ラピュタ探索

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ラピュタ探索( - たんさく)とは、天空に浮かんでいるといわれる伝説の島ラピュタを実在するものとみなし、発見しようとして探索することである。

概要[編集]

ラピュタのことは18世紀前半に英国作家スウィフトが著した『ガリバー旅行記』の中に記されているが、当時からこの天空に浮かぶ島にはモデルが存在するのではないかといわれていた。この話は人々の心をとらえ、19世紀に入ると自作の飛行機械を使ってラピュタを発見しようという冒険家たちが多く現れた。しかしながら、彼らの涙ぐましい努力によっても現在に至るまでラピュタは発見されていない

19世紀後半のラピュタ探索ブーム[編集]

ラピュタ探索が大きな盛り上がりを見せたのは、1850年頃から70年頃にかけての約20年間である。この間、飛行機械のめざましい発達とあいまって、多くの冒険家がラピュタを探して大空を舞った。ラピュタが冒険家たちの心を惹きつけたのは、当時世間に流布していた「ラピュタにはおびただしい量の金銀財宝が眠っている。」という噂である。実際のところこの噂の出所は不明であり、現在では、ラピュタ探索の資金を得るために一部の冒険家が流したデマではないかというのが定説である。実際、冒険家たちと資金の出資者たちとのトラブルは絶えず、中にはラピュタ探索を騙って資金を集め、そのまま姿をくらませる不届き者まで存在した。

ブームは1868年、ある冒険家がラピュタを発見し、写真撮影に成功したと発表したことにより頂点を迎えた。しかしその写真はピンボケしているうえ大部分が雲のようなものに覆われており、人々から明確な証拠とは認められなかった。また、せっかくラピュタをカメラにおさめるほど接近していたのに、なぜ上陸して財宝を持ち帰らなかったのかと疑問の声も上がった。これに対してその冒険家は、「ラピュタは龍の巣とでも呼ぶべき巨大な雷雲にとりまかれていた。われわれの飛行機械はそれを突破したところで操縦不能となり、上陸することはできなかった。しかしラピュタが存在するのは本当だ。次は必ず上陸して財宝を持ち帰る。」と語った。しかし、彼の出資者たちは今回の失敗を重く見た。また、彼の語るラピュタ像は、それまで考えられていたラピュタ像や、他の冒険家の語るラピュタ像と食い違いがあったため、世間の不信をかった。さらに経済情勢の悪化を受け、彼の出資者たちにはすでに多額の資金を投じたこの怪しげな計画にこれ以上の資金を投ずる余裕もなかった。かくして彼は再度のラピュタ探索を行うどころか、出資者からこれまで提供した資金の返済を求められ、それから逃れるために行方をくらました。この一件の後、ラピュタ探索ブームは次第に終息に向かったのである。なお、現在では、彼の残した写真は精巧な模型を用いたニセモノであり、成果の上がらないラピュタ探索に出資者をつなぎとめるために偽造されたものというのが一般的な見解となっている。

ゴリアテ事件との関係[編集]

ラピュタ探索について言及しておかなければならないのはゴリアテ事件との関係である。

ゴリアテ事件の概要[編集]

ゴリアテ事件はラピュタ探索ブームが終息に向かいつつあった1870年代後半イギス王国で起こった。一般に知られている事件の経過は以下のとおりである。

  • 当時イギス王国ではドーラ一家をはじめとする海賊の活動が活発であり、飛行船の定期航路がたびたび襲撃を受け、問題となっていた。とりわけ、ドーラ一家とされる海賊によって飛行船が襲撃され、乗客十数人が負傷したうえ飛行船の窓から隣の部屋へ逃れようとした少女が誤って転落、死亡するという事件は人々に衝撃を与えた。次いでスラッグ渓谷を走行中の装甲列車がたまたまそこに潜伏していた海賊と遭遇、海賊は渓谷の炭鉱線を爆破して逃走し、鉱山経営に大損害を与えるという事件が起きた。しかもこの事件では軍は結局海賊を取り逃がしており、政府の海賊対策の不手際に批判が高まった。
  • そこで政府は飛行船航路の安全を確保するため、航路警備に最新鋭の飛行戦艦ゴリアテを投入することを決定した。ゴリアテはティディス要塞に回航された。
  • 要塞の司令官モウロ将軍は、ゴリアテに乗艦すると深夜を見計らってゴリアテの戦艦主砲で要塞を攻撃、不意を突かれた要塞は大破炎上した。
  • 未明、ゴリアテは東に進路をとって航行し、一昼夜が経過したところで海上で消息を絶った。

このようにこの事件は、一般的には海賊対策に乗じてゴリアテを掌握したモウロ将軍が政府に対して反乱を起こし、ゴリアテを手土産に敵国へ亡命を図ったが、途中でなんらかのアクシデント(例えば亡命に反対する乗組員の反乱等)に遭って墜落したものとされている。

政府によるラピュタ探索疑惑[編集]

このゴリアテ事件について、実は政府によるゴリアテを用いたラピュタ探索極秘プロジェクトが実行されたのだが、失敗したため、表向きモウロ将軍の反乱として隠蔽されたとする説が根強く流布している。これに対する賛否を以下に略記する。

疑惑肯定派の主張

  • そもそも海賊退治程度に新鋭戦艦を投入するなど大袈裟過ぎる。ゴリアテはラピュタ探索に投入されたのだ。
  • ゴリアテがティディス要塞に回航されたのも示唆的である。ゴリアテ事件が起こる少し前、要塞近郊の農村に正体不明のロボットが空から落ちてくるという事件があった。このロボットは通報を受けた軍によって極秘に回収され要塞に運び込まれており、要塞がラピュタ探索の出発点となったのもこのロボットと関係があるからである。
  • モウロ将軍は政府に対して忠誠が篤いことで知られており、反乱を起こすとは考えられない。むしろ信用できる将軍としてラピュタ探索の指揮官に任じられたのだ。
  • ティディス要塞は一晩で大破炎上したが、いかに新鋭戦艦の砲撃といえどあれほどの大損害を与えることはできない。要塞に保管されていた未知の科学力を持つラピュタのロボットが覚醒して暴走した結果に違いない。
  • ゴリアテが消息を絶ったとされる地点の近くで、ちょうどその時間、轟音とともに巨大なキノコ雲が発生したとの目撃証言がある。さらに、この爆発に起因したと思われる地震が世界各地の地震計に記録されている。これは未知の科学力を持つラピュタの攻撃によってゴリアテが破壊されたときのものに違いない。
  • 回収されたゴリアテの残骸から、他から攻撃を受けたと思われる爆発痕が発見されている。その切断面は当時の火薬等の爆発では考えられないものである。ラピュタからの攻撃を受けた証拠だ。
  • 政府から流出した極秘文書(通称ムスカ文書)には、政府の特務機関に所属していたムスカ大佐という人物が政府の密命を帯びてラピュタ探索に関わっていたことが書かれている。この文書がなにより政府のラピュタ探索プロジェクト存在の証拠である。
  • 1879年6月15日、九州で津波が観測され、さらに空から降る大量の石片により多数の建物が倒壊した。これはラピュタ崩壊が原因で生じたものに違いない。
  • ラピュタは滅びぬ。何度でも甦るさ!

疑惑否定派からの反論

  • 当時の海賊は空中武装勢力とでもいうべき強力な存在であった。特にドーラ一家の所有していた様々な飛行機械やランチャー等の武装を考えれば、新鋭戦艦の投入は思い切った決断ではあっても大袈裟過ぎることはない。旧式戦艦ではタイガーモス号を取り逃す可能性すらあった。
  • ティディス要塞近郊に落下した物体は、軍が飛行船で輸送中に誤って落下した射撃標的用の人形であったことが判明している。未知のロボットというのは地元の新聞が地元住民からの聞き取りをもとに流した第一報にあるが、軍から正式発表があったのち訂正されている。
  • モウロ将軍は確かに政府に忠誠を誓っていたが、辺境のティディス要塞司令官に任じられたことがきっかけで、これまでの功績を無視した左遷人事だと政府に対して不満を募らせていた。また開明派の将軍として知られ、諸外国からの信用も篤かった。こうした中で外国からの誘いに乗ったとしても不思議ではない。
  • ゴリアテの戦艦主砲であれば一晩で充分に要塞を炎上させることは可能である。要塞が不意を突かれた点も考慮しなければならない。この被害を未知の科学力を持つロボットのせいにするなど、およそ非合理的でトンデモな思考である。
  • ゴリアテが消息を絶った地点でのキノコ雲の証言は、事件発生から数箇月後に聴き取られたものであり、信憑性に疑問がある。地震については確かに地震計に記録されているが、たまたまそれに近い地点、それに近い時刻に地震が発生したこと以上のものではない。
  • ゴリアテの残骸には確かに爆発痕があったが、外部からの攻撃を示唆するものはなにもない。また、切断面についても、落下して海面に叩きつけられる際の衝撃を考慮に入れれば決して説明できないものではない。
  • ムスカ文書は、政府文書としては形式上おかしな点が多々あり、稚拙な偽造と思われる。特務機関に所属する人員の名は公表されておらず、ムスカ大佐の存在も資料の裏付けがとれていない。
  • ゴリアテ事件を政府のラピュタ探索と結びつける見解は、1970年代までほとんど話題にのぼることはなかった。1986年にゴリアテ事件をラピュタ探索と結びつけて題材とした映画天空の城ラピュタ」が公開されてから、これを論じる者が雨後のタケノコのように現れてきたのである。これは疑惑肯定派の立場のあやふやさを示している。
  • そもそもゴリアテがラピュタにやられたのなら、そのラピュタは存在するはずだが、今に至るまで見つかっていないではないか。
  • 九州で空から降った石片により建物が倒壊したという目撃証言は、地震による土砂崩れが原因で建物が倒壊したのを見間違えたものである。津波も同様に地震で発生したものである。これはラピュタが今まで発見できなかったことから悔し紛れでとってつけた仮説に過ぎない。
  • バルス

用法[編集]

「ラピュタ探索」は、存在しないものを探すことから、転じて「無駄なことをする」、「無意味な努力」などの意味に使われる。

例 A:昔納豆ダイエット捏造だったって話題になったのを覚えてる?

  B:えっ! あれって捏造? アッー! ラピュタ探索だったのか!

関連項目[編集]


死ねっ! はっはっは!見ろ、「ラピュタ探索」がゴミのようだ!! 君のアホ記事には、心底うんざりさせられる。今すぐ加筆して、このを満足させてくれたまえ。三分間待ってやる! (Portal:スタブ)