五龍の方

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五龍の方(ごりゅう-かた、生年不明-天正2(1574)年没)とは、毛利元就の娘である。

人物[編集]

本名はおしん。嫁いだ先の五龍城(ごりゅうじょう、宍戸家の居城)から五龍姫あるいは五龍局(-のつぼね)と呼ばれるようになったが、後述するように彼女の性格から「ピッタリだな (笑)」という声や、本名の「おしん」もいっそ「お辰(しん)」の方がよかったのではないか、という声も聞かれたほどであった。毛利元就と正室・吉川氏(法名、妙玖(みょうきゅう))の間に生まれ、姉に高橋氏(本名不明、幼少時に人質にとられ、後に大人の事情によって処刑された)兄に毛利隆元、弟に吉川元春小早川隆景がいる。ちっちゃな時から悪ガキで、15歳(天文12(1543)年)でお嫁に行った(夫は宍戸隆家)のであるが、生まれついての問題児で、勝ち気、ワガママ天の邪鬼という「問題児三原則[要出典]」をすべて兼ね備えた筋金入りぶりにほとほと参った隆家から、舅・元就へ宛てて差し出された愚痴の手紙は年に10通や20通ではなかったと言われている。特に元春との仲は険悪で、彼のやることなすことことごとく反対し、重箱の隅をつつくような揚げ足取りに日常的な嫌がらせを繰り返し、むしろ愛ゆえの行動なのではないか、と一部の物好きによって邪推されるほどに執拗に陰湿に彼女のいじめは終生にわたって続けられたのであった。いったん元春がその視界に入った時の彼女のハイテンションぶりはまさに気違いそのものであり、心から嬉しそうに彼をいじめる、ある意味で(彼女にとってのみ)幸せな毎日に思わぬ邪魔が入ったのは、元春の正室である新庄局(熊谷信直の娘、本名きぃ)の登場によってである。夫のピンチを放っておけない夫婦愛は賞賛されてしかるべきだが、この新庄局もまた五龍局に勝るとも劣らない問題児であり、毛利家中の人々は「龍と虎がじゃれあっている」と密かに揶揄しつつ、全力で放置する方向で意見が一致したのであった。が、あまりに激しい喧嘩ぶりが後々家中の結束に深刻な影響を及ぼすのではないか、そう心配した元就は三人の息子それぞれに宛てて、例の「三子教訓状」を送ったと言われている。要は「この弱肉強食のご時勢内輪揉めで盛り上がっているんじゃないよ」と言いたかったのだが、まさに五龍局と新庄局のために書かれたようなものである。が、どちらもそんな教訓状ごときで説き伏せられるタマでもなく、あまりにハイテンション過ぎて天正2(1574)年に脳卒中で死没(日頃から高血圧で、朝から晩まで基本的に四六時中ハイテンションだったと言われている)するまで、一生涯にわたって毛利家中を振り回した人生であった。

参考文献[編集]

関連項目[編集]