不破万作

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不破 万作(ふわ まんさく、1578年 - )は昔は安土桃山時代から現代に至るまで歴史の片隅で密に活躍している得体の知れない人物。妖怪かもしれない。妖怪であると同時に宇宙人であり、異世界人でもあり、彫刻家であり忍者であり発明家でもある。次元干渉時空跳躍もなんのその。

戦国時代には豊臣秀次ドラえもんブレーンとしてその万人を超越した知恵と力を存分に振るった。秀次の失脚後は行方を晦まし、UFOミステリーサークルを描画したり牛を拉致したりして地球侵略の機会を伺っていたようだ。現在はどこぞのムスカ声の宇宙人同様すっかり地球になじんでしまったようであり、宇宙人であることがばれないように常時は冴えない中年男性の姿を装って個性派の脇役俳優としてさりげなくテレビの画面にぬらりと出ている。

来歴[編集]

不破万作の肖像。ローゼンメイデン第9ドールに似てるような気もするが、気にしない

秀次の小姓として[編集]

いつ頃からかは知らないが、美少年に化けて豊臣秀次の側近(小姓)になっていた。秀次本人もいつ万作を小姓として雇用したのか分からなかった。万作が秀次の意識に何らかの形で介入し一種の精神操作を施した可能性がある。この時代のサムライには両刀使いが多いことは有名であり、秀次もその一人であった。万作は稀代の美青年であり、秀次の傷心の慰めやストレス発散のためにアッー!されていた。ちなみにこの頃の万作は名古屋山三郎などと並んで戦国三大美少年と称されていた。今の本人からは想像もつかないNE!

軍師、懐刀としての貢献[編集]

しかし万作はただの小姓にあらず、秀次の軍師でもあった。秀次に助言するだけでなく、秀次のためにありとあらゆる手助けをすべく奔走した。またドラえもんのように万作は秘密道具を持っており、それで秀次を助ける事もあったと言う。秀吉に実子秀頼が生まれていた事で遠ざけられ煮え切らない思いを抱いていた秀次はある日「俺が太閤に謀反を起こして天下人になれるシナリオを巧く書けるか」などと冗談半分でと万作にたずねたところ、万作は大阪城の図面やクーデターの作戦について描かれた文を一晩で仕上げ、秀次を驚愕させると同時に、恐れを抱かせた。

秀次失脚と海外逃亡[編集]

この文は即刻処分されたが、何処からか漏れてしまったようである。それが遠因となったかは分からないが、秀次は謀反のかどで秀吉切腹させられることになる。このとき秀次は万作にこの劣勢を挽回する秘密道具を出して欲しいと哀願したのだが、さすがの万作も手の施しようが無く、「万策尽きました」などと心にも無い戯言を言ってしまう始末であった。秀次の切腹に際し万作もこれに殉じたと多くの文献には記されているが誤りであり、万作はこの時秀次を見限りUFOで海外逃亡していた。

海外での足跡と帰国後の活躍[編集]

万作は海の向こうで大航海時代や西部開拓時代に活躍した。江戸時代中期に鎖国の網を掻い潜って帰国し、悪代官に賄賂を渡す所謂「越後屋」や仁義なき男達のドンなど、裏社会の大御所として降臨。大岡越前鳥居耀蔵らとは因縁の宿敵であった。幕末には所謂死の商人として幕府薩長双方に近代兵器や自作の秘密道具を提供していた。しかし、フランス公使レオン・ロッシュの髭剃りを盗んだ罪で全国に指名手配され、再び海外逃亡する。万作が再び日本の地を踏むのは20世紀後半になってからである。仕置人として参議院居眠りしている議員を仕込み杖の一突きで永遠の眠りに誘うなど裏社会で活躍する一方で俳優活動も行っており、過去の経験などを生かして悪役などを演じている。