ラフロイグ

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ラフロイグ(Laphroaig)とは、飲む消毒液として知られる医薬品の一種である。

概要[編集]

ラフロイグは戦争ばかりしていた地域として知られるスコットランドにて生まれた。スコットランドは英雄たるウィリアム・ウォレスやスコットランド史の暗部として知られるエドワード2世王権神授説を唱えたり爆殺されかけたりと話題に事を欠かないジェームズ1世といった面々が戦争を繰り返してきた非常に血なまぐさい土地として知られている[1]。もっともスコットランド近辺にはスコットランドの事を笑えるような国など存在しない。余談ではあるが、ウィリアム・シェイクスピア戯曲マクベス』の元になったはスコットランドの王である、血生臭い上に王室まで爛れていたようだ。

そんな凄惨な土地であるスコットランドであったが、流れた血の量に対して医学の発展は決して芳しいものではなかった。そんなスコットランドであるが1815年、片田舎の孤島アイラ島にてジョンストン兄弟と呼ばれる兄弟が泥の匂いがついたアルコールの生成技術を利用して一種の消毒液を作り出した。それこそがラフロイグである。ラフロイグの香りはまさに消毒液そのものであり、現代で例えるならばマキロンの香りに近い。大麦や泥炭などを利用して生成されるラフロイグは文字通りの自然由来の医薬品であり、スコッチの応用で作り出されているため相応のアルコールが含まれており、そのため強い殺菌効果が生まれている。惜しむべきはラフロイグの登場が血生臭かったスコットランド史に対してあまりに遅すぎた事だろう。

発売当初より消毒液であるにも関わらず一部でラフロイグを愛飲するというムーブメントが発生したが、これは一部の変わり者だけであった。「クセになる味」「深みがある」などとそれらしい事を述べていたようだが、概ね一般的なスコッチ・ウイスキー愛飲者からは白い目で見られていたのが実情のようである。

禁酒法とラフロイグ[編集]

順調に売り上げを伸ばしたラフロイグであったが1920年、アメリカ合衆国にてアルコール類を規制する法律としてもっとも有名な禁酒法が発令された事により急激に需要が高まった。本来ラフロイグは消毒液であったが、スコッチのような味わいと強いアルコール度数、飲むと目がつぶれる類のものではないという事で「飲める消毒液」として一般的なウイスキーの代用品として市場に出回った。禁酒法は文字通りに酒を取り締まる法律であったが、ラフロイグは消毒液であるため法の隙間にぴったりと合致した結果であった。法の番人は「アルコールが含まれているため酒である」として取り締まろうとしたものの「これはたまたま飲めるだけの消毒液だ、仮に医薬品を取り締まったら薬のような風味のあるセロリを食っても逮捕するのか」と反論され、法は黙認を余儀なくされた。

なお、かのヴァンダリストにしてブルドッグと呼ばれたキャリー・ネイションですらもラフロイグに関しては「これは医薬品である」としてまさかりを振るう事ができずにしょ気たとされる。これはラフロイグがアルコール飲料としては適さない事を示す分かりやすい事象であったが、アルコールを求める庶民にはまったくもって関係無かったようである。どうやら神のブルドッグの鼻はどうしてもラフロイグを酒扱いできなかったようだ。

この一件を経て酒としての特性が広まったラフロイグであったが、何故だかイギリス王室のチャールズ皇太子が甚く気に入ってしまい、ラフロイグは王室御用達のシングルモルト・スコッチウイスキーとして登録されてしまった。ラフロイグ側は「これは消毒液であって酒ではない」と反論したが、チャールズ皇太子は耳を貸さなかった。結果としてラフロイグにはプリンス・オブ・ウェールズのマークが裏ラベルにこっそりと[2]押される事となり、また消毒液としての認可が取り消されウイスキーとしての販売が開始された。そのため、今もチャールズ皇太子が住まうクラレンス・ハウス宮殿は消毒液の匂いが充満しているとされている。

脚注[編集]

  1. ^ 近年では民主的に独立しようとしたようだ
  2. ^ チャールズ皇太子は恥ずかしがり屋なのかもしれない

関連項目[編集]


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本項は第33回執筆コンテストに出品されました。