下ネタ

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下ネタ(しも -)とは、下賤の連中、つまり大衆が好意を抱くネタ、事象である。具体例を挙げれば、トレンディドラマワイドショーバラエティ番組東野圭吾佐伯泰英の小説などが、これに該当する。

なお、うんこちんこまんこなど、卑猥な要素をふんだんに含んだ事象を下ネタと形容することもあるが、これは誤謬である。うんこちんこまんことか、卑猥な要素はむしろ上流階級の人間が好む洗練されたネタであり、呼ぶなら下ネタではなく上ネタと呼ぶべきだろう。

概要[編集]

下賤の連中、つまり大衆は、最低限の教養も持たず、流言蜚語を妄信し、複雑を嫌い単純明快を好む、程度の低い連中である。中世になり、そういう下賤の連中が力を増してくると、そういう連中に迎合した文学作品や芸能が勃興するようになった。

例を挙げれば、チャールズ・ディケンズである。ディケンズは、劣悪な環境で虐げられる貧乏人が紆余曲折の末成功するという、ワンパターンな作品ばかり描いていたのだが、どういうわけか文学界の泰山北斗として礼賛されるようになった。下ネタが世間に広く浸透した時期に、便乗してそのような作品を送り出していたのが成功の秘訣ではないかと指摘されている。

日本でも、江戸時代中期から、下ネタが隆盛するようになった。例えば忠臣蔵がそうである。荻生徂徠を初め、知識人達は皆、こいつらただのテロリストじゃんと冷静な分析をしていたが、下賤の連中は赤穂浪士を英雄として礼賛し、その評価が定着して現代に至っている。

下ネタの定義[編集]

下ネタの定義は、「下賤の連中(大衆)の人気、支持を広く集める事象」である。それゆえ、内容がどれほど高尚、深淵であっても、大衆に人気が出れば、それだけで下ネタ扱いされてしまうという難点がある。そのため、生産者、製作者達は、自分の作品が大衆の支持を得てしまわないよう、晦渋な言い回しを使ったり、婉曲的な暗喩を用いたり、大衆はまず見ないマイナーな詩や古典文学からの引用を多用する事で、敷居を堆く重ねようとする。それをやりすぎてしまったのが哲学者と一部の数学者達なのだが、それでもデカルトなどの著作は一般人にも普く読まれ、解釈されており、「下ネタ化」してしまっている。大衆は、自分達が無恥であることを粉飾し、少しでも優越感に浸ろうと、分かりもしないのに晦渋な題材や難解な表現を好むという傾向があり、そんな彼らにとって、深淵な考察と晦渋な表現で埋め尽くされた哲学者、数学者達の教材、著作は、まさにホイホイである。要するに、下ネタ化するのを嫌ってまきびしを随所に設置したのにそれが逆にホイホイとして機能してしまったということになる。これぞ報われない労働であり、人間の滑稽な心理の真骨頂といえるだろう。もう笑うしかない。初めから大衆に媚を売って「意図的に下ネタにする」方がよほど賢明である。

世界を支える下ネタ[編集]

下ネタは象牙の塔に隠遁しているような、上流階級の高尚な人間からは唾棄される傾向が強いが、馬鹿にすることなかれ、世界の経済や流通を円滑化させているのはその下ネタなのだ。どれだけ高邁な要素が含まれていようと、多くの有象無象に支持されなければ何ら意味がない。珠も珠と認知されねば器とならず、である。アンサイクロペディアンの皆様も、やたらと知識人ぶって難解な漢字や表現に拘らず、多数の有象無象に合わせてもっとバカになって邁進した方がいい。己の低俗さを恥じる事なかれ、下ネタは世界の共通貨幣である。下ネタ万歳!

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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