京都サンガF.C.

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「国破れてサンガ在り」
京都サンガF.C. について、杜甫

京都サンガF.C.(きょうとサンガエフシー Kyoto Sanga FC)は、京都府京都市西京極運動競技場で細々と活動している蹴鞠同好会。会員はエレベーターの添乗員をしているものが多い。

「僕間違ってるかなあ」
京都パープルサンガ について、家本政明

概要[編集]

京都府京都市において師範学校OBが、蹴鞠という文化文芸保護の観点から結成した同好会、京都紫光クラブを祖とする。

後に志を同じくする京セラ名誉会長稲盛和夫氏、任天堂などからの出資を受け、京都パープルサンガと改名(分裂)。この時会員はエレベーター添乗員として優先雇用が約束される。

2007年、セルジオ越後氏からパープルの使用権を巡って裁判を起こされ、敗訴。同好会の名前を京都サンガF.C.に改名する。

優良スポンサーに恵まれ、豊富な資金を元に優秀な研究員を蹴鞠文化普及の為フランスイングランドなどに派遣することに成功してはいるものの、京都市における当会の認知度は低く、一層の活躍が期待される。

彼らの本職であるエレベーター添乗員としての練度は高く評価されており、Jリーグという大きな舞台の1階と2階を2年間、又は3年間という長いスパンで往復する様は多くの人々に愛されている。総数3回というその往復回数は、2008年現在日本では前人未到の快挙であり、各方面から絶賛されている。

(なんか後ろから元祖エレベーター同期が回数的な意味で追いかけてきている気がするが、割とどうでもいい。だってジミーズだし)

特色[編集]

京都エレベーター[編集]

日本随一のエレベーター添乗員である京都サンガF.C.会員の能力は、Jリーグという舞台でより強く発揮されている。2001年、共にエレベーターに乗り込んでJ1へと上がった蹴鞠仲間のベガルタ仙台が、また2005年、共に乗り込んだアビスパ福岡が、あまりの乗り心地の良さからJ1で降りるのを忘れ、京都エレベーターがJ2に降りる際にそのまま付いてきてしまったエピソードは、あまりにも有名である。

衣装[編集]

京都サンガF.C.は、蹴鞠競技の際、下着メーカーのワコールが提供する衣装を纏っている。その形状は、ブリーフブラジャーパンティー型など幾つかに分類できるものの、概ね下着のそれと同様である。

採用にあたっては、他団体から「破廉恥ではないか」など、小数の反対意見があったものの、その奇抜さ、先進性から、現在では多くの人々から支持されている。

大人の男集団がこのような衣装を纏って競技しているため一部から熱狂的な支持を得ている。

ペット[編集]

京都サンガF.C.の会員たちは、共同でバカな赤い鳥オスメスの2羽飼っている。オスは、試合前に相手サポーターを挑発し、相手の士気を挙げて、エレベーターの降下に貢献してきた。メスのほうは、京都と仙台に同時に現れるという超能力を使い、ファンたちを魅了する。

和田りつ子[編集]

京都サンガF.C.のTV中継に長年君臨する「サンガの生き証人」である。最近ではスカパーでしか勇姿が拝めない。

賛否両論などどうでもいい。りつ子様は唯一神である。

ちなみに2014年現在、りつ子様は京都府サッカー協会理事という要職をガチで務めている。日本サッカー協会公認審判員(京都府初の女子1級審判員)で、かつてはなでしこリーグ等で主審もやっていた。

歴史[編集]

1996年~2000年(妖怪大戦争)[編集]

同好会をJ1に参加させ、始めてから17回連続で蹴鞠を消失させる、という歴史的快挙を達成する。緑の血が流れている怪物を捕獲し、紫の血に入れ替えるという壮大な実験を開始するも失敗。怪物は緑の地へと去る。

1998年には狸の化け物を指揮官に据え、妖怪てくてくさんメロンパン屋などをメンバーに加え、話題を攫うが、狸や妖怪やパン屋に蹴鞠が出来るわけもなく、活動は暗礁に乗り上げる。 この年、エレベーター添乗員の訓練を終えた会員たちが、J2へ向けて始動を試みるも、の爆発事故の余波でエレベーターが故障。失敗に終わる。

1999年には、大予言に対するため、首都京都国王が入洛し、同好会に興味を示す。そのまま入会した国王のおかげで、会は大いに盛り上がり、立派な成績を残す。

翌2000年、遂に京都エレベーターが完成。J2へと下降を果たす。

2001年~2004年(京都エレベーター)[編集]

2001年は優秀なの台頭もあり、順調にエレベーターが動作し、一年でJ2を後にする。

2002年には、一昨年から指揮を任せていた大妖怪、河童のもと、の活躍や、特例で認められている12人目の選手で気が向いたときだけプレーするクロスバ・ポスティーニョ、使いの暗躍もあって、蹴鞠においてはJ1 5位という立派な成績を残す。また、元日の宮中狩猟行事に会員が招かれ、立派な鹿を仕留めるなど、この年の蹴鞠同好会としての活躍は、同好会史上最大の物であった。

一方これまで順調に昇降していた京都エレベーターとしての活動は散々であった。河童が技術者のしりこだまを大量に失敬したおかげで、エレベーターの整備がままならなくなり、この年の降下は見送られることとなった。

2003年には昨年の反省をふまえ、韓国から連れてきた子豚をおとりに河童を川に流し、若手をオランダに研修に出すなどして戦力を調整、エレベーターを改修し、遂にJ2への降下に成功する。

翌2004年にはかけていた鳥類分ハゲワシの捕獲にも成功し、エレベーターのJ1上昇は間違いないと思われたが、間違って陸上部の監督に指導をお願いしてしまったため、皆が疲労でたおれてしまい、エレベーターを動かすことができなかった。

2005年~2007年(シンドラーより正確に。)[編集]

2005年には、他同好会に大量に資金を援助し、その見返りに会員を融通してもらう、という画期的かつ斬新な方法で優秀な会員を増やすと、最新型の高速エレベーターに乗り込み、あっというまにJ1へと上昇をはたした。

翌2006年も、前年の勢いそのままに降下を開始し、J2への1年での降下という順調な仕事ぶりを見せつける。しかし、この年に起こったシンドラー社を中心とした一連のエレベーター事故をきっかけとして、エレベーター業界全体に不信感の波が押し寄せた。そのため、京都サンガF.C.蹴鞠同好会も人気の低迷を余儀なくされる。事態を重く見た京都サンガは、スポンサーであり、子供を中心にに絶大な人気を誇る任天堂に助けを求めた。任天堂は要請を快く受け入れ、人気キャラの1人であるルイージを同好会監督として、京都サンガに貸し出した。

2007年にはルイージの元、アゴナチなる紫の壁が構築され、エレベーターの運行はスムーズにいくと思われた。しかしルイージのいまいちな人気度と地上での安定感の無さが災いし、エレベーターは上がれそうで上がれないかも知れないというなんとも微妙な状態におかれてしまう。そこで再度任天堂に援助をお願いすると、今度は超人気キャラマリオが貸し出されることとなった。

マリオの力でなんとか上昇軌道に乗った京都エレベーターは、最期までしがみついて邪魔をしていたを踏みつけて、遂に1年での昇格をなしとげた。

2008年~2010年[編集]

2008年は当初から1年での降格に向けての暗雲が立ちこめている。残念そこはシジクレイだの人やオシムの使者だけではなく、あの伝説のQBKの使い手までもがエレベーター破壊に動いているからである。ここまである程度順調に運行されてきた京都エレベーターではあるが、彼らの破壊工作如何では、故障のみならず、完全に消滅してしまう危険さえあるのである。

妨害工作を行っていた残念やオシムの使者、パウ様などを追放し再びエレベーターの修復作業を再開、見事最下位確保し3年越しの降下へ向けて人々の注目を集めている。

そんな中マリオは無事役目を果たしたということで、勇退。後はアキータ新監督が任務を完了させるだけである。最後は開き直った攻撃戦術に転換するも、勝ち点は伸びず、Jリーグ最多の4度目の降下に成功。 2010年のシーズンが終わると同時に即上りボタンを押すべく、プロのエレベーター管理人やJ2限定無双の攻め達磨を配置し、巷の感嘆を呼ばざるを得ない状況にある。


そのはずだったんだけど


2011年〜(エレベーター修理中)[編集]

2010年の暮れになってもエレベーターは上昇しなかった。どうやらこのJ2生活の間に故障してしまったらしい。

しかしこのままでは正確なダイヤ運行が行われないため性急な解決が必要である。

Domokunyellownbackground.jpg この節はうろ覚えで書かれたものです
誰か、の代わりに僕の記憶の穴を埋めてください。(Portal:スタブ

そして2012年、この年からJ2のプレーオフが始まった。内容を大まかに言うと「J2の1位と2位は自動昇格、残りの椅子を3位から6位までのクラブで争う(プレーオフ)」といったものである。すなわち3位でも昇格できない可能性があり、あるいは6位でも昇格できる可能性があるのだ。

もちろんエレベーターをとっとと修理し上りボタンを押したい添乗員ご一行は、エレベーター管理人やJ2(限定)不当の豪傑を配置しJ2を突破することにした。その甲斐あってチームは2位、すなわち自動昇格圏内で最終節を迎えることとなった。このままだ! このまま進めばエレベーターの修理も終わってJ1に行ける!

だったんだけど。

最終節の相手は首位・甲府。その直接対決は引き分け。しかも三位の湘南が勝利しやがったため順位が逆転してしまう。結果、自動昇格は甲府と湘南にとられ、一行はプレーオフへ望みをつなぐ。

(挙げ句、あろうことか自動昇格を逃したその翌日、公式サイトはJ1昇格記念特設ページをオープンしていた)

このプレーオフ、3位(この年は京都)のチームは6位のチーム(この年は大分)との対戦を3位側のホームで行い、もし90分間で勝負がつかなければホーム側が勝利扱いというものであった。つまり京都側の有利にある条件である。

なんだけど。

蓋をあけてみれば大分のがエレベーターを破壊していた。4-0で。大差で。

「カメェェェッー!」
京都-大分(2012年のJ2プレーオフ) について、エクスデス

リーグ戦の途中ならば容易に描くことができたであろう栄光、それがクライマックスで手から離れていき、あげく最後の望みをつなぐ戦いであっさり負けて去ることになってしまった……(ついでに「おめでとう」を勇み足で出してしまったことも加えておく)。この有様は2008年の阪神タイガースのリーグ優勝失敗になぞらえられ、後に「J1やねん!」「昇格どすえ!」などと揶揄されるようになったとさ。

(ちなみにこのシーズンの様子が「Vやねん!」の類似例としては非常に再現度が高かったためか、野球系のはずのなんJにおいて種目の壁を超えてプレーオフの様子が気にされていたり、なんJ用語集のwikiに「NPB以外でのVやねん!」の例として挙げられていたりする)

2013年はあいつこいつが落ちてきやがり、開幕前から「どうせこの二つが自動昇格枠を占拠するんだろ」といった空気がJ2全体に生まれる。そして案の定その通りになる。ならば京都エレベーターが再始動するにはプレーオフで勝ち上がるしかない訳で……。

果たしてどうなる京都エレベーター! 続きはプレーオフで!

外部リンク[編集]