ベース

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

ベースは、中世ロシアで開発された対人兵器。接近戦に向くが、使いこなすには相当な修練が必要である。

目次

[編集] 概要

当初はコントラバスの代用として研究され、より攻撃力と音域(ギターより1~2オクターブ低い)を重視した結果現在のような独特な形状になった。結果、コントラバスの音域をより楽に弾けるようになったが、防御力は低下した。

[編集] 歴史

[編集] 発明~第一次世界大戦まで

中世ロシアの軍医、イワノフ氏によって開発されたという。 ロシア皇帝・イヴァン4世の治世下において、この新兵器を市街戦に活用すべく日夜研究されるが、ロマノフ王朝成立前後の動乱によりベース35台がモスクワから盗み出される。イワノフ氏も殺害され、ベースはロシアから消失してしまったのだ。

ロシアから流出したベースは20台がイギリス、10台がオスマン=トルコ帝国、残り5台が日本へ渡った。のち英国秘密情報部は冷戦時東側諸国での任務に用いたり、オスマン=トルコはクリミア戦争でベース部隊を組織しロシアに大勝するなど活用しているが、同じロシアのレザノフラクスマンを倒せなかった江戸幕府はやはり危機管理対策がなっていなかったということであろう。

[編集] 第一次世界大戦、戦術的価値の低下

1914年第一次世界大戦が勃発する。この時、ベースの保有量は圧倒的に連合国側が上回っており、オーストラリア=ハンガリー帝国に至っては頑なにコントラバスの採用を唱え続けてベースを装備しないほどであった。オスマン=トルコは南部戦線に於いて英国を上回る量を戦線に投入していたが、英国の改良型の前に敗北した。

戦後、連合国はドイツからベースを買い叩くが、次第にその戦術的価値が低下しているのも事実であった。ヴェルサイユ条約ではベースの保有制限に関する項目がなかったのもその表れである。

[編集] 第二次世界大戦

1939年第二次世界大戦が勃発。しかしこの頃、既にドイツはアドルフ・ヒトラーの元で軍制改革がなされており、ベースはあくまでも接近戦用の武器としての位置づけであった。 それとは対照的であったのが日本である。日本では鉄人28号が用いる10mを超の巨大ベースや、ワシントンを射程に収めるロケットベース、原子力を活用した石川ベースなど非現実的なベースが研究され、また多分に期待されていたフシがある。

結果として、ゲリラ戦に不向きであったため日中戦争では効力を生かし切れず、大東亜戦争では不足し終戦を迎えた。

[編集] 冷戦、そして現在

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[編集] 関連項目


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