プロ野球

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プロ野球の様子。熱心な野球信者も数多い
プロ野球の様子。熱心な野球信者も数多い

プロ野球(-やきう)は正式名をプロ屈強な男たちが固い肌色の棒を手で握りしめ力強く速く振り、白いものを柵より遠くに飛ばして点を入れるスポーツといい、日本韓国台湾において見世物にしてを貰うためにやっている野球のことである。アメリカ合衆国メジャーリーグマイナーリーグをパクッたものだといわれている。

目次

[編集] 日本のプロ野球概観

[編集] オープン戦

球団が公式戦以外でも客を集められんかと考え、作った制度である。全く成績には関与しないことから、純粋に拝金教徒のためにある制度といってよい。

[編集] 公式戦

からにかけて、長々と試合をやっているのは全て公式戦である。

こちらは優勝を競うための試合であり、そのように制度をつくっているといわれているが、2003年みたいに独走態勢に入られると面白みがなくなるため、昨今では初夏ごろまでは常に接戦になるように調整を行っているといわれている。この頃になってくるともう試合は不要のはずだが、それでも消化しないと気分が鬱になる者が出るそうなので、規定数は毎年常にこなしている。もちろんテレビでも中継しない。……スカパー!を除いては。

[編集] セパ交流戦

セリーグパリーグの東西分裂を補うべく、2005年から作られた制度である。ニッセイおばちゃんが野球をもうすこし面白く出来んかと主張し、制度化されるに至った。ただし、これも消化試合に含むため、観客もまばらである。しかも、ヤクルトや横浜にはラジオ放送すらないのだ。

[編集] クライマックスシリーズ

略して「クシリ」。2007年から始まった、胴上げを確保する制度。つまりは野球を面白くするため、真ん中クラスの成績でも優勝できるシステムである。もちろん、公式戦より視聴率が高い。なお、パリーグでは先行して2004年より導入されていたが、福岡はこれに何度も泣かされている。

[編集] 日本シリーズ

通称を日本シリーズという日本選手権シリーズは、後述する野球の東西分裂を補うために作られた制度である。

しかし日本のプロ野球チームは高校野球のトップに負けるほどの実力しか有していないため、2002年以降はアマチュア野球球団の参加も認めている。

その結果、昨今の成績は甲子園の優勝校と、シダックス茨木ゴールデンゴールズ(欽ちゃん球団)みたいな所で占められている。

[編集] 日本のプロ野球史

[編集] 戦前

その創始は大正時代、阪急王国初代総帥の小林一三が「アメリカではやっているんなら、日本でもヒットするだろう」という考えで、文化振興と沿線娯楽の確立を目的に設立したのが始めである。しかし日本では六大学野球中等学校野球などが既に存在したため、「わざわざ何で金払って野球見なきゃならんのか」としてヒットせず、数年後に解散した。小林にとっては痛恨の失敗のひとつであった。

昭和に入って、今度は新聞社がアメリカのメジャーリーグ試合現物を見てそれにのめりこみ、「宣伝になるから、自分の所でもやってみようじゃないか」ということで、また球団が設立されることになった。これが読売新聞主体の大日本東京野球倶楽部、現在の読売ジャイアンツ巨人)である。

しかし球団がひとつしかないため、アメリカのチームと戦って負けることばかりしていた。読売は日本で「試合が出来なけりゃ、面白くない」とばかり、東京をライバル視している大阪に打診して球団を作ってもらうことになった。阪神電気鉄道がそれに応じてくれたため、ここに大阪タイガース、現在の阪神タイガースが生まれた。これを見れば分かるとおり、読売vs阪神の構図はどちらかといえば、読売の要請でわざわざ形作られたものである。

大阪タイガースが生まれると、阪神間で激しく阪神電鉄と争っていた阪急電鉄が「阪神なんぞに独占されてはたまらん。再参入や」とばかり阪急職業野球団(後の阪急ブレーブスオリックス・バファローズ)を設立し、ここに阪急vs阪神の構図も形成された。もともとのライバルはこちらの方であったため、戦前の「伝説の一戦」は阪急対阪神戦のことを指していた。

更に同じく読売の要請を受けた名古屋市でも、名古屋新聞社を母体に名古屋金鯱軍が設立され、関東では他に西武鉄道を母体とした東京セネタースが生まれた。しかしこの二つは、成績がぱっとせず合併して3年後に消滅した。

一方、同じ名古屋市では別の流れで、新愛知新聞社(後の中日新聞)を母体に名古屋軍(後の中日ドラゴンズ)が設立され、その子会社の国民新聞も大東京軍(後の松竹ロビンス横浜ベイスターズ)を結成した。この名古屋を機軸とした集団では東京・大阪中心の団体と同じ方針を取ることに反発し、独立リーグを作ることを目論んだがあっさり挫折し、結局この7球団、後に南海軍(後の福岡ソフトバンクホークス)と後楽園イーグルスを加えた9球団で戦前の野球界は形成されることになった。

[編集] 戦後

戦争中に「鬼畜米英追放」の方針で開かれていなかったプロ野球も、戦後にアメリカ支配下に置かれるとすぐ復活する。

そして新しい球団が追加され、8球団体制となったものの、1949年に大問題が発生した。毎日新聞と読売新聞のいざこざに端を発し、東西分裂を起こしてしまったのである。これは本当に偶然の産物であったが、これでセントラル・リーグパシフィック・リーグによる、現在へ続く2リーグ体制が形作られた。

なお、セリーグとパリーグと球団数は現在でこそ6でそろっているが、当初はパリーグの方が多かったものを、読売の陰謀でセリーグと同数に持ってこさせたといわれている。この陰謀は長く尾を引き、セリーグの観客数が圧倒的に多い状況、その中でも読売が野球界を牽引する構図の形成をつくってしまった。これがアンチ巨人を増やす最大の要因となっている。

しかしこの結果、読売巨人人気は長く続き、王貞治長嶋茂雄の名コンビ時代や、9年連続リーグ優勝なんていう記録を作ったりもした。野球界の伝説の大半は、巨人主導で作られているといえる状況であった。

一方で新たな動きも見られた。その最たるものは、ナ○コを親会社に持つナ○コスターズの台頭である。どちらのリーグにも属さないそのチームであったが、看板選手ぴの氏の反則的な走塁(セーフティバント≒二塁打)と守備範囲の広さ(外野全体+二遊間)は一部ファンの間では今や伝説となっている。 が、しかしそれでも巨人の勢いを止めるまでにはいたらなかった。

だが90年代以降、プロ野球そのものの人気低迷に加え、巨人主導の体制には次第に無理が生じるようになっていき、分散の時代を迎えた。2004年の再編騒動も、その歪が現われた結果である。巨人の人気と地上波テレビ放映はすさまじい勢いで低迷しているといわれているが、それは実際のところ、既に述べたような読売帝政の名残が消えつつあるということで、野球界とスポーツ新聞界、BSテレビ界やAMラジオ界のためとしては賞賛すべきことと言えるかもしれない。その裏で巨人は影響力低下打破のため、2009年度をめどに既に現役を退いているぴの氏に球界復帰を打診しているとのもっぱらのウワサである。

[編集] プロ野球の球団(日本)

[編集] セントラル・リーグ

人気は今でも読売が圧倒的・・・といいたい所だが、観客数は既に阪神に抜かれている。セリーグの「最不人気球団」はヤクルトだと一般的にはいわれているが、実際には観客数で見る限り横浜や広島には負けていない。

[編集] パシフィック・リーグ

多くの日本人にとってパリーグとは、「刺身タンポポ」である。

[編集] 関連項目

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