ラジオ体操

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ラジオ体操(らじおたいそう)は1933年、マーサ・ グラハム舞踊団が発表したモダンダンスの演目である。意外なことに、日本では健康のために行われる体操として取り入れられ、21世紀になっても続いている。


初演[編集]

1933年、自身の舞踊団を率いる女性舞踊家、マーサ・グラハムはニューヨークのラジオシティ・ミュージックホールで『20人のダンサーのためのラジオによるダンス』を初演した。これは作曲家アーロン・コープランドの音楽、美術家イサム・ノグチの舞台装置という共同作業によるもので、コープランドの作曲した『Brand new morning has come, a morning of hope』をCBSラジオから生放送し劇場内に流し、それに合わせてダンサーが踊るというものであった。

曲や振り付けには目に見えるストーリーはなく、いたるところに極端な転調や動きの断絶があった。あえて言うなら、ラジオの指令に合わせて集団が一糸乱れぬ踊りをするところに、人間社会との対立が表現されている。しかし、その中でも「腕を前から大きく振ってゆっくり回す」などの動きには、管理社会の中でもなお消えることのない情熱が表現されていた。この曲は後にマース・カニングハムらによっても再演されている。

日本への導入[編集]

日本の逓信省簡易保険局は当時アメリカに視察団を送っていたが、たまたまこの初演を見た局員たちは「これは毎日行えば健康にいいのではないか」と「健康体操」として日本に導入することを思いついた。当時、日本人の運動不足は医学界や軍隊などで大きな問題となっていたからである。さらにこれを早朝に行えば、もう一つの日本人の健康問題だった朝寝坊や二度寝が根絶されるだろうと期待された。

翌1934年、『20人のダンサーのためのラジオによるダンス』を簡略化し、コープランドの曲の前半を使った『ラジオ体操』が、継宮明仁親王御生誕記念事業としてNHKラジオから放送された。当初子供たちは朝の早起きと気味の悪い音楽とくねくねした踊りを嫌がっていたが、「出席した子供のカードにはんこを押す」というポイント制を導入することで子供の不参加を解消させた。親からの評判もよく、翌1935年にはコープランドの曲の中盤を使った『ラジオ体操第二』、1938年にはコープランドの曲の最後を使った『ラジオ体操第三』が制定された。ただし『第三』は「ゆううつ」や「はじらい」をより強調した動きが多く、不評のため第二次大戦中の1943年に廃止された。

ラジオ体操の現在[編集]

日本では今でもラジオ体操がNHK第一で朝6:30から未明の2:30まで、健康のため2時間ごとに放送されていることは意外と知られていない。一般には6:30からの放送が有名で、夏休みには子供たちがこの時間にラジオ体操を行う。ラジオ体操を準備する地元の人々や子供を起こす両親、公園の横に住む人々の苦労は意外と知られていない。騒音おばさんより迷惑らしい。また、8:30からのラジオ体操は鳥肌実を含む最も多くの労働者が行うものであることも意外と知られておらず、日本共産党はブルジョワジーによる抑圧の一環としてラジオ体操根絶を党綱領に明記している。

ラジオ体操はNHKにより世界各国へも輸出され親しまれているが、多くの国で文化摩擦を起こした。1970年代のフィリピンではラジオ体操第二が子供たちに絶大な人気を博したが、毎朝大人数がフィリピン各地で集会を行うことを恐れた当時のマルコス政権が、「ラジオ体操は日本軍国主義の象徴」として突如放送を打ち切った。またフランスではラジオ体操第一の聴取率が100% に達したことがあり、外国産の健康体操に対する懸念が広まるなどしている。しかし1970年代から80年代にかけて子供時代をすごした世界の人々にはラジオ体操は今でも人気があり、欧米のアニメコンベンションはまずラジオ体操で開会するほどである。これはモダンダンスとしてのラジオ体操を知るものには奇妙なこととして受けとめられている。