おけいHaaaan!!!

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京阪電気鉄道(けいはんでんきてつどう、KER = Keihan Extreme Railway)は社名通り京都府大阪民国の都市間交通を担っている鉄道事業者である。別名として「おけいはん電気鉄道(イメージキャラから)」や「京阪電気鉄道カーブ式会社(やたらめたらとカーブが多い)」があり、最近は新たに「けいはん!」という愛称まで使われているという。企業スローガンは「こころまち 繕う 京阪」。 当然のことながらアンチJR西日本メンバー。しかし、2010年からICOCA連絡定期券、2011年からおけいはんでのICOCAカードの発売と、JR西日本と連携した営業展開を進めており、アンチ色は薄まりつつある。

概要[編集]

京都市大阪市京阪国境線(現鴨川超級防衛線)を越えて結ぶ国際定期路線として明治39年に設立。 しかし未だに第2新大阪市ターミナルとの直接連絡便が無く、その需要はない。が、枚方市周辺とを結ぶ路線はこれが唯一で、需要となっている。路線開業がきっかけとなり、その後軍が極秘裏に開発していた要塞都市ひらパーの存在が関西全土に知れ渡ることとなった。 当然ながら車内放送などは京都弁大阪弁の二ヶ国語で放送されるのが一般的である。 中間に位置する弾薬保管管理施設と南部の軍事要塞路線を結ぶ軍事輸送能力が非常に高く、また乗員輸送能力にも優れるため、しばしば「旅客戦闘ビークル」とも呼ばれる。

阪急とは違い、本業を重視している。しかし、最近は京阪の駅中にフルーツジュースショップが登場し、遠く離れた関東地区の全く無関係なところにまでも出店している。しかもホテル事業も関東に乗り出しているため、関東地区にある各同業会社からイチャモンをつけられている。挙句には、「大手町北東急ビル」(東京都千代田区)を取得し、2010年3月までに「おけいはん大手町ビル」に名称を変更する予定。

同時期に見られた現象がおけいHaaaan!!!である。これは各駅1体ずつ存在している清純派アンドロイドであり、現在淀屋橋駅京橋駅森小路駅,樟葉駅,中之島駅でその存在が確認されている。ただ、当然各駅であるので、パッキンの元レディース古川橋けい子、おしとやかないでたちとは裏腹に毎日男遊びが日課である祇園四条けい子、WINSでおっさんに揉まれても大丈夫な大の競馬好きけい子、そして自称セレブ大阪のおばちゃん千林けい子もいることをゆめゆめ忘れてはならない。

効率化を図るため、乗務員の大半に未来ロボや人造人間を雇用しているが、当然職に溢れた人間様も働いている。どうでもいいかもしれないが見分け方は制服の色が緑色のものが戦闘員(もしくは訓練を積んだ準戦闘員)で青色のものは雑用かその他である。

車両の色は阪急のマルーン色とは違い、9000系までは濃淡の緑、800系は琵琶湖ブルー、3000系・8000系は赤とオレンジ、10000系はターコイズグリーン一色だ。よって京都地区に行く際は京阪に乗る人が多い。しかも、3000系と8000系には二階建て車両やテレビ付き車両まで連結しているのが阪急との大きな違いであるのは言うまでもない。このテレビ付き車両は京阪の伝統になっている。

しかしながら、京阪の伝統も変わりつつある。車両の塗装における濃淡の緑は1997年に登場した9000系が最後で、800系と10000系は先述の通り濃淡の緑を採用していない。さらに新型車両には「緑」という概念すら飛んでいる。しかも京阪当局曰く「濃淡の緑の車両はもう導入しない」。

もう一つの伝統である発車メロディだが、2007年から内容が大幅に変更されている上に、公式HPにもアップされている。

萱島駅の構内には京阪の主ともいえるクスノキおじさんが住んでおり、危害を加えようとする者を100%返り討ちに合わせ泰然と京阪の行く末を見守っている。が、このクスノキおじさんは茶目っ気もあるのか、時折変装してNHK教育テレビの某子供番組日立のCMに登場したこともあるとか。いえいえ、大阪のニュースのOPにしっかり登場していましたぞ。

歴史[編集]

Nemurineko.jpg この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
後は適当に頑張って下さい。(Portal:スタブ)
  • 1906年 設立。資本金700円。ジュース数本分の代金で設立なんてすごいぞ京阪。ただ、当時の700円の価値は禁則事項です
  • 1910年 大阪・天満橋~京都・五条間開業。半額サービス実施。太っ腹すぎるなんてすごいぞ京阪。
  • 1915年 国内で初めて三色信号機の使用を開始。道路の信号はこれを手本としている。模範になるなんてすごいぞ京阪。
  • 1927年 国内初の鋼鉄製武者を新造。のちに鉄人28号の原型となる。鋼鉄技術の先駆けだったなんてすごいぞ京阪。
  • 1930年 新京阪線開業。のちに阪急の教科書的存在となる。先生だったなんてすごいぞ京阪。
  • 1933年 京阪本線の蒲生信号所~守口(現在の守口市)間を複々線化。京阪は既にエクストリーム・スポーツが普及することを見抜いていた。先見の明だったなんてすごいぞ京阪。
  • 1943年 政府の策により京阪神急行電鉄(現在の阪急電鉄)に組み込まれる。吸収してしまうなんてすごいぞ京阪。
  • 1949年 京阪神急行電鉄(当時)から京阪本線マジノ線宇治線京津線石山坂本線が分離する形で(現)京阪電気鉄道株式会社が発足。やることが大胆すぎてすごいぞ京阪。
  • 1950年 エクストリーム・スポーツ用に京阪特急の運行開始。やることが大胆すぎてすごいぞ京阪。その2。
  • 1952年 日本初のスーパーマーケットとなる「京阪スーパーマーケット」を開店。全国のスーパーマーケットはこれを手本としている。模範になるなんてすごいぞ京阪。その2。
  • 1952年 特急列車にの組み込みを開始。豆鉄砲も装備。そこまで細かい事までしてすごいぞ京阪。
  • 1954年 特急列車にテレビを設置したテレビカーの運行を開始。 ついでにスタジオも装備。最新鋭設備すぎてすごいぞ京阪。
  • 1957年 エクストリーム・スポーツ用に日本初のエアサス組み込み車両の使用を開始。最新鋭技術すぎてすごいぞ京阪。
  • 1964年 エクストリーム・スポーツ競技者・観戦者へのサービスとして日本初の駅冷房淀屋橋駅で開始。最新鋭設備すぎてすごいぞ京阪。その2。
  • 1980年 天満橋~寝屋川信号所間の複々線拡張完了。はんなりと走る各駅停車線とエクストリーム・スポーツ競技者向けのノンストップ線が整備された。ノンストップ線は守口市を境に、大阪寄りにはが直線中心の110km/hコースが、京都寄りには急カーブが中心の100km/hコースが設けられた。また、萱島駅クスノキおじさんの家と一体化された。やることが大胆すぎてすごいぞ京阪。その3。
  • 1980年 とか思ってたら前代未聞の中学生が主催するエクストリームスポーツが枚方市近辺で行われた。それでまだ10歳の5554編成が殉職。それに隣家を巻き込んでその家の住民が就寝しようと思ってたのを邪魔してしまった為、結局やり過ぎということで中止。やることが大胆すぎてすごいぞ京阪。その4。
  • 1983年 感電愛好者のリクエストに応え、電源電圧を直流600Vから1,500Vに昇圧。需要に速急で応えるなんてすごいぞ京阪。
  • 1987年 東福寺~三条間が地下化。地上の跡地は当初「川端通り」とされたが、京都市民の要望により「京阪通り」に改名。そのため付近の交差点名は「三条京阪」。交差点名になるなんてすごいぞ京阪。
  • 1989年 鴨東線開通。おかげで死にかけてた京福叡山線改め叡山電鉄は一命を取り留めた。一つのローカル線の命を救うヒーローになるとはすごいぞ京阪。
  • 1995年 エクストリーム・スポーツ用に特急へ2階建て車両を連結開始。やることが大胆すぎてすごいぞ京阪。その5。
  • 1995年 愛知万博のマスコットであるモリゾーキッコロが、緑色の電車にへばりついていることが発覚。しかし、周囲の色に溶け込んでいたため、気付いた人は少なかった。万博のキャラクターに好かれるとはすごいぞ京阪。
  • 1997年 京都市交通局の陰謀により京津三条~御陵間が大手私鉄としては日本初の廃線になる。だがそれを境にドM大津市(当時)民も感電したいという要望が多く大津線でも昇圧。しかし大津線が京阪じゃなくなっていくのはこの頃からで、京都市交通局のせいで京阪じゃなくなりそうになっている。しかしその時にデビューした800系電車は地下鉄、山岳鉄道、路面電車の三重奏を繰り広げてくれる。車両のハイテクさがすごいぞ京阪。
  • 2000年 JR西日本に対抗するための等身大戦力として汎用人型決戦兵器おけいはん(初代)登場。相棒としてジューサーバーも登場。サイボーグを作るなんてすごいぞ京阪。
  • 2001年 おけいはん、兜町に乗り込んで、自らの名前をつけた社債(おけいはんボンド)を投資家に直売する。即日完売。自らの名前を社債につけるなんてすごいぞ京阪。
  • 2002年 これに味をしめて発行した「第二次おけいはんボンド」も即日完売。その人気っぷり、すごいぞ京阪。
  • 2003年 「殉職ライブ」が執り行われ、初代おけいはん殉職。すぐ後に2代目おけいはんが登場。「殉職ライブ」では初代の殉職を惜しむとともに2代目の登場に華が添えられた。ジューサーバーはこれを機に関東へ旅立った。サイボーグの追悼なんてすごいぞ京阪。
  • 2004年 PiTaPa導入開始。技術力の乏しい阪急のシステムを採用することになったために改良・改造・調整に手間取り、全線への導入完了は2007年までかかった。JR西日本ICOCA2006年にすんなりと導入できた。すごい時間かかり過ぎですごいぞ京阪。
  • 2006年 2代目おけいはん殉職。初代にならい殉職ライブが開催され、そのさなかでの殉職となった。一方、残された2代目の弟子の一人は、これを機にミュージックレインソレスタルビーイングの4大マイスターの一人となる。この後、たぶん3代目だと思うおけいはん登場。パワーレンジャーポケモン同様に海外進出。海外進出とかすごいぞ京阪。
  • 2008年 中之島線が10月19日に開業。同時にダイヤ改正。K特急快速特急に変えられた。そして五条は清水五条、四条は祇園四条に。七条と四条の発音を区別させるためだろう。多分。丸太町に神宮と付け足す意味は京都人でも分からないが。そして中之島行きの電車はどう見てもシュールな青色です。本当に(ryその電車で2度目のローレル賞を取るとはすごいぞ京阪。
  • 2009年 今年もまたも「おけいはん初詣記念フリー切符」を売っていた。ただし京津線の分は普段からの使いまわしなので「おけいはん」とはいえない。詐欺師。一方、2代目おけいはん弟子が「けいはん!」を立ち上げ、別のマイスターや、たまたま居合わせた仲間約2名とともに本格的な日本全国への介入行動を開始。その結果、3代目おけいはんが巻き添えとなって殉職。消えても代わりが居たので4代目が登場することになった。サイボーグを巻き添えて殉職させるとはすごいぞ京阪。
  • 2010年 5月よりJRとのICOCA連絡定期券を発売開始。アンチJR西日本のクセにJRと手を組むとかすごいぞ京阪。
  • 2011年 6月よりおけいはんでICOCAカードの発売開始。おけいはん単独定期券(大津線を除く)もICOCAで発売可能に。やたらJRと手を組みすぎててすごいぞ京阪。
  • 2012年 5代目おけいはんが登場。何かよく分からないけど、すごいぞ京阪。
  • 2016年 色々ラッピング車両が出てきたけど、地元の京都アニメーションやアニメ作品系だけでなく、7月からの夏季限定でサンリオ「キキ&ララ」まで貼り付け始めちゃった何かもうすごいぞ京阪。
  • 2017年 京阪特急に有料座席指定のプレミアムカーが投入。豪華過ぎるぞ京阪。

近況[編集]

最近は七夕7月7日)のマジノ線において「おりひめ」と「ひこぼし」をしし駅で会わせている。無論七夕が近づくと、駅周辺はおろか京阪全駅にが設置され、短冊までぶら下がる。 また、何を勘違いしているのかクリスマスツリーに短冊をぶら下げた実績もある。

そんなPR作戦をしていても、JR西日本の乗客奪い攻撃をモロに食らっている。さらに「京阪電気鉄道カーブ式会社」の別名通りカーブが多すぎることを理由にスピードをあまり出さないでいると、急いでいる人が阪急やJR西日本に行ってしまう。これを防ぐために、特急を中心に急カーブの手前で無理矢理加速したり、極限までバンクをつけた急カーブに100km/h前後で突っ込むなどといったエクストリームスポーツを随所で盛んに行うことで、乗客の流出を必死で阻止しようとしている。また客が電車から降りようものなら、車体側面からガトリングガンが顔を出し威嚇射撃が行われる光景は沿線に住む小学生ご自慢の一つである。もちろん、複線ドリフトも特技である。

将来的には淀屋橋~出町柳間20分(特急)、中之島~出町柳間29分(快速急行)運転を目指しており、これを実現するために線内カーブの改良とスピードアップ対策の検証が行われている。その第一弾として、光善寺駅構内にある半径500mのカーブのカントを最大32度まで傾ける工事を行い、通過列車の200km/h運転と停車列車の乗降に支障がないかどうかの両立を試みるテストを近年中に行う予定である。また第二弾として、車体側面にロケットブースターユニットの装着も考案されている。最終的には世界最速の列車を越える1000km/hでの営業運転を実現させる予定である。スカイライナー北越急行も真っ青のレールガン開発である。

ジュース・ホテル事業で儲かっているのはいいが、JR西日本対策はもっともっと万全なものにしなければならないと感じた同社は、京都近郊の同業他社の経営陣を全員集めて会議を開いた結果、2008年に阪急阪神近鉄南海グループとしてまとまることを決定した。

一方で京急や航空会社とタッグを組んだPRを東京近郊で行ったり、南海とつるんでJRのフリー切符の価格釣り上げ工作を行うなど、独自のJR対策にも余念がない。

実際のところ、京都から大阪の間は双方の始終着駅をそれほど重視しなければ、JR京都線・阪急京都本線・京阪本線・JR学研都市線の4ルートがそれぞれの支線を含めて複雑に絡み合い、常態的にそれぞれに配備されるトレインウェポン同士が協力・反目しながら散発的に戦闘を行っている。日常的によく見られる戦闘としては、JR京都線と阪急京都本線の「淀川北部トレイン王座戦」、京阪本線と阪急京都本線の「四条タイトル争奪戦」、京阪本線とJR学研都市線による「河内森(磐船)杯争奪戦」がよく知られタッグマッチでは、阪急京都本線とJR京都線・京阪本線とJR学研都市線それぞれのタッグによる「淀リバータッグ王座戦」、そして京阪本線・阪急京都本線とJR京都線・学研都市線による「京阪神急行国鉄タッグ王座戦」がよく知られる。

京阪路線図

路線[編集]

京阪の路線は1本の本線と各種支線が存在する。

  • 京阪本線・鴨東線:京阪特急はこの路線が最大の舞台。おけいはんの名前は今のところこの路線上にある駅名からきている。
  • 交野線:京阪は要塞路線を抱えている
  • 宇治線:到着地点は極楽。過去に特急が走ってたが、禁則事項ですな理由で普通しか走らないようになってしまった。
  • 京津線:京阪では珍しい登山鉄道
  • 旧中之島梅田新未来線:歴史の浅い地下要塞鉄道。歩いて行けるような距離に無駄に線路を敷いてしまい、ぴーを招いてしまった。しかし梅田線が密かに着工しているのではないかという疑惑があり、遠方沿線住民からは期待の絶えない直通路線である。
  • 新京阪線:当初は京阪本線のバイパスとして作られたが、JR西日本が完成する前からじり貧だった阪急を救うために、こっそりと譲渡。敵に塩を送る(当時)の好例とされる。現在の阪急京都本線
  • 叡山線:京阪の路線ではない。

なお、石山坂本線2007年金王国からの爆撃を受けて、廃止が決まった。いや、密かに生きている。大津区民が総力を挙げて復旧工事に取りかかっているのである。そしてその結果、2009年に2年間の沈黙という名のブランクを切り抜け全線復活。2011年にはけいおん!のラッピング電車も走り、京阪の中ではドル箱路線になった。

京阪特急[編集]

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「京阪特急」の項目を執筆しています。

詳しくは京阪特急の項を参照

京阪は先述の8000系を中心に、京阪本線上に特急を走らせている。その間隔は10分で利便性が高い。かつては3000系というオンボロ車両が特急に使われていたが、中之島線快速急行用として新しい3000系が装備されることに伴い、8000系電車30番代を名乗ることになり、しかも寝屋川工場の匠の技によってダブルデッカーを装備すると言う整形手術を施された。しかも特急車として一番年数の経っている編成でありながら、番号としては一番新しい番号を割り当てられたため、そのギャップを好む一部のマニア(フケ専)から絶大な支持を受けていた。

現在では30番台は引退してしまったため、特急にはただの8000系がやってくるが、時刻によっては9000系や6000系や7200系がやってきて、ちょっとしたバツゲーム気分が味わえる(時刻表の記号に|||がある)。装備格差の劣る車両の出現による地元住人の反発は予想以上に大きく、10月19日からは、8000系より優れた転換式の準特急装備を有する2代目3000系を投入し、特急とペアで運転される中之島線直通の快速急行として運転することで、有事の際にも原則崩れることのない日中のフルロマンスシート体制を5年ぶりに実行する予定であったが、結局枚方市行き特急が特急用車両での運用じゃないのが基本なので、まだまだバツゲーム気分は味わえる。

なお、普通の「特急」が走っているのは平日の日中と土休日だけで、それ以外は以前は「K特急」、今は快速特急が走っている。駅の列車種別表記は原則日本語「K特急」である。英語表記は無い。EXP.Kと表記するとエクストリームスポーツトレインおけいはん!の開催列車と勘違いするからである。K特急については交野線から本線に乗り込む「おりひめ」としても運用されていたが、現在は「通勤快急」として全力でバツゲームを行っている。


車両[編集]

外観は妙にアナクロだが、リサイクルエコロジーの親とも言われ、備品の盥回しの究極形。 老兵は死なずとはまさにこの事である。 改造という改造を繰り返しては再利用されているので、その都度装備が増してくる。核エンジン重力反転ブレーキなんて朝飯前。見た目で勝負の南海とは違ったテクノロジーがある。もちろんおしっこの染み込んだシートも使い回し!思い出をいつまでも捨てない志は誇って良い。しかしながらストレートな女性からは意外と不評。 いつしか「輪廻転生」というコンセプトが生まれている。 一部の車両では天井やシートから山菜が生い茂っている。しかしこれもまた京阪の伝統技術である。

名誉ある京阪の車両[編集]

京阪特急の車両[編集]

旧3000系(現8000系30番台)[編集]

京阪特急が大増発された1971年に産声を上げたかと思いきやあっちゅう間にそれまでの1900系を駆逐し、当時の3000系は今の3000系と同じように神的存在になった。 だが残念なことに1989年に叡山電鉄が経営改善できた要因を実行するにあたって翌1990年から引退。たった19年の短い生涯を終えたり今は地方で今まで以上にのんびりしたり、8000系に生まれ変わったものがいたりする。 そんなこんなで波乱に満ちた人生を歩んできたが、2013年春に完全引退。

8000系[編集]

上の旧3000系を駆逐するために生まれた車両である。こいつのおかげで叡山電鉄は大津線以上に京阪電鉄に可愛がられる存在になったともいえる。 そしてデビューから20年以上走っているが、ここまで長生きしている京阪特急は初めてである。経年劣化著しく、最近リニューアルと称して内装が木製になったのが確認されている。一方京阪本線を恨む大津線は1編成だけ8000系のパクリ車両が誕生している。

その他の車両[編集]

新3000系[編集]

京阪新3000系コンフォートサルーンは山陽電鉄5030系より「唯一神」の称号を譲り受けた。 先代の「唯一神」をも超えるかつてない神々しさ故、いつしか人々からは「超絶神」と称されるようになった。 神々しすぎる内装の扉間1列+2列クロスシートと連結部ロングシートの組合せに加え、両側2列クロスシートを運転台直後に配置し、かぶりつき(前面展望)に最適な設備を有する。また数々の乗客トラブルやテロ、更には他路線に対抗すべく新たな武装が施され装甲も強化されている。それに合わせて車体も一部素材が微妙に変更され軽量化がされている。

13000系[編集]

そしてその超絶神の新3000系の登場から4年の年月が過ぎて2012年春、3000系は2011年のいつかに結婚した交野線の10000系との間に13000系という第一子が誕生した。 まずは形式番号を見るからに3000系と10000系の子供ということが分かるようになっており、13000系は母親の10000系が働くマジノ線ともう一つの閑散路線の宇治線に投入されて宇治線の救世神となり、また父親の3000系とは実に顔つきが似ていて(というより同じ)第二の超絶神になる予定である。救世神と超絶神を兼ね備えるなんてすごい車両だ。そして車体も前が3000系、そして側面が10000系となった。だが、新車両という意味では、どっからどう見ても親父と同じ道を進む可能性があると専門家は言う。

吹奏楽部アニメで8000系や10000系より先にお隣の会社の221系と共に出演している。

10000系[編集]

青緑の車体でマジノ線や宇治線で運行開始した際には、誰もが京阪と乗り間違えたのかと思うほど塗装を一新した車両としてかなり注目された。 …がしかし2007年にはマジノ線に左遷されて2011年には青緑塗装が消滅。しかし2011年には新3000系と結婚して2012年に第一子の13000系が誕生した。

6000系[編集]

1983年のデビュー時は誰もがその姿に驚いた。前面二枚窓のパノラマ、扉―扉間の窓の枚数は2枚、とにかく何もかもが新しくてとある京阪フリーク芸人もハマりにはまったほどである。京阪初のローレル賞受賞車両もこいつ。 そしてその画期的な車両は長期間の増備が続けられて、今や京阪の車両として最大勢力になっている。

その他車両[編集]

ロボットと要塞[編集]

先述のマジノ線と中之島線は京阪が所有している軍事要塞路線である。それゆえに戦闘ロボットの配備を南海並みに進めている。しかも現在進行形。戦闘能力も南海と同等ゆえに共同戦線を張る、なんてこともしばしば。8000系は京阪の「イメージリーダーカーロボット」で、各種要塞との同調能力にも優れている。また10000系は変形しないが武器を大量に積んでいる。

もちろん8000系のパーツとして合体することは可能で、いざとなれば車庫にいる分だけ出陣する。現在は川崎重工業に新型ロボットを発注しているようだが、その詳細は全く不明。

5000系は初の超合金製の完全変形ロボットである。 変形時は乗員保護の為トランスフォーメーションの警報が流れ、さらに非常時には乗員の搭乗をスムーズに行う為に開口部が通常の166%となる。 JR東日本が、それを真似たロボットを誕生させたが廉価版なので変形は出来ない。

高い技術力を生かして旧型車輌の部品のリサイクルにも熱心であり、3000系をオール2階建てに改造するのもお茶の子さいさい。寝屋川の工廠は鉄道ファンのみならず技術者にとっても聖地である。

沿線の要塞都市ひらパー(愛称ひらパー)のアトラクションはロボットの発射基地をも兼ねており、園内では不定期ながら戦闘ロボットの緊急発進風景を見ることができ、子供たちに人気を博している。ここ数年は子供の頃にひらパーでの発進風景を見て育ったオールドファンも親子で訪れている(同様な施設に南海要塞都市みさきがある)。 最近、超能力を持ったSPを採用し対人戦闘能力を大幅アップしている。

電装品だけならば傘下の東洋電機製造でまかなうことができており、関東関西の私鉄各社を始め、一部ではあるがJR西日本JR東日本の戦闘ロボットや兵器の主要部品も握っている。当然京阪の戦闘ロボットや兵器は東洋電機製造の部品を使用。阪急といえども京都では東洋電機製造の部品なしでは生きてはいけない。

武器弾薬は沿線の枚方市にある旧日本軍弾薬庫跡地(現関西外国語大学付近)から大量に発掘・調達できるため弾切れの心配がない。

関連項目[編集]