ミャオ族

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ミャオ族の一般的な男性。どう見ても猫だがそれを言うのがタブーである。
ミャオ族の一般的な女性。猫耳と比べて原始的な印象が否めない。
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ミャオ族(ミャオぞく、猫族)とは黄帝に破れた蚩尤が率いていた民族(言語学的に言うミャオ=ヤオ語族)の末裔であり、猫耳の直接の先祖となった、特定アジアから東南アジアにかけて山岳地帯に居住する民族。平均身長は1/3hydeほどと小柄で、多毛症、臀部における付属物の発生率が99%という身体的特徴がある。もし彼らがに見えるというのならきっと君の心は慌しい現代社会と邪念と陰謀渦巻く都市生活によって汚れきってしまったにちがいない。重油にまみれた海鳥の様になった感情と精神を解き放てば(アフリカの某国で一日3時間くらいしか働かなくてすむような環境なら)君はカエルメーキンソーという名の、モグラスコッペロという名の人間として扱う事すら容易だ。なお現在中華人民共和国の公式な民族名は人種差別を撤廃するという名目から獣偏を取って「苗族」となっている。「苗」は「耕す」を意味しているが、もちろん建前である。タイでも「メーオ」と呼ばれている。正しくは「マオ族」だった気もするけど、どちらにせよ猫の鳴き声と関係が深い。

自称[編集]

自称モ゜ン(悶)(注:名古屋語を参考とした表記)である。しかし発音が難しい(「モ゜」は鼻で嘲笑するかの如く発音する)のと彼ら自身の発音がどうしても「ミャオ」にしか聞こえないことからやはりミャオ族と呼ばれている。

言語[編集]

ミャオ=ヤオ語族のミャオ語(猫語)を話す。素人には中国語と区別が付かない。中国人に言わせると猫が鳴いている様にしか聞こえないという。だが声調の数は北京語の2倍の8つもあるので意志の疎通に問題はない。固有の文字がなかったため国を作ることが出来ず、漢字を受け入れたものは悉く漢民族と同化した。1956年名古屋語を元にした表記法が発明された。

習俗[編集]

歌や踊り、そしてヲタク集会を好む。銀細工によるピンバッジ製作やラミネート加工を得意とする。民族衣装は通称コスプレと呼ばれ、非常に特徴的。旧正月発情期には、「打背節」と呼ばれる、若い男女が背中を叩きあった後に竹筒製の糸電話で愛の告白を行うという奇祭がある。自分たちがあまりにも人里離れた山岳地帯に居住しているために、自分たちが雲海に浮かぶ浮遊大陸にいると勘違いしている節がある。

なお、猫耳のように人間狩りをする様な事はない。彼らの容姿は一部の人間にしか魅力的に感じられないため、例え猫耳がやるように色仕掛けをしたとしても成功率は著しく低い。もし釣れたとしてもそれが栄養満点のよく育った冒険者ではなく、やせ細った気の弱そうな青年や油の乗り過ぎた結婚できない女であることが往々である。そもそも食習慣が猫耳のそれとは大きく異なり、雑穀ネズミなどを主食とする彼らにとって人間を食べることなどもってのほかである。 逆に食糧として狩られる事がしばしばで、彼らの絶滅の危機に瀕する原因となっている。

猫耳とは違い男女比に大きな違いは見られず、若干男子の出生率が高い程度であるがそれは全人類に共通している。

歴史[編集]

遥かな太古、天の女神ヌートまたは男神ランギと大地の男神ゲブまたは女神パパセックスして18000年後から盤古という子が顔を出した。天と地があまりにもイチャイチャし過ぎて育児放棄をしたため、盤古は膣から顔を出したまま一日に1hydeづつ成長して父母を引き離す必要があった。そうして更に18000年の時が過ぎ、さすがにそれだけの間育児放棄されていたのでついに盤古は息を引き取った。あまりに長い間育児放棄されていたため彼の体は垢だらけ寄生虫だらけであり、その体は微生物たちによって速やかに分解されていったがそれでも長い年月がかかることとなった。そして天地の間にある太陽や星や月、雲に風、木火土金水といった世界を構成する要素を盤古の屍骸から作ったのが飼い主の元始天尊(天地が形成される以前から幾度も世界の創造・破壊・無のサイクルを傍観してきた超越者)であった。そして盤古の肉体に寄生していた微生物や寄生虫は進化して様々な生物となった。

時は流れ、外宇宙から地球にオーバーロード・ヤハウェが光臨した。ヤハウェは歴史を改変することで自らがこの宇宙を作り上げた事にし、そして天を支える4本の柱の一つを折って大洪水を引き起こし、自らに逆らう地上の寄生虫どもの殆どを滅亡させてしまった。意図的に生き残らせた従順な寄生虫ノアの箱舟に乗った者達とは別に、世界の各地にはしぶとく生き残った者達がいた。そう、生き残りの兄妹伏羲女媧は近親相姦を行って多数の愛らしい奇形児を産み育てていたのである。それが後のミャオ族の祖となった者達であった。

自らの計画がうまく行っていない事に気づいたヤハウェは地球の各地にシャダイツァバトエロヒム四大天使など自らの分身を派遣し、在来の土地神を駆逐しようとしていた。この時中原に襲来したのが黄帝であった。黄帝は自らのイケメンさを武器に天界の神々並びに地上の民衆を虜にし、当時の王であった神農とその跡取り息子蚩尤と81人兄弟を「牛の顔をしていて手が沢山生えた気持ちの悪いケダモノ」として弑逆(後の歴史資料には「道に外れたことをしたため」と記録されている)。王位を簒奪した。黄帝の軍に敗北した事によりミャオ族の祖先は南方の山中へ隠れ住むことを与儀なくされた。それでもなお漢民族に叛乱を起こし続け、その度に大虐殺を受けたことにより中国領内には殆どいなくなってしまった。その一部は戦国時代に海を渡り倭国へ辿り着き、現地の縄文人と混血して猫耳となったと言われる。

更に後の3世紀に編纂された風土書『山海経』には東南方の蛮族として並び三苗という名でミャオ族の先祖のことが記載されており、彼らの領域が三毛国という名で呼ばれていた(他の呼称として九黎、南蛮、荊蛮、苗民、尤苗などがあった)。

第二次世界大戦後、ラオスでは共産化ブームが沸き起こった。それに対抗して米帝が一部のミャオ族のチンピラのゴロツキを時給ネズミ2匹半で雇い、共産主義政権を打ち倒そうとした。しかしその目論見はロシア的倒置法の前に粉砕されてミャオ族は難民としてアメリカへ押し寄せた。この哀れな資本主義の犠牲者達は米国でも猫-トースト装置の部品に偽装されて人身売買されたり、グレムリンと間違えられて電子レンジで乾燥させられたりと大変な目にあった。後のグラン・トリノである。タイの場合、ミャオ族=共産主義者であり、共産化に失敗したことでボス中国に戻されて同化されてしまった。かくして現存するミャオ族は極僅かとなり、一神教と資本主義による選民の保存をもくろむヤハウェの計画は順調に進行している。

近縁民族[編集]