メダロット博士

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

新型メダロットの開発に打ち込む博士
新型メダロットの開発に打ち込む博士
若い頃のメダロット博士(左の銃を突きつけられている男)。右の銃を持っている男はオーキド博士。
若い頃のメダロット博士(左の銃を突きつけられている男)。右の銃を持っている男はオーキド博士。

メダロット博士(本名:秋葉原 阿斗武 あきはばら あとむ)は、軍事兵器メダロットの設計、開発に関与しているマッドサイエンティストである。また、メダロット社の元社長であり、現在は相談役である。また、ポケットモンスターを開発したオーキド博士とは意外なことにも仲が良い。市民団体には「AK-47の次に人を殺した兵器を作った男」と罵られている。また、核鉄の開発にも深く関与していたとされる。

[編集] 経歴

  • 197X年、大学にて自動タイヤキ焼き機を開発していたところを二毛作教授にヘッドハンティングされる。結局自動タイヤキ焼き機はできずじまいに終わった。
  • 1976年、メダロット試作0~5号機を完成させるも2人組のトイレットペーパー強盗に奪われる。試作6号機と7号機を投入して強盗を鎮圧する。これにより公安にマークされ、CIAやKGBのエージェントからは何度も誘拐されそうになる。
  • 1986年、友人のオーキド博士のポケットモンスター開発に協力。ポケットモンスターの頭脳に六角貨幣石を使用することを進言するも却下される。この案が後にメダロット開発へと繋がる。
  • 1990年9月、8月の立花みかんが重症を負ったことの責任を取りポケットモンスター開発から離れる。
  • 1991年、小型ロボット開発を計画、さらに公安にマークされることとなる。
  • 1998年3月、オーキド博士が倒れたことにより急遽ポケットモンスターVer.2.0.1・Ver.2.0.2開発に協力する。
  • 2000年、自衛隊の新型小型ロボット導入計画により本格的に開発を開始。
  • 2001年、メダロット社設立。民間用に殺傷能力を無くしたタイプを販売開始、初日にして7万台を売り上げる。
  • 2002年、バンダイとの一騎打ちの末、遠距離支援型のKBT型『メタルビートル』と高機動接近戦型のKWG型『ヘッドシザース』が自衛隊への受注争いに勝利する。
  • 2010年、中国工作員による破壊工作がメダロットによる世界的な大混乱を生むことになり、社長を辞任させられる。


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