ホンダ・シティ

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ホンダ・シティとは、1981年(戸塚ヨットスクールエクストリーム・謝罪において優勝した年)に本田技研工業が生み出した、ある意味伝説すぎるコンパクトカーである。ここでは伝説が崩壊した二代目についても記述する。

概要[編集]

前述した通り、このクルマは戸塚ヨットスクールが1981年度エクストリーム・謝罪において優勝したご時世に誕生した伝説のコンパクトカーである。その当時のコンパクトカーでは異常な高さやスポーツモデルの存在によってツァーリ・ボム級の大ヒットを記録した。

しかし、二代目になると背がHydeの身長より下回った上、デザインも例の軽自動車例のフランス車となんら変わりないものになった為、結局はその名が一時的に消滅する。[1]しかし、1996年になると東南アジア向けにその名が復活する。ところがどっこい、そのデザインもまた同社のシビックをただドマーニインテグラSJをミックスしたフロントに変えただけのものである。更に二代目以降になるとなおさら適当の度合いが悪化[2]。今では明らかにインサイトを劣化させたデザインとなっている。

一方、日本では二代目の後継車として「ホンダ・ロゴ」という、初代シティのコンセプトを復活したコンパクトカーが登場するが、なぜか売れなかった。[3]そしてホンダは気でも狂ったのか、「ホンダ・フィット」という初代シティからあまりにもかけ離れたデザインのコンパクトカーが登場。見た目に関わらずこっちは大ヒット。但し、そのデザインとバリエーションではツァーリ・ボム級とは言えない[4]為、結局は初代シティが最強のままでいるのであった。

初代(AA/VF型)[編集]

シティの記念すべき一代目であり、かつ伝説を残したともいわれる。車高は0.0064102564102564hyde

この自動車が売れた理由は前述した通り、hydeも当然乗れる異常なまでに高い車高と、初代シビックにあった英国車風のデザインをアレンジしたデザインに加え、ガスタービンを搭載したターボ、そしてジェットタービンを搭載したターボⅡ、果てには車高をオフロードダンプ級に高くしたハイルーフや、屋根全体を切り落とし、逆にその屋根の下を高くしたカブリオレなどのバリエーションがあったからである。[5]

そんなシティだが、他にも理由がある。なんでも、そのCMが呪いのビデオ級に話題になったからだ。そのムカデダンスというダンスを踊らさせるウイルスがそのCMに混入されており、それが原因で真似をする人が急増。ある意味社会問題となった。某国民的コメディアングループまで感染したほどである。その後長い潜伏期間を経て、某アニメが感染源となり、パンデミック現象を起こした。なお、特に石川県での感染具合は凄まじく、某有名ホテルの名前を連呼する患者が爆発的に続出した。

ちなみに彼らは実の所言うと英国バンドであり、実際それを知ったのは数年後になった。[6][7]

ターボ[編集]

1982年に「自動車にガスタービン」という、クライスラーが成し遂げた技術をこのホンダ・シティにねじ込んだ結果、「ホンダ・シティターボ」が誕生。当時にしては斬新なスポーツモデルであり、ガスタービンのおかげで馬力が元の67psから100psにまでなった。 なぜにガスタービンで100psになるんだと思われますが、その点についてはお察し下さい。 しかし当時変態だったホンダは更に馬力を挙げるべく、後述するターボⅡを投入することになった。

ターボⅡ[編集]

1983年、ターボの馬力不足を補うべくバトンタッチされたのがこのターボⅡである。通称にっちもさっちもどうにもブルドッグだったが、長いのでブルドッグに。無論ソースは関係ない。今度のターボはジェットタービンであり、それをフロントに納めるべく、オーバーフェンダーとさらにインタークーラーを追加。結果、リアから溶けるほどの高熱を吹く世紀末の殺人兵器みたいなことになったと共に110psというキチガイな性能をマークした。

カブリオレ[編集]

1984年にはカブリオレなんていう、キチガイ仕様が登場。何より、こいつも売れた。

理由は簡単である。なんでも、3つのボディタイプがあるからだ。1つ目が上記二台となんら変わりない屋根で、2つ目が幌つきオープンタイプ。そして3つ目がいつぞやのジェームス・ディーンみたいなフルオープンタイプ[8]。フルオープンに関しては、窓が全く無く、下手すると走るギロチンになりかねない。そんな事もあってか、現在あるシティカブリオレは2つ目のオープンタイプしかない。[9]

初代シティにおける伝説[編集]

  • その昔、田舎の峠では赤いシティターボⅡは「赤い流星」と呼ばれた事がある。ドライバーは恐らくシティターボⅡの秘密を知っていたのだろう。
  • 現在、シティのようなアホほど売れたクルマは無いに等しい。理由は若者が今のクルマを好まない為。[10]
  • シティはヨーロッパではジャズとして輸出される。が、そのジャズは現在ではフィットである。
  • おまけ的存在であったモトコンポも今ではシティと同じ地位にまで登りつめている。
  • トミカでも売られたが、こちらは新バリエーションが出るたびに金型を改造した為、今ではノーマルとターボが生産期間の短いトミカと言わしめている。(ちなみに金型は現在ターボⅡになっている。)
  • 他にもチョロQとプラモデルなどが存在する。
  • レースが開催されるが、走るペーパークラフトなだけであってリアルデストラクションダービーな事になった。
  • ドアミラーのノーマルは貴重。フェンダーミラーは絶滅危惧種。
  • 商用仕様もある。さらに低燃費仕様までも。果てには計156速となる「ハイパーシフト」なんてのも。
  • 軽自動車より短い。だとすれば、今でも通じるのかもしれない。

二代目(GA1/2型)[編集]

この世で最も売れなかった時期のシティ。但し、ジムカーナドライバーにとってそんな事は全く関係ない。

なにより、異常な全高が異常なまでに低くなったうえ、デザインも同社のトゥデイ、ルノー・トゥインゴ[11]となんら変わりも無い。だがジムカーナドライバーにはそれも無関係。

そもそもこの車高のおかげでマツダ・AZ-1より危険な車両になってしまったのは言うまでもないそれでもジムカーナドライバーからすれば無関係。

おまけに、後期型のそのバカボンに出てくるおまわりさんみたいなフロントフェイスもウケるはずがなかった。でも、ジムカーナには無関係。 そもそも、あの初代の様な異常バリエーションが全く無いから売れないのだろう。しかし、チューニングをするジムカーナプレイヤーには無関係である。 キャッチコピーは、「才能のシティ」であるが、厳密に言えば才能のシティ(笑)である。だがこだわらないジムカーナには(ry

なぜジムカーナプレイヤーはそんな不人気ぶりとは無関係なのか。 それは意外に全長までもが短すぎるからである。おかげで小回りが利きすぎて不人気振りが無関係に。 さらに車高が低いことによる低重心、パワーはいまいちだがよく回り、さらにチューニングのしやすいエンジンでそれなりの腕と改造費用があればバカっ速くなる。ただし先代の弱点、ボディ剛性の低さは受け継いでしまっている。

結果的に、日本のホンダ・シティは破滅したのであった。だがジムカーナ(ry

脚注[編集]

  1. ^ 但しジムカーナ好きは除く。
  2. ^ どう見てもフィットアリアである。
  3. ^ 但し、現在の自動車に比べれば愛嬌のあるデザインである。原因はアホな人がそういうデザインを好まなかった為。
  4. ^ バリエーションにおいても、現代版ターボであるタイプRが存在しない、カブリオレでも出る予定すらない為。そもそもデザインもショボイ。
  5. ^ 異常なまで高いというコンセプトと、その快適装備のコンセプトは同社のS-MXに受け継がれる。そもそもそのDの字型アウタードアハンドルの時点で初代シティの意思を受け継いでいる証だし。
  6. ^ 但しターボⅡのCMは賛否が分かれる。理由はその英国バンドがいないから。愛称が愛称だから仕方が無い事だが。
  7. ^ その英国バンドこそMadnessであり、かつ曲は「In The City」。作曲も日本人。
  8. ^ 要するにポルシェ・550スパイダーに近い感じ。
  9. ^ そもそも3つ目は溶接技術を切断技術さえあれば作れる代物だし。
  10. ^ すべてはホンダ・フィットのせいである。
  11. ^ どっちもそっくりなクルマ。

関連項目[編集]

  • 本田技研工業 - すべての黒幕。こいつに感謝しないと命に関わるのである。
  • ホンダ・S-MX - 真の二代目シティ。トールボーイといいドアノブといい何かとシティと一緒な哀れな人気車。


4370 large.jpg この「ホンダ・シティ」は、マイナーチェンジの案が出ています。マイナーチェンジして下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ)