モンゴル互助会

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モンゴル互助会(もんごるごじょかい)とは、モンゴル人または出身者(モンゴリアン)による日本への支配(日本とその周辺諸国の乗っ取り)をもくろむために結成された秘密結社の総称である。

ここでは特に、モンゴル出身力士による日本相撲協会乗っ取りと日本などでの勢力拡大という壮大な野望を実現させるために結成された大相撲モンゴル互助会(おおずもうもんごるごじょかい)について、以下解説する。

歴史[編集]

創設期[編集]

1991年元・大島親方(元・旭國)がモンゴルで行った新弟子公募で170人の応募者の中から選ばれて来日した旭鷲山旭天鵬旭天山らモンゴル人力士6人組により結成されたのがはじまりである(旧モンゴル互助会)。旧社会主義国の若者が脱北したくなるほどの厳しい稽古に対する相互扶助組織として誕生した。

その中で最初に頭角を現したのが旭鷲山であり、「技のデパート」本家筋であるあの秀平をも超越した「技のデパート・モンゴル支店」として、幕内で大活躍した。旭鷲山は、今日の強大なモンゴル互助会発展の基礎を作った先駆者かつ功労者であり、かつては初代会長として君臨し蒙日両国で一躍スターダムにのし上がった。

朝青龍会長時代[編集]

ところが、後に現・高砂親方(元・朝潮)がスカウトしてきて初のモンゴル人横綱になった暴れん坊朝青龍(68代横綱)にその地位を乗っ取られ、旭鷲山は失脚した(ただしモンゴル本国では実業家兼政治家として、依然として絶大な権勢を誇っているようである)。この抗争はまさに高崎山などで見られるボス争いそのものの様相を呈していたのである。ボスとして君臨した朝青龍は、旭鷲山を(これまでの彼の功績を徹底的に否定することで)無き者として廃立し、現在の(新)モンゴル互助会を結成。改めて初代会長を名乗り、角界で大暴れして勢力を急速に拡大。相撲の強さはもとより、土俵内外での並外れた問題行動(マナーの悪さ)もあいまって相撲協会や日本人をおおいに震え上がらせた。

しかし、その朝青龍は(後には現・海老蔵をも陥れた)関東連合クズどもの挑発に乗ってしまったせいで(例の泥酔暴行事件)、最大の天敵である内館牧子横審の圧力によって、現役引退という形で相撲協会の中では失脚してしまい、現職会長の座からも退くことになった。しかし互助会内では、彼は名誉会長として祭り上げられた上、これまでの功績が伝説として讃えられ(影の帝王として君臨し続け)、モンゴル本国でも北朝鮮に影響を及ぼせるほどの大実業家として依然人気を博している。

白鵬会長時代[編集]

その朝青龍の権力基盤を引き継いで副会長から2代会長に昇任し、現在ボスとして君臨する白鵬(69代横綱、宮城野部屋)は、自らが現役最強力士として権勢を振るいさらなる勢力拡大を目論んでいる。自らと同門である旧・大島勢の超大功労者旭天鵬らと協力し、後に朝青龍直系の後継者でありながらやはり自らの同門でもある日馬富士(70代横綱、伊勢ヶ濱部屋)、さらに時津風一門最強の頭脳である鶴竜(71代横綱、井筒部屋)の2人を次々と副会長に据え、3頭政治体制により角界における数あまたのモンゴル勢力士による絶大な地位を確立。白鵬は現役最強でありながら、力のある同じモンゴル出身力士を横綱に昇進させるために怪我をして力を抜くこともあり、力だけではなく頭も使った実に周到なやり方でこれを実現しているのである。

ただし、このころから派閥が形成されるようになる。かつて固い結束を誇っていた朝青龍時代と比べると緩やかな連帯へと移行しつつある。会員数が急増し、考え方の違いから白鵬会長の意向に従わない会員もこのころから出始めるようになる。特に日本乗っ取り計画について、派閥によって段階論の違いが顕著になってきている。観客によるモンゴル人差別への抗議のため白鵬の弟子たちが平成27年初場所のストライキを画策するが、日馬富士副会長の反対により未遂に終わる[1]など、足並みの乱れが指摘され始めている。

会員資格[編集]

会員となるには、モンゴル国籍または出身者であることが必須条件であり、モンゴル出身同士で番付向上に向けて努力(互助)することが求められる(義務を果たしたモンゴル出身力士は、手厚い保護を受けている)。

幕内(番付が前頭以上)のモンゴル出身力士は正会員(常任会員)となり、正会員(常任会員)の中でも番付が大関以上の会員は上席会員となり、上席会員以外の正会員(常任会員)は一般会員となる。十両は準会員、幕下以下のモンゴル出身力士は補助会員(会員見習い)となる。

なお、日本出身力士やモンゴル以外の外国人力士も、サポーター(賛助員)として本互助会員を支援することが可能である。角界におけるモンゴル互助会の勢力拡大により、大関互助会十両互助会をはじめとするこれらの互助組織もモンゴル互助会の傘下に併合されつつある。本場所や巡業、普段の稽古をはじめ日常生活において、そのようなサポーターにも一定の優遇措置が講じられる。他方、本互助会員に反抗し手向かう力士には容赦なく制裁が浴びせられることになる。特に反抗する力士への制裁行為は、朝青龍がボスに君臨し結成された現在の(新)モンゴル互助会の時代に入ってから露骨に見られるようになり、白鵬の時代になっても継続されている。そのため、元大関互助会員の稀勢の里やモンゴル互助会反主流派の急先鋒逸ノ城をはじめとする一部の力士を除き、大半の力士が本互助会の活動に賛同している模様である。

会派[編集]

2015年1月1日現在、以下の5つの会派が確認されている。

白鵬を支える会[編集]

通称、「白鵬グループ」。2015年現在、モンゴル互助会の最大会派であり、主流派を形成する。朝青龍グループの流れをくみ、会長が交代しても素行の悪さは共通するところである。しかし白鵬会長は関連性を否定して一掃を図ったため、朝青龍名誉会長との関係に限れば冷え込んでいるが、平幕に関してはそうでもないらしい。また、この行為が原因で白鵬率いる「会長派」と朝青龍と繋がりが深い「名誉会長派」と内紛が起きてしまっており、一枚岩ではいかない状況が続いている。 会員となるには、横綱土俵入りの露払または太刀持を務めるか、横綱主催の食事会に参加することが条件である。 白鵬の優勝記録や連勝記録を伸ばすことへ協力することが当面の活動の中心である。白鵬に勝つことは検閲により削除。 また外国国籍のままでの親方襲名を悲願に掲げ、外国人による年寄行司名跡の取得を可能にすべく人脈作りに勤しんでいる。親方衆に対して外から圧力をかけ続けているため、日本相撲協会の評議員や理事、横綱審議委員との関係はギクシャクしている。特に平成27年初場所の審判部批判問題は象徴的な事件であった。改革強硬派の弟子たちも数多くいる。白鵬会長は帰化の意向を示しているが、会長の帰化後も国籍条項撤廃運動を継続するかは未定。

伊勢ヶ濱一門モンゴル互助会[編集]

通称、「日馬富士グループ」。白鵬グループからはかなり距離を置く穏健な非主流派。白鵬グループの子分からは日馬富士が反白鵬の黒幕として白鵬の打倒を謀っているのではないかと警戒されている。

会員となるには、伊勢ヶ濱一門に入門していることが条件である。

伊勢ヶ濱一門から幕内優勝力士を出すべく、その実現のために日本人力士も巻き込んで行動しているが、残念ながらほとんどが失敗に終わっている。

相撲はあくまで出稼ぎの仕事という立場をとるグループであり、日本乗っ取り計画への参加に消極的である。日本相撲協会との関係は希薄であるため対立することも少ない。一方で横綱審議委員会は一門の八百長を疑っていて、連日の金星配給に目を光らせている。

鶴竜連絡会[編集]

最近できたばかりで、会員を募集している。通称「鶴竜グループ」。白鵬グループとの関係は良好であり、鳥取城北グループへの「かわいがり」に協力している。

モンゴル六人組[編集]

最も歴史のあるグループである。他のグループからは軽蔑の意味も込めて「旧モンゴル互助会」とも呼ばれる。「旭鷲山グループ」と呼ばれたこともある。創設期に苦難を味わったことから最も結束が強いとされている。白鵬グループに対しては中立的な立場をとる。日馬富士グループとの関係も良好である。現在は会員を募集していない。

日本乗っ取り計画に関しては、日本相撲協会の内部からの改革を主張している。親方衆からの信任を得ること重要視している。日本国籍を取得することを推奨している。

鳥取城北高校OB会モンゴル人支部[編集]

通称、「鳥取城北グループ」または「鳥取城北OBグループ」、「照ノ富士・逸ノ城グループ」。白鵬グループとは犬猿の仲の関係にある反主流派の急先鋒。会員に対して白鵬グループの食事会に出席しないように呼びかけている。ガチンコで勝負を挑み、横綱への注文相撲も躊躇しない。先輩会員への配慮を一切しないため、白鵬グループなどからは徹底した「かわいがり」が行われている。日馬富士グループとの関係はかなり良好。 会員となるには、鳥取城北高校相撲部に所属した経験があることが条件である。 基本的な活動はモンゴル互助会の活動よりも鳥取城北高校OB会の活動を優先することである。日本相撲協会乗っ取りのための改革に対しては明確な方針をまだ示していない。

現在の構成員[編集]

特に表記がなければ最大会派の白鵬グループに所属するか、無派閥の会員である。

会長[編集]

副会長[編集]

  • 日馬富士公平 : 副会長(第1)、70代横綱、大関互助会第2顧問
  • 鶴竜力三郎 : 副会長(第2)、71代横綱、大関互助会10代会長→第3顧問

上席会員[編集]

正会員の中でも、大関互助会の常任会員をはじめ特に優れた功績を有する力士は、上席会員となる。

  • 照ノ富士春雄 : 正会員、日馬富士グループと鳥取城北グループの両方に所属
    • 白鵬の最後の技が禁止されているダメ押しではないかと突っ込むことは検閲により削除。協会の理事や親方衆の検閲により削除されます。
    • 2015年平成27年)3月場所(春場所)において、勢いに乗って白鵬から白星を挙げる。

一般会員[編集]

上記以外の幕内力士は、一般の正会員となる。

準会員[編集]

十両力士は準会員となる。

  • 旭秀鵬滉規 : モンゴル六人組に途中から参加
    • 正会員だったが、2016年(平成28年)11月場所(九州場所)の負け越しで降格した。
  • 青狼武士
    • 正会員と準会員の間をうようよしている。
  • 東龍強
    • 正会員と準会員と会員見習い(補助会員)のすべてを行ったり来たりしている。

会員見習い(補助会員)[編集]

関取以外の力士(幕下、三段目序二段序ノ口など)は、正会員を補助する「見習い」(正会員の付け人)となる。リンクがまだ存在しないモンゴル出身力士多数(数が多いため省略)。

OB[編集]

名誉会長[編集]

特別栄誉会員[編集]

  • 太田勝(旭天鵬勝) : 元・大関互助会乙種準会員、モンゴル六人組の初期メンバー
    • 2005年にモンゴル国籍を離脱して日本国籍を取得する。旭天山武と同じく、モンゴル出身力士としては初となる日本への帰化を果たした一人である。
    • 2015年(平成27年)7月場所(名古屋場所)で負け越し、現役引退。千秋楽の翌日に年寄「大島」を襲名し、友綱部屋の部屋付き親方となった。

その他のOB[編集]

物故者[編集]

  • 時天空慶晃
    • 2014年1月に日本国籍を取得する。同年5月29日付で年寄名跡「間垣」を取得し、モンゴル出身者としては初の年寄名跡取得者となった。
    • 悪性リンパ腫を発症し、2016年8月に現役引退、年寄「間垣」を襲名し、時津風部屋の部屋付き親方となった。
    • しかし悪性リンパ腫が悪化し、2017年1月31日に37歳で急死した。

出典[編集]

  1. ^ 週刊ポスト2015年5月29日号

関連項目[編集]


朝青龍殴られ 01.jpg この項目「モンゴル互助会」は、ちゃんこ不足のようでごわす。
さあ、そこの新弟子も力士の要たるちゃんこを作ってみるでごわす。強く当たったらあとは流れで行くでごわす。ごっちゃんです! (Portal:スタブ)