五式20mm機関竹槍

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五式20mm機関竹槍(ごしきにじゅうみりきかんちくそう)は、第二次世界大戦末期に日本が開発した兵器。主に対空火器として用いられ、竹と水という極めて安価かつ豊富な原材料を用いて製造可能であったうえ、高速発射もできる優れた性能で、戦局の挽回が期待されたが、時既に遅く、効果を上げる前に日本は降伏し、幻の兵器となった。

制式化に至る経緯[編集]

発端[編集]

考案者は海軍大将(元帥)山本九十六(1896年2月29日~1996年2月29日)である。誰だ、ヤマモトクソロクと読んだのは? 正しくはヤマモトクジュウロクと読む。そう言えば、1970年頃の愛知大学の学長も久曽神昇という名前だったが、これもキュウソジンヒタクで、ぴーガミノボルではない。

閑話休題、両親がキリスト教徒で、1896年に生まれたのでこの名が付けられた。クリスチャンを両親に持ちながら軍人になったのは親不孝と言えなくもない。もっとも、欧米でもクエーカー教徒のように、徴兵されるなら自ら命を絶つので兵役を免除される絶対平和主義者もいないわけではないが、殆どの軍人はキリスト教徒である。

よく話が脱線するが(ガシャーン)、ともかく九十六少年がクサイいや9才の時、ちょうど日露戦争の最中であるが(満年齢。数え年なら10才である)、裏山で古くなった竹を大量に燃やしていた。竹は、割るなり節ごとに穴を開けるなりして燃やさないと、節の中の空気が熱で膨張して爆発する。九十六少年はそれを知らなかったのだ。果たして、たくさんの竹が次々に轟音を立てて破裂し、少年は腰を抜かしてしまったが、音を聞いた村人たちも、「すわ、バルチック艦隊が来た!」、「いや、B52の空襲だ!」、「違う、ガミラスの遊星爆弾だ!」と一大恐慌状態に陥った。しかし、音のした裏山に行って見ると、九十六少年が目を白黒させてへたり込んでいたのであった。爆発音の正体を知った大人たちは「このクソたれ、ロクでなし!」とクソロクいや九十六を罵倒したが、九十六少年の偉いところは、この屈辱的体験を単に屈辱と感じて終わったわけでもなく、いやな事だからと忘却の彼方に流し去ったわけでもなかった事だ。この体験が、後に五式20mm機関竹槍として開花する。

期待される新兵器[編集]

1944年、悪化する大東亜戦争の戦局を打開するため、大本営は軍民を問わず新兵器の公募に踏み切った。当時海軍大将となっていた山本九十六は、その時子供時代の体験を思い出し、機関竹槍を考案したのである。対空竹槍は既にあったが、兵士が腕力で投擲するため、個人の体力差による性能のばらつきが大きく、持続力も乏しかった。山本はこれを機械化しようと考えたのである。竹筒の中に水を詰め、機械力によってこれを急激に加熱すれば、水が気化した圧力で高速で飛ばせるはずだ。親しくしていた理化学研究所の科学者たちの協力を得て、ついに画期的な設計案を完成し、応募して見事に最優秀賞を得た。

その原理は次のようである。砲弾は竹の棒。先頭(弾頭)部を斜めに削って槍状にする。後ろ半分は閉じられた節になっていて、これが薬莢に相当する。薬莢部には細い注射針で水が充填してある。注射針の穴は小さく、表面張力が働くので、どんなに揺すっても水が漏れる恐れはない。これを砲身に入れ、薬莢部に、周囲のマイクロ波発生器からマイクロ波を照射する。つまり、電子レンジと同じ原理である。マイクロ波は非常に強く、水は瞬間的に気化膨張し、その強大な圧力で弾頭部の竹槍が高速で発射されるのだ。しかも同時開発のレーザー式測距儀によって砲弾は正確に目標を捕らえ、命中率はほぼ100パーセント! それだけではない。砲身が1本では発射速度が遅く、破壊力も弱い。彼は、6本の砲身を回転させる事を考え付いた。竹槍を発射した砲身は次の砲身に発射口をゆずって移動し、そこで空薬莢の排出と次弾の装填を行ない、再び発射位置に戻る。戦後開発されたバルカン砲と同じ方式である。これによって、機関竹槍の発射速度は毎分3000発という、当時としては驚異的な威力となった。更に原材料は竹と水であるから無尽蔵である。

大本営は、一も二も無くこれを採用し、制式化した。

なお、山本九十六は生粋の軍人で忠君愛国主義者でもあり、この入賞で得た100万円の賞金(零戦一機約7万円であった当時としては大変な高額)を、お国の防衛のために使って欲しいと言って一銭も受け取らなかった。

なお、次点に入った案としては次のようなものがある。

射程距離4万キロメートルの大砲:4万キロメートル先の目標を撃てる榴弾砲である。地球の周囲の長さも4万キロメートルある。つまりこの大砲は、敵のいる所とは正反対の方向に撃つのだ。敵が、「日本軍はどこに目を付けてるんだ。やーい、方向音痴!」と調子に乗って笑っていると、地球を1周した砲弾が敵の後ろから飛んできて、敵は一転、猛砲撃を受けて一巻の終わり、という次第。
ジェットエンジンで空を飛ぶ潜水艦:当時新開発であったジェットエンジンを、飛行機に付けるという平凡な考えではなく、潜水艦に取り付けて空を飛ばせ、敵をあっと言わせる案。海を潜って行くはずの潜水艦が空を飛べば、きっとすごいインパクトになるだろう。

他にも、「反陽子爆弾」というのがあった。反陽子と陽子を反応させて地球を吹っ飛ばすほどの威力がある爆弾だが、それでは敵国といっしょに日本まで消えてなくなってしまう、というわけで、初回の審査で落とされた。

制式化と初陣[編集]

軍部は、もともと仲が良かった陸軍海軍が、お国のためだと一致協力して機関竹槍の製作に取り組み、1945年春、「五式20mm機関竹槍」として制式化された。初めて実戦に投入されたのは「菊水作戦」である。即ち戦艦大和に搭載されて沖縄特攻作戦に使用されたのだ。結局大和は撃沈されたが、攻撃したアメリカ高速機動部隊は、46サンチ主砲より五式20mm機関竹槍の威力に驚いたという。

終焉[編集]

大本営もその効果に注目し、当時激化しつつあった米軍の日本本土空襲に対処するため、五式20mm機関竹槍部隊を編成、B29の撃墜に成果を上げかけた。東京都内の久我山に設置してB29を迎撃したところ、一度に2機を撃墜するという戦果を上げ、アメリカ軍も、以後は久我山を避けて飛ぶよう指示したという。最大有効射高が1万6000メートルもあるため、成層圏を飛ぶB29も逃れられなかったのである。しかし既に日本の戦力は尽き果てており、五式20mm機関竹槍部隊が全国に展開する前に終戦となり、機関竹槍の資料や実物は全て焼却・破壊され、忘れられた。

再発見[編集]

終戦時、軍は最先端の軍事技術が連合国に奪われる事を恐れて、五式20mm機関竹槍の機密も全部処分してしまった。久我山の機関竹槍についても、15センチ高射砲であったとの偽情報を流布し、以後これが常識となってしまった。そのため、もともと五式20mm機関竹槍そのものが軍事機密で一般に知られていなかった事実も手伝い、久しく忘れられる結果となった。

それがようやく日の目を見るのは、山本九十六が亡くなってその遺文が発見された1996年である。彼の死後、遺品を整理している時に機関竹槍について書かれた資料が見出されたのであった。山本は、終戦直後には機関竹槍について公表しようと考えていたが、当時東西冷戦が激化しつつあったのを知り、それが再び実戦に用いられるのを良しとせず封印したらしい事が、今日までの詳細な分析研究で明らかにされている。以下に、山本九十六の書き残した資料の冒頭部分を掲げる。

五式20粍機関竹槍(ごしきにじうみりきかんちくさう)は、皇紀2605年に採用されたる大日本帝國陸海軍の兵器にして、陸軍の東京砲兵工廠に依り製造されたり。従来対空竹槍は有れども投擲兵の體力と精神力により威力の左右されしより、充分なる効果を挙げ得ず。五式20粍機関竹槍は機械力にて発射せる物にしてその威力極めて大也。一分間3000發發射可能也。當時、例の無き竹槍の連射に依る航空機迎撃の優位性を向上させたる機關竹槍の登場に米軍を始め連合國軍は驚嘆せり。製造數は少なしと雖(いへど)も空襲の激しき帝都に配備され日本本土爆撃の爲に侵入したるB-29爆撃機や艦載機を多數撃墜せり。(以下略。文末に「昭和二十一年八月十五日記」とある)

「五式20mm機関竹槍」を読んで[編集]

甲さん

「私はいかなる戦争にも絶対反対ですが、それにしても機関竹槍発射のためにマイクロ波を使うとか、ましてレーザー光線を測距儀にするなんて、当時の日本軍は何て無駄な事をしていたんだろうと思えてなりません。そんな事に使うくらいなら、それらで直接敵機を撃った方がいい。きっと面白いくらい撃墜できたでしょう」

乙さん

「私も全ての戦争を否定する絶対平和主義者ですが、それでも4万キロメートルも射程距離がある大砲をわざわざ敵の反対方向に撃つなんて、考案者の気が知れません。そんな回りくどい使い方をするより、ニューヨークでもロンドンでもモスクワでも射程内ですから、いくらでも砲撃して叩き潰せたはずですよ」

丙さん

「私も、どんな理由があろうとも戦争は決して認めませんが、そうは言うものの、空飛ぶ潜水艦なんて馬鹿の限りです。空気抵抗の塊のような当時の潜水艦にジェットエンジンを付けたって、敵の対空砲火の餌食になるだけです。それより、ドイツのメッサーシュミットMe262のようなジェット戦闘機、それにジェット爆撃機を同時に作れば、無敵の戦爆連合になってあらゆる敵国を猛爆撃して壊滅できたと思います」

丁さん

「私も、罪のない一般人を巻き込んで殺戮する戦争は断固反対ですが、でも、反陽子爆弾を却下したのは理解できませんね。何も地球を吹き飛ばすほどの大威力にしなくても、反陽子と陽子を0.5グラムずつ反応させれば長崎級の原子爆弾と同じエネルギーになります。だから、適切な量を用いたなら敵国の都市を破壊する程度の威力が得られて、日本は世界を征服する事だってできたんです」

戊さん

「まことに全くその通り。そういった知恵が回らなかったから、日本は戦争に負けたのです」

一同

「今度やるときはもっとうまくやろう!」


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