モーリス・ガムラン

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索

モーリス・ギュスターヴ・ガムラン(Maurice Gustave Gamelinまたは梅毒、1872年10月20日 - 1958年4月18日)とは、フランス第三共和制をその身で体現した軍人である。

略歴[編集]

フランス・セーヌ川のほとりにシロツメクサの花咲く花の都パリに生まれる。先進国フランスの薫陶を受けて育ったガムランは世界中の陸軍が憧れ、そして恐れる強大なフランス陸軍ことグラン・ダルメに入隊した。その中でもエリートであるガムランはめきめきと頭角を現していった。第一次世界大戦では名将と名高いフランス軍総司令官ジョゼフ・ジョフル将軍の幕僚に就任し、邪悪な侵略国家ドイツ第二帝国と不愉快な仲間達を塹壕で食い止め、愉快な連合軍の仲間達と共についにドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の野望を叩き潰すにいたったのである。

だが、ドイツはその野望を諦めていなかった。ボヘミアの伍長こと邪悪な独裁者アドルフ・ヒトラーに率いられたドイツはルール工業地帯の占拠やオーストリア併合、チェコスロヴァキアへの恫喝など国際社会の平和を乱しつつあった。そのような中で、平和を愛するフランス政府[1]も軍事力を有効に活用できる軍事的指導者の存在を渇望していた。1938年にガムランがいずれ起こる戦争時には連合軍総司令官として指揮する立場となるフランス軍参謀総長に就任したのはごく当たり前の事であった。また老齢に差し迫りつつあるガムランであるが、そこはパリっ子であり、さまざまな女性から多大な人気を得て浮名を流していた[2]

そして1939年8月、ドイツによるポーランド侵攻が始まり、第二次世界大戦が始まり、平和を愛するフランスも戦争に巻き込まれていったのである[3]。またガムランは英雄には付き物の「あんな老兵は役に立たないから罷免しろ」という獅子身中の声もあった。1940年5月にはガムランの人気に嫉妬したポール・レイノー首相から弾劾されるが、水魚の交わりを結んだ親友エドゥアール・ダラディエ国防相の友情によりこの案は否認された。

そして運命の5月10日、卑劣なナチスドイツ軍が中立国であるベルギーオランダに攻め込んだとの報を受けたガムランは、兵達がおびえないように、決して騒がず、ゆっくり自室に戻り、その灰色の脳みそで戦争のプランを練り始めたのである。

開戦[編集]

ガムランは意見が纏まると参謀達を集めた。「ドイツが!ドイツが!」「もう終わりだ!」「指揮をお願いします!」とパニックに陥っていたフランス軍の士官達を落ち着かせ、そしてこういいきった。

Maurice Gustave Gamelin.jpg

ベルギーは要塞に篭って反撃するつもりだが、それではナチスの思うツボだ!

こうしてベルギー軍は戦略的失敗を犯さず、マジノ線から召集されたフランスと世界中から集まってきた英連邦の兵士達はガムランに指揮され、ベルギーで右往左往しているドイツ軍の横っ面に襲い掛かった。たまらず退却する歩兵を守ろうとドイツ軍ご自慢の2号戦車や3号戦車にフランスの誇る装甲も火力も高い最強B1bis戦車が猛烈な火を噴き、ドイツ軍は退却していったのである。だが、それを許す連合軍じゃない。そのままドイツに進撃し、同時にドイツが将来ソ連に侵攻することを悟ったスターリンはポーランドに進撃を開始する。ベルリンはフランス軍に制圧され、ラ・マルセイエーズの歌声と「フランス万歳!ガムラン将軍万歳!」の叫び声が響くブランデンブルク門でヒトラーは「畜生めぇぇぇぇぇぇぇ!」と叫びながらギロチンの露と消えていった。だが、共産圏をいう新たな敵が現れたフランスはより強いリーダーを求め、ガムランを終身大統領、ついでフランス皇帝に選出された。こうして第三帝政を敷いたフランスはアメリカ合衆国にもイギリスにも資本主義陣営の重鎮として一目おかれ、ドイツ=フランス=オーストラリア三重帝国として長い繁栄の時を過ごすのであった。

現実[編集]

「いい加減におきてください!」
ガムラン将軍 について、名も無き司令部付フランス軍兵士

もちろんそれは全部戦争が始まったのにスヤスヤとベッドの中で寝ていたガムランの夢の中の出来事である。ガムランが眠気と脳にまで回った梅毒と梅毒治療剤の副作用で譫妄状態にある間にフランス軍はドイツ軍にコテンパンにやっつけられ、頼みのイギリス軍は装備をほっぽりだしてダンケルクから撤退し、ドイツ軍はフランス領内に進入し、パリを脅かしつつあった。もちろん総司令官はクビであり、敗戦の責を問われ終戦まで幽閉され、戦後は梅毒を完治したのか1958年まで長く生きたという。

結論[編集]

参照[編集]

  1. ^ 平和を愛しすぎてチェコスロヴァキアをナチスドイツに売り渡しちゃった(・ω<)
  2. ^ 女性を愛しすぎて変な病気貰っちゃった(・ω<)
  3. ^ 平和を愛しすぎてドイツ軍とフランス・ドイツ国境の要塞地帯でにらみ合いを続けてポーランドは見殺しにしちゃった(・ω<)

関連事項[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「モーリス・ガムラン」の項目を執筆していますが、全くやる気がありません。