モンテディオ山形

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動: 案内検索
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「モンテディオ山形」の項目を執筆しています。

モンテディオ山形(モンテディオやまがた、Montedio Yamagata)とは、山形県に本店を構えるサッカー選手レンタル業者である。レンタルとは言っても、貸出事業ではなく借受・育成事業を行っているのが特徴。愛称は「モンデナイヨ」。

概要[編集]

面積は広いが人口が少なく、さらに1人あたりの平均年収が常に下から数えて5位以内の貧乏地域を根城としていた関係で、このクラブは慢性的な資金不足が続き、選手の強化が思うように出来ないという課題を長い間抱えていた。

そんな中、クラブの中の人「自前で強化できないのなら、借りればいいんじゃね?」と何気なくつぶやいたのがきっかけで、「他のクラブで出番がない有望な選手をレンタルで引き受ける事業」を開始。強化資金が買い取りや育成よりも安く済む「レンタル」によってクラブを強化して結果を出す、というビジネスモデルを実施しているクラブである。

歴史[編集]

庄内県にあるNEC山形(現ルネサス山形セミコンダクタ)のサッカー部を起点として活動していたが、山形連邦王国から庄内県が独立する際に、「こんな金食い虫要らん」と山形県への手切れ品として送られた。その後の歩みは以下の通り。

J2時代[編集]

1999年から「J2オリジナル10」の仲間に入れてもらって参戦開始したが、2001年に何かの間違いで昇格争いをした事以外は低迷が続き、同時期に低迷していた甲府・鳥栖とともに『J2.5クラブ』としてサッカーファンからカテゴライズされる日々が続いた。この時期に培われた「謙虚な気持ちになる」という精神は、今でも「J2ボトムズの心得」としてJ2各クラブのサポに根付いている。

成績が上がり始めた2003年になると、今度は当時監督の柱谷幸一氏によるスイカップ不倫が発覚。やっと「J2.5」の称号から抜け出せたと思ったら、今度は『モンデイイヨ山形』という新たな呼び名をゲットすることになってしまった。しかもなぜかクラブ側が不倫を肯定、柱谷本人は不倫を否定するという説明の食い違いを見せたため、先述の「モンデイイヨ」の他に『モンデナイヨ山形』、『モンデタヨ山形』などの派生パターンも発生し、それぞれ世間に認知されてしまう羽目になった。
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「スイカップ」の項目を執筆しています。

なお同年を以って柱谷は監督を解任され「資金不足で良い選手を獲得できなかったことが敗因」とコメントしたが、良いは獲得できたようである。

その後しばらく昇格争いに微妙に絡まない地味路線を続けていたが、2007年にレンタル事業のテストマーケティングとして鹿島アントラーズから石川竜也を、名古屋グランパスエイトから豊田陽平をレンタルし、一定の成果を得る。

レンタル事業が継続可能であると判断したクラブは、翌2008年になると営業を拡大し、柏レイソルから長谷川悠をレンタルする事に成功。さらにアビスパ福岡から好意で小林伸二監督と宮崎光平を譲り受ける事にも成功し、これらの強化が功を奏して一気に躍進。あれよあれよという間にJ1への昇格を決め、山形県民および山形にゆかりのある人達を驚愕の渦に巻きこんだ。

なおJ1昇格に乗じてクラブ名を「月山山形」に変更するプロジェクトが発足したが、よく分からないうちに無かった事にされている。

J1昇格後[編集]

2009年[編集]

レンタル事業拡大を目指して、柏レイソル川崎フロンターレから1名ずつレンタル。営業基盤拡大のためセレッソ大阪にもレンタルオファーを出したが、どこでどう間違えたのか古橋達弥という脂が乗り切っている選手を完全移籍で獲得。これを知った山形県民全員が「すげえ奴が山形に来るんだ」と絶賛したが、その直後に全員が「でも、お高いんだっぺ?!」と心配した。(実際は年俸3000万以下)

その後、シーズン開幕直前に放送された某サッカー番組の専門家順位予想では、1人除いて全員「最下位:モンテディオ山形」と予想。なお残り1人も「17位」と予想していたため、専門家全員から「降格100%」とも予想されたことになる。

このように誰もがダントツの降格争い筆頭と予想していた中、2009年3月7日、第1節のジュビロ磐田戦を迎える。その結果は・・・


あまりにも、衝撃的。そして、あまりにも見事。

誰もが予想しなかった6-2の圧勝。この結果第1節しか消化していないとは言えJ1首位に躍り出たため、J'sGoalなどのサッカー公式サイトに掲載されている「J1順位表」を記念に保存する山形県民が続出した。なお上記は翌週月曜日(3月9日)にNHK山形のアナウンサーが思わず発したコメントである。

次節のホーム開幕戦の名古屋グランパスエイト戦では、試合は0-0のスコアレスドローだったものの、名古屋のゴールキーパー楢崎正剛3cmの積雪を記録した雪中試合風景NHKの地上波で全国放送されたことにより、全国のお茶の間の人達に強烈な印象を与える。この2試合で一気にモンテディオ山形が全国区となり、特に首都圏に無数に散らばる「山形県人会」(出身校など何らかの共通点を持つ山形県出身者の集まりで、東京都内だけで70もある)の人達のハートをがっちりとゲット。ホームではそれほど多くの客が来ないのに、首都圏アウエーでは首都圏にある全ての「山形県人会」がスタジアムに集結し、NACK5スタジアムのアウエーゴール裏(5000人収容)を満員、三ツ沢・日立台(柏サッカー場)・フクアリのアウエー席も次々と完売にするなど、J1在京クラブと同等のアウエー動員力を誇るようになった。そして「モンデイイヨ」と言われることも目立たなくなっていった。

しかしその後少しずつ息切れしていき、前半戦を終わった時点では降格圏である16位まで落ちた。ここでシーズン二度目のレンタル営業を行い、サンフレッチェ広島から西河翔吾を、浦和レッズから赤星貴文をレンタルする事に成功。赤星はあまり役に立たなかったが、西河が獅子奮迅の働きを見せたことでチームも盛り返し、最終的には15位でまさかのJ1残留を達成。モンテディオ山形を運営している山形県スポーツ振興21世紀協会の海保宣生理事長が、最終戦後の挨拶で「戦前の予想は断トツの最下位。ざまぁ見やがれってんだ! ざまぁ見やがれってんだ!」と会心の叫びを出すに至った。大事な事なので2回言ったと思われる。

しかし途中で明治大学に天皇杯で0-3で惨敗、鹿島アントラーズとのアウエー戦ではJ1史上初の「シュート0本」を達成するなど、要所でズッコけて山形県民を安心させることも怠らなかった。

2010年[編集]

「ウホッ! いい男……」

レンタル事業が拡大され、鹿島アントラーズから田代有三増田誓志という上物をレンタル。ウホッ! いい男……。さらに昨年までレンタルしていた長谷川悠、西河翔吾らの無料引取を遂行し、戦力をアップしてシーズンインを迎えた。

2009年シーズンのようなスタートダッシュは出来なかったが、第5節以降は一度も降格圏内に入ることなく順調にシーズンを進め、最終順位は13位と前年比2ランクアップ。特に田代有三がエース級の働きを見せ、得点を挙げる度に田代砲キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!」とあちこちで叫びが飛んでいた。そのあまりの活躍っぷりに、田代砲でケツの穴を掘られたいと熱望する男性サポが続出。「やらないか」という手紙やメールがモンテディオの事務所に殺到する事態となり、「ホッテイイヨ山形」という新しい愛称も生まれた。田代が鹿島への帰還を決意したのは、この事態に貞操の危機を感じたためとも言われている。

しかし事もあろうにクラブ職員がネットで知り合ったJCに「上半身の裸の写真を送れ」と命令し、実際に受け取っていた事が発覚して逮捕。J1昇格後はしばらく鳴りを潜めていた「モンデイイヨ山形」などの各種呼称が復活する羽目になってしまった。写真を送ってもらっただけなので「モンデナイヨ・ミタダケダヨ」が正確ではあるが。なおその影響で、本記事を書いてる2011年2月時点では、「モンデイイヨ山形」で検索すると柱谷元監督の不倫相手が検索結果一番目に表示される状態となっている。

また当年末に長谷川悠がオフィシャルブログを開始。何故か毎回最後に宮本卓也のアップ写真で締めるという表現法を披露。このシーズンは怪我などもあってあまり活躍できなかったが、ネット上に散らばるモンテディオサポーターのハートを再度がっちり掴み、「俺達の長谷川悠~」チャントを心の中で歌う人がいっぱい出たとか出なかったとか。

2011年[編集]

「破壊神降臨。そしてJ2へ・・・。」

鹿島アントラーズとのレンタル契約交渉の結果、田代有三・増田誓志の引取は叶わなかったものの、新たに川島大地のレンタルに成功。さらにトップチームでの出番が無かった船山祐二をいきなり無料で拠出してくれた。今後も大事にしたい重要顧客である。またアビスパ福岡からも大久保哲哉をタダで拠出してもらう事に成功。さらに柏レイソルからレンタルしていた小林亮の無料引取も成功。前年ほどではないがレンタル事業者としては引き続き順調な滑り出しを見せたかと思われた。

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「牧内辰也」の項目を執筆しています。
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「相原なな」の項目を執筆しています。

しかし何という事か日本サッカー協会で行き場がなくなっていた牧内辰也をヘッドコーチとして引き取ることになってしまい、サッカーファンから「山形オワタ」「チャレンジ過ぎる」「破壊神が来た」などと散々に評価される。「指導を受けたことのある選手は危ない」という大方の予想通り、当該選手である西河翔吾(広島時代に指導を受けた経験あり)は開幕ベンチ外の憂き目に遭う。さらに某野球選手に取り憑く事に失敗した相原ななにクラブごと取り憑かれる事になってしまい、疫病神2名を抱えてシーズンインする羽目になってしまった。

そして大方の予想通り、リーグ戦で大苦戦。前半戦を終えてわずか勝ち点9。勝ち点は昨年比57%割引と共同購入型クーポンレベルのサービスを各クラブ絶賛提供中。下に突っ走っているクラブが1つあるためあまり目立っていない…と思っていたら気づけば勝ち点差1。そこに抜かれれば最下位である。もちろん降格圏を絶賛快走中。

そのような状況の中、レンタル営業部隊の頑張りによりサンフレッチェ広島という新たな取引先を開拓し、山崎雅人という海外実績のあるFWのレンタルに成功した。国内では?それは聞いてはいけません。

その後は三歩進んで15歩くらい下がる日々を過ごしていた中、8月から牧内コーチが体調不良で休養。休養の効果は覿面で、これまでの無得点癖が嘘のようにモンテディオは毎試合得点出来るようになり、休養中の5試合で得点7。併せて勝ち点獲得ペースも少しずつ上昇し、残留に光が見えたかに思われた。しかし9月から牧内コーチが復帰したら、今度は5試合でわずか得点2。グルーポンも真っ青の得点力7割引出血大サービスとなった。

そして第29節の柏戦、これまでお得意様としていたこの対戦相手との試合では牧内効果の集大成と言えるシーンが披露された。

前半、相性の良さを生かして相手陣内によく攻め込んでいたモンテディオは、ある時間帯に左サイドからのフリーキックを獲得。通常なら石川竜也が蹴るところだが、この日は欠場していたため別の選手が蹴ることになっていた・・・・・・・はずだった。

が、フリーキックの位置にボールが置かれてから10秒経っても誰も来ない。あろうことか全員ボールから離れてしまい、ピッチ上では「誰が蹴るんだよ!」の怒号が飛ぶ。なんとプレースキッカーを決めずに試合に臨んでしまったのだ。最終的に1分くらい経ってから渋々と船山がやってきてそのフリーキックを蹴ることになったのだが、プロなのにこの程度の約束事すら決められないという大失態を柏サッカー場を埋めた10361人の観客に披露してしまった。こんな事態はJ1昇格後初である。もちろんこの試合もあっさりと敗北。お得意様だったはずの柏様に完封負け。

これでJ1残留が絶望的になったと悟ったサポーターは、頭の中を「来年、水戸ちゃんにK'sスタで『ただいま、水戸!ドンドンドドドン』とやるんだ~」と切り替えた。

その後は11月3日にアウェイのヴィッセル神戸戦で期待通りの拙攻守壊を披露して0-2で負けたことでJ2降格が確定。さらに11月19日には「J1最下位争奪マッチ」となったアビスパ福岡戦でホームゲームなのに0-5という夢のスコアで敗戦するなど、最終戦までひたすら負け続けてリーグ戦最下位に転落。ついでに天皇杯ではJ2中位の京都サンガ戦で京都のFW宮吉拓実にハットトリックを食らってあっさり終戦。牧内の勲章がまた1つ増えることになった。

J2転落後[編集]

2012年[編集]

「あれ?それなんてけさい?」

山形県人会、集合!!

J2に転落したことで小林監督は辞任し、主力の流出も相次いだ。長谷川はあっさり大宮アルディージャに移籍し、ボランチの佐藤健太郎ジェフ千葉に移籍・・・って、アレ?そこは今年もJ2だよ?

一方、牧内については明確な解任ニュースリリースが無かったことで「まさか牧内昇格か」と噂が流れ、山形県民と関東在住の山形県人会が一斉に恐怖におののくも、フタを開けてみたら監督コーチ陣の中に牧内の名前はなし。実際はユース世代の指導者として残ってはいたが、トップチーム的には牧内の存在を無かったことにしてJ1復帰に挑むことになった。

その開幕戦となったアウェイ千葉戦では、山形県人会が一斉蜂起してフクアリには以前と同じくモンテサポがゴール裏を満たす様子が映し出された。試合はジェフに惨敗してしまったが、J2に落ちてもサポーターがあまり減っていないことを伺わせた姿であった。その後4月に行われた横浜FC戦では三ツ沢でホームジャックまで果たし、J1昇格前には無かった山形県人会の力をJ2サポに見せつけた。

しかし、ホーム開幕戦の大分トリニータ戦の観客動員は6300人に留まり、次のホームゲームのヴァンフォーレ甲府戦では5700人の入り。現役山形県民がJ2転落であっさり離れてしまったことも映し出されてしまった。まあ、それだけ他のJ1クラブのサポがアウェーであるNDスタにも来てくれていたと言うことでもあるが…。

だがスタジアムがそんな状況でも、3月25日のアウェー岡山戦で敗北してからチームは負けなしの試合が続く。得点は決して多くないとは言え、失点を出来るだけとどめる本来のモンテらしいサッカーで勝ち点を地道に積み上げ続け、ゴールデンウィークの過密日程も無敗で終えた5月6日、同節を引き分けで終えた湘南を抜き去り暫定1位へと躍り出ることとなった。 なお何の因果か、同じ日に試合があったJ1仙台が10節目にして今季リーグ戦初の黒星を喫している。また東北地方に本拠を構えるクラブ同士がそれぞれのディビジョンで暫定首位に立つと言う大変珍しい事態も発生した。(まあふたつしかないしね)これもひとえに脱牧内効果と言っていいのだろう。

しかし、、後半戦に入ると大失速。前半戦12勝5分4敗のチームが後半戦は4勝8分9敗という、かつてのあのチームも真っ青な壮絶な逆噴射を起こしてしまい、前半戦首位のチームがJ1昇格プレーオフにも残れず2ケタ順位で終えてしまうというJ2初の珍事を記録。J1時代のリーグ初のシュート0本負けや大学生に0-3で惨敗するなどのネガティブ系記録を事ある事に記録する癖は、J2に落ちても継続していることを山形県人会に見せつける結果となった。

サポーターの特徴[編集]

山形のサポーターは極度のM気質であることで知られている。上位チームとの対戦の際には自チームがフルぼっこされるのを見せつけられながら、そしてリードしている際にはいつ追いつかれるかという恐怖心に耐え忍びながら、モンテタソ(´Д`;)ハァハァして応援するのだ。

主な事業[編集]

サッカー選手の借受
他クラブで出番のないサッカー選手を借り受け、試合に出してこき使うことで経験値・能力・地元人気をアップさせ、数年後に自前の選手として無料で引き取る事業。
サッカー選手の育成
借受事業と似ているが、買取は行わず、最終的にはレンタル元のクラブに返す。育成結果に応じてレンタル元クラブから追加料金を頂くこともある。
飲食事業
炎のカリーパンなど、ホームゲームの度に斬新なスタジアムグルメを考案・披露する事業。産地偽装はない・・・と思う。
サッカークラブ
上記3事業に付随する各種業務。週に1~2回試合を行い、日々練習も行う。これは一般企業における総務とか法務などの間接業務に相当する。

商売の神様「モンテス」[編集]

決して多くない資金で何とかクラブを運営するための守り神として、「モンテス」というマスコットキャラクターを作り、商売の神様としてホームゲームの度にスタジアムで祭っている。ホームゲームのスタジアムグルメがいつも盛況なのはその御利益であると考えられている。またアウエー川崎フロンターレ戦の時に等々力競技場まで遠征する事もある。

なお、山形県では地震が起きると「モンテスがお怒りなう」と一斉につぶやくのがモンテスへの儀礼とされている。儀礼を怠った人はお察し下さい

主な取引先[編集]

最重要顧客。毎年必ず新たに選手を貸してくれる。中にはA代表クラスも居る。ただし顧客要望により「借受」ではなく「育成」契約となることもある。
貸し出して使ってもらうとは言え「相手がJ1レベルじゃないと意味がない!」とのことで、11年オフシーズンは自分とこのコーチを山形の次期監督として拠出し、モンテのJ1復帰を強く後押ししてくれた。なおそれによる12年シーズンの鹿島の戦績についてはお察し下さい
取引量は鹿島に及ばないものの、貸した選手を返さなくても一言も文句を言わないお得意様である。
選手だけでなく監督までも無料拠出してくれた。
将来の取引を見据えて、けなげにも毎年勝ち点を貢いでくれている。山の神に昇格まで貢いでくれる優しい子。
仙台の監督の双子の弟がヘッドにいる関係なのか、中古選手を無料拠出してくれる。そして、どういうわけか2012年の布陣には2000年代後半の仙台の選手がちらほらと…

NDスタ伝説[編集]

  • 北国生まれの8人なら大丈夫だろうと思っていたらホームゴル裏には20人の裸族がいた
  • 駐車場から徒歩1分の路上で他サポの車が頭から果樹園に突っ込んでいた
  • 足元がぐにゃりとしたのでシートをめくってみるとアウェーサポが寒さに震えていた
  • 防寒対策不十分なアウェーサポが地元民に囲まれ、気が付いたらカイロが背中に貼られていた
  • 車で田んぼに突っ込んだ、というかまわりに同じような車が何台もある
  • スタンドが吹雪に見舞われ、アウェーサポも「山形サポも」大勢風邪をひいた
  • 天童駅からシャトルバス乗り場までの10mの間にアツアツの玉こんを振舞われた
  • シャトルバスに乗れば安全だろうと思ったら、バスの乗客が全員アウェーサポだった
  • アウェーサポの1/3が食べ過ぎ。しかも充実した屋台村の誘惑から「初参戦ほど危ない」
  • 「そんな腹に入るわけがない」といって出て行ったアウェーサポがキックオフ30分前に肉そばと岩のりうどんを食って、さらに両手に牛串と玉こんとカリーパンを持って戻ってきた
  • 「別に腹へってねーし」と余裕で出て行ったアウェーサポがもつ煮とどんどん焼きを食って戻ってきた
  • 最近流行っているイベントは「雪合戦」スタ外の広場は雪に覆われているから
  • 天童駅から半径200mはおもてなしにあう確率が150%。一度もてなされてまた歓迎される確率が50%の意味
  • NDスタの屋台村により食べ過ぎて動けなくなったサポは1試合平均600人、うち約500人がアウェーサポ

関連サイト[編集]

やる夫で学ぶJリーグ2011(モンテディオ山形編)

関連項目[編集]

ExSport.png この項目「モンテディオ山形」は、エキサイト不足のようだね。
さあ、君もこの記事に胸が高まるような文付け足してみよう。レッツトライ! (Portal:スタブ)