中村紀洋

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

「彼は右狙いだったら8割の確率でヒットになる技術を持っている」
~ 中村紀洋 について、山田太郎
「マジで!?」
~ 山田太郎の発言 について、イチロー

中村紀洋は日本のプロ野球選手。中日ドラゴンズ。近鉄時代のイメージとはずいぶん変わった。バット投げはあまりにもきれい。 バットの根元をもち、ホームランをかっ飛ばす。 ニックネームは、「ノリ」、「ミスター・フルスイング」(いまは、よくボールを見るが)、「神主打法の天才」、「アンチオリックスゴールデングラブ賞の常連。守備は華麗。肩力は内野手トップ。しかし守備固めで一塁手にコンバートされる。(三塁手は、まあまあ守備のくりくりおめめの森野君

目次

[編集] 経歴

ノリ♂ノリ♂EVERY☆豚騎士こと中村紀洋(通称ノリ1973年7月24日 - )とは、大阪出身の野球選手と見せかけたプロゴルファー藤井寺球場大阪ドームスカイマークスタジアム等で野球選手としても億単位のおを稼ぎ、『ノリブランド』は最高値5億円にまで跳ね上がった。

  • そのブランド力はアメリカにまで波及し、一時はアメリカ本土へ輸出されもしたが、翌年日本への返品の嵐。2000年の二冠王(39本塁打、110打点。)
  • でもじつはゴルフのほうが上手い。手首を怪我してたってナイスショット!!である。しかし、来季の契約交渉が難航し、2007年1月にからはセールスマンにデューダする予定だった。
  • 今後は『ノリブランド』のブランド力を生かし全国の球団に売り込みにいくと言い、なんとあの長嶋茂雄氏にまで売り込みを掛ようとしたが、長嶋さんはタイミングよく不在だったので押し売りは失敗に終わる。
  • これにはさすがの商売人のノリさんも落ち込んだのか、早くもセールスマンを廃業。どっしり腰を下ろして構え、商品(=自分自身)を買ってくれる球団を待っていたが、そこに待ち受けていたものは、繰り返されるピンポンダッシュだった。そして購入者が現れないまま、ついに架空のキャンプインに突入した。
  • その後、商売人の才能を買われたのか、野球の才能を買われたのかは知らないが、中日落合博満監督にタダ同然で拾われることになり、休み休みながらも働き、チームを53年ぶりの日本一に導き、自身もシリーズMVPを獲得と、まさに『無職→日本一』と死の淵から這い上がり、「きれいなノリさん」として新たなノリ伝説を作り上げたのだった。
  • しかしその裏には、シリーズ第5戦の先発、山井の完全試合、シリーズMVPを阻止させたのは実はノリさんが裏で工作を働いたからだとも言われている。
  • 家族に村上隆行(元プロ野球選手)の妹で、元実業団バレーボール選手の浩子と3女がいる。
  • なお、以上の情報はすべて架空ですのでお間違えのないように。

[編集] ノリ語録

  • 天下のノリさん(と本人は思っている)だけに、星の数ほどの名言を残しているが、その一部を紹介する。仏のノリさんに感謝しましょう。


[編集] 渡米以前(ブランド創生期~絶頂期)

  • 中村ノリというブランドをまず考えて、近鉄で終わっていいのか、
いろいろな野球を経験した方が自分にとってプラスじゃないか、と悩みぬいた
  • 「巨人は、これだけ出してくれるんです、と言いよったんや。小さな声でな」。
  • 「星野監督が“どっちかに決めろ”と言われていますが、自分の権利なのでFAをもっと楽しみたい。
迫られて返事を出すのではFA権を獲った意味がない」
「日本球団をどちらかに絞って、メジャーと両天秤にかけるのがベターじゃないかなと」
  • 「メッツの評価があまりにも高すぎる。気持ち的にはニューヨークにいかない方がよかった」
  • 当時ポスティング入札がなく近鉄からの自由契約を希望していた大塚晶則に対して
もう観念しなさい。 ゴタゴタするなら戦力としてどっちでもいいわ。 代わりはなんぼでもおるでしょう」
「球団に頭を下げれば済むことや。FAのボクの場合は相手の気持ちを考え頭を下げた。
今度の場合は球団は悪くない」
  • 「ヒットはいつでも打てる。でも、邪念が入ったらあかんのよ」
  • 仏のノリさんでもキレました」
  • 山口近鉄本社社長、同じく「なんで中村みたいな ア ホ に5億も払わなあかんの? 社会的犯罪ですよ。泥棒や」
近鉄・中村紀洋内野手、「面と向かって聞いたわけではないのでね。でも、事実やったら本当に悲しいです」
「終わりやね。球界も終わりやね」


[編集] 渡米後(ブランド衰退期)

  • 「縫い目がはっきり分かってボールを見すぎてしまう」
  • マイナー行きが決定となったノリさんの発言
「成績を見れば一目瞭然、トップクラス。何故マイナー落ちなのか納得出来ない
> ラスベガスでは、本塁打こそリーグ17位の22本と健闘するが、打率.249は規定打席以上の90人中85位と低迷
> 渡米前に自信を見せていた守備でもチーム最多の20失策を記録。
> ファン感謝デーのイベントを理由も告げずに欠席する、試合を「罰ゲーム」と呼ぶ、
> といったマイナーリーグの経営事情を無視した行動も。
> メジャーリーグから声がかからないまま、9月5日にAAAのシーズンが終了。
  • 「イチローもマイナー契約ならメジャーには上がれなかった」


[編集] 日本球界復帰後(ブランド末期。もはやノーブランド)

  • 「愛情が欲しい」
  • ボロボロになってもサポートしてくれる安心感が欲しい」
  • 「ボクはどうなるんですかね。(合併前の)近鉄は、もう少し選手のことを思ってくれる球団だった
  • 「実戦カンが鈍るのが心配ですが、バッティングセンターで打ち込んで、プロ野球中継を見てボールへの目慣らしは続けます。
データ研究もします。どんな状況になっても僕は野球はやめません」
  • 架空のキャンプインに向けてやっていくしかない」
  • 無免許でひき逃げし、逮捕された、舎弟の前川勝彦について
「免許をもっていると思っていた。だまされた気分。もう1度自分を見つめ直してほしい。社会人として、最低限のマナーは守らないといけない」
なお、このコメントはノリさん自身が19キロのスピード違反で警察に検挙された直後のコメントである。 神掛かったタイミングこの上ない。

[編集] 中日移籍後(綺麗なノリさん)

(日本シリーズMVP受賞ヒーローインタビューのコメント)

  • ホントに今年(2007年)1月から色々ありましたけど、ドラゴンズさん、ホントに感謝してます。有難うございます。
  • 今、ホントに、ホッとしてるんで、今までキツかったな、と思います。
  • 色々手伝ってくれた人たちがいっぱいいるんで、あと、ホントに、ドラゴンズの関係者の方、あと、チームメイト、ホントにあのー、色々と助けていただいて、ありがとごじゃっす・・・。」(感極まり、思わず涙が溢れる目頭を両手で押さる)

[編集] 銭歴(笑)

年度年俸アップorダウン率備考所属球団
1992年430----契約金4000万 近鉄
1993年55028%アップ----
1994年550--------
1995年1600190%アップ----
1996年319099%アップ----
1997年600088%アップ----
1998年56007%ダウン----
1999年880057%アップ---- 大阪近鉄
2000年1400059%アップ----
2001年30000114%アップ出来高5000万
2002年5000066%アップ出来高1億
2003年50000据え置き出来高1億
2004年50000据え置き出来高1億、オフに功労金10億
2005年600088%ダウンマイナー契約、1ドル=120円換算ドジャース
2006年20000230%アップ出来高5000万オリックス
2007年44098%ダウンお察しください 中日
2008年50001140%アップまさかの一発サイン
通算獲得金額(出来高は除く)35億720万円+440万円
2002年の要求
  • 8年43億円の契約
  • 専属マネージャー
  • 年金
  • 待つ“誠意”
  • ポスティングシステムを使っての大リーグ入り容認
  • 家族にボディーガードをつける
  • 子供の進学の面倒を見る
  • 家族のためにお手伝いをつける
  • いつでも気分転換できるように常時プレーできるゴルフ会員権が欲しい
  • 護衛をつける
  • 両親の家を建てる
2004年の要求
  • 愛着のもてない合併球団に行きたくない
  • ポスティングでメジャーに行きたい(※ポスティングは球団の権利)
  • メジャーがダメならトレードして欲しい
  • 功労金が欲しい
2006年の要求
  • 銭金の問題ではなく“愛情”が欲しい
  • 手術に付き添って欲しい
  • 公傷を認めて欲しい
  • ケガをしても安心して野球ができる環境が欲しい(複数年契約)
  • ブランド料が欲しい
  • 自由契約かトレードして欲しい
2007年の要求
  • 契約していただけるだけで幸せ
  • 金額は見ずにサインするつもりだった

[編集] 中村紀洋に対して様々な人物のコメント

「このポーク、シンジラッレナ~イ」
~ 中村紀洋 について、トレイ・ヒルマン
「あなたが落としたのはこのきれいなノリさんですか?」
~ 中村紀洋 について、きこりの泉の女神

[編集] 関連項目

ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディアの専門家気取りたちが「中村紀洋」の項目を執筆しています。