポン放送で飼われていたが、そこのやや偉い人(現在はかなり偉い人)である宮本幸一[1]を六本木の某居酒屋でトゥモエ投げにしてしまったため、身ぐるみ剥がされた上に存在そのものを否定された挙句に放り出されてしまった。

デブをこじらせた上に降りしきる雨の中に放置されダンボール箱の中で鳴いていた痴豚であったが、たまたま通りがかったどうかしてる人に拾われ、魔の時間と呼ばれるTBSテレビの昼の帯番組でたっぷりと洗脳された後TBSラジオで飼われることとなった。

TBSに拾われた痴豚は誰彼構わず噛み付く凶暴な野豚・狂豚として名を馳せて行った。余りに見境無く噛んでしまったために偽広末事件や壊れかけのレディオ事件メカ山崎騒動、室内全裸バイク200mハードル競走などの事件を起こしているが、まだクビは繋がっている。

精神科医としての伊集院光[編集]

現代日本において急激に罹患者を増やしつつある奇病「中二病」を初めて明確に発見・定義付けしたことで知られる。

深夜の馬鹿力内で自ら中二病患者であることを全国民に向け公表したところ、同様の症状に悩まされていた民衆からの葉書が殺到した。それらの症状をリスト化し、中二病の治療法の確立に多大なる功績をあげ、一時はノーベノレ賞候補にまで推挙された。しかし、例の調子でいつもの誇大妄想の被害妄想が発動した上に番組のスペシャルウィークと授賞式の日程が被ってしまったため、半狂乱で「授賞式で成人用紙おむつ穿いて失禁します!」と宣言してしまった。この発言がバカの琴線に触れてしまい推薦が取り消された逸話は余りにも有名である。

また、爆笑問題・田中裕二の特殊能力「田中力(たなかりょく)」を発見したことでも知られる。

童貞研究家としての伊集院光[編集]

童貞研究の世界的権威でもある。また、自身は既婚かつ非童貞ながら極めて高い童貞力を保持していることでも知られる。その童貞力の高さは、少しでも聴取率を上げなければならないスペシャルウィークの際に番組冒頭でいきなり「モテてるヤツはJ-WAVEでも聴きやがれ!」と絶叫したことからも窺い知ることが出来よう。

共に童貞研究の第一人者として研究に邁進し、共著まで発表したドクターM.J.が不倫した上に相手を孕ませるという、およそ許されざる大罪を犯し童貞研究界から永久追放されたため、現在では日本の童貞研究を牽引する立場となった。

ラジオの生放送中であっても研究を怠ることは無く、目前に以前有楽町の方にある悪の巣窟の近くで捕獲した汚いメーテルをスタジオ内に放ち、常に観察している。

なお伊集院光は妻と肉体関係がある。

代表的な伊集院光信者[編集]

脚註[編集]

  1. ^ 性格が大変に歪んでいる上に相当独善的、傲慢で他人の手柄を横取りする卑怯極まりない性格をしており、伊集院光が初めてニッポン放送に入ってきた時にも「売れなさそうな奴が来たな!」「また干し柿の臭いがする野郎だ」など散々扱き下ろした上に頭を鷲掴むなど、最初の段階から非常に不仲だった。宮本自身はその大変歪んでいる性格と独善的立場を利用し、早々にクビにする予定だったが、予想に反して番組は非常に好評になってしまう。しかしながら晩年にいたるまでずっと不仲だった。また宮本はとんねるずや明石家さんまT.M.Revolutionの西川貴教と軋轢を起こした挙句駆逐してしまい、そのせいでライバル局であるTBSラジオに聴取率で現在に至るまで苦しい戦いを強いられている状況を作ってしまうなど悪の巣窟を苦しめた悪の権化的存在。

関連事項[編集]