プロメテウスの罠

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プロメテウスの罠(-わな)とは、東日本大震災により発生した福島第一原発事故を題材とした朝日新聞渾身のルポルタージュ、と見せかけて、時勢の変化の中で朝日新聞が取り残される姿を楽しむためののぞき窓である。

また、放射能の恐怖について繰り返し報道する傾向の強い各種報道機関が、一体いつ福島県に関するヘイトスピーチヘイトクライムを垂れ流し続けているということに気づくかをチェックするのにも最適な記事となっている。

概要[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「プロメテウスの罠」の項目を執筆しています。

2011年3月11日に発生した巨大地震、東日本大震災は東北地方沿岸に巨大な津波をもたらすと同時に、2万人を越す人命を奪い、そして人類の歴史において決して消すことのできない悲劇、福島第一原発事故を引き起こすこととなる。と同時に、マスメディアでは一斉に福島県を中心とした放射能に関する情報及び放射能に関する危機意識を高めるため文章が続々と現れるのは当然の話である。

しかし、メディアを覆うことになったこれらの記事は、どうしても東京都を中心とした全国に向けての記事となりがちで、肝心要の福島県の住民目線での記事については、日を追うごとにどうしても滞りがちとなってしまい、その結果、東日本大震災における被災地の中で、福島県が最も復興の度合いが分からない県となってしまうこととなる。けれど、そんな悲しい情報の落とし穴にはまった福島に2011年10月、朝日新聞から一筋の蜘蛛の糸が垂れ下がることとなる。

そして始まることとなった福島第一原発事故に関するルポルタージュ、プロメテウスの罠は、地元のミニコミや福島民報といった媒体以外ではほぼ初めてとなる本格的な福島県民目線に立った現場の声として、多くの読者に支持されることになるのは当然である。もちろん、会社の方針として反原発色の濃い朝日新聞であるため、福島県の住民目線とは言っても、それはそれは原発反対及び放射能への恐怖の色の濃い内容ばかりであったものの、いかんせん、それ以外の情報が少なすぎるという状況であったため、ほぼ毎日連載されるこの記事ほど福島県の空気を伺うのに最適な文章であったことは間違いない。

しかし、震災から3年、放射能の数値が低下した2014年以降、プロメテウスの罠と福島県の被災地の状況がそれまでと大きく変わることとなる中で、明らかにそれまでとは違う状況が発生する。具体的に言うと、福島では避難区域への帰還が本格化し、朝日新聞が煽った放射能の恐怖の中でも故郷で生活することを決断する人々が次々と現れるようになり、福島県民の目線に立ったプロメテウスの罠においても、それまでどおりの放射能の情報の提示および注意喚起を行うままでいいのか、という1つの分岐点に差し掛かることになる。

のだけれども、もう1つとてつもない変化がプロメテウスの罠の周辺、具体的に言うと朝日新聞に降りかかることになり、それに関する周囲の状況の激変は想像以上どころの騒ぎではなく、2015年の段階では、すでにこの記事及びコノ記事からもたらされる情報が、全国の放射能恐怖症患者にとんでもない悪影響を与えていることが明らかになる。それも、プロメテウスの罠を執筆する記者とはほぼ無関係のところで。

とりあえず、アンサイクロペディアのこの記事では、そういった時代の潮目となる、とてつもなく大事な時期に思いっきり朝日新聞が誤報をぶち込んだ結果、どうなるか、どうなったかについてを取り扱うものである。

プロメテウスの罠とは[編集]

2011年10月より始まり、2015年2月現在、連載回数が1000回を越えることになったこの朝日新聞によるこの一大ルポルタージュ、らしき何か、の名前について説明すると、古代ギリシャには、神であるプロメテウスが人類にをもたらしたことで人類はより豊かになったのだけれども、同時に戦乱の種を得ることにもつながったという神話が存在する。そのプロメテウスの火を、原子力発電にたとえ、安い電力を得たことで日本は大きく発展したけれど、その結果、大震災によって放射能に汚染されることになった福島と、そして大きく傷つくことになった日本について現場の声を取り上げ続けることで、最悪な可能性を無視して安易な利点ばかり追い求めるという罠にはまった日本人、という意味合いで名づけられたものである。

しかし、その後の楽しいうれしいどうでもいい報道の結果、朝日新聞が情緒的な文章、事実ではなく感情を煽ることで読者の支持を得るという罠にはまったことが明らかになる。それも、ただでさえ放射能の害が減少していく中、より恐怖を煽らないと支持者離れも読者離れも加速するという話になり、その結果、大変素晴らしい自縄自縛に陥ることとなる。

そう思われても仕方ないことをすればそう思われても仕方ない。これは、情報を取り扱うものが常に気をつけなければいけない落とし穴である。

1000回[編集]

朝日新聞の朝刊第三面にほぼ毎日にわたって連載されてきたこのルポルタージュ、らしきものは、2014年8月6日に通産1000回を迎えることになり、改めて、朝日新聞の劇場型、感情型の記事作成方針が心に響くこととなる。重く重く響くことになる。

けれど、福島県の放射能についてほぼ毎日、1000回にもわたって目に見えない恐怖を繰り返し繰り返し煽り続けるとどうなるか、似たような話をいつまでもいつまでも反復すればどうなるかについて、残念ながらも笑える話として、日本人の多くが朝日新聞の予想とはまったく逆の方向に進むことになる。それは、基本、人間なんてものは恐怖で精神を追い詰めれば、その反動もまた大きくなるように、1000回もかけて放射能の恐怖を煽れば、放射能の特性も福島県の被爆状況も、チェルノブイリや広島長崎といった過去の事例も、朝日新聞以上に精査する体制がすでにインターネットでは整えられており、まるで小学校高学年が怪談を鼻で笑うかのごとく、福島の放射能に関する話もデータ的に検証、今後の残留放射能の推移もほぼ予測され、住民の帰還に大変に役立つようになる。

1000回にもわたって恐怖を煽るとはそういうものである。もちろん、朝日新聞への信頼という要素も存在する。

けれども、プロメテウスの罠にはそれ以外にも福島県の今や住民の思いといった大変に重要な情報が掲載されているため、放射能に関する情報以外を取ってみても、1つの連載としてはまったく問題ではなく、そのままでいればなんら問題はなかったのである。ほんとに。まったく。2014年5月までは。

終わりの始まり[編集]

2014年5月20日、朝日新聞の終わりの始まるとなる特大スクープが、なぜだかプロメテウスの罠とは関係のない朝日新聞の中の政治部の記者からもたらされる。と同時に、それまで世間から従軍慰安婦に関する問題や韓国を過剰に擁護するその姿勢で徹底的に叩かれまくった朝日新聞は、一気に世間に対して反攻を開始。福島第一原発事故が発生した2011年3月11日に現場では何が起こっていたかについて、英訳まで起こして世界中に事故の詳細を発信する。

けれども、それが誤報だったことが明らかになる。それも、捏造に近い誤報だったことが明らかになる。しかも、プロメテウスの罠が1000回を迎える8月にその話が最も世間で取りざたされていたときたもんだ。

これほど盛大に自爆した報道機関というものは、ほとんど記憶にない。結局、その後は国民の支持を失った朝日新聞で細々と連載を続けるプロメテウスの罠とかなんとかいう記事で、誰もなびきもしない放射能の恐怖を煽るだけ煽るしかやることがなくなってしまう。そして、一部読者のサイフを狙うだけの存在となった、なってしまったことが明らかになっていく。簡単に言うと、この記事は朝日新聞の高尚な文章を愛する人々のためにしか役立たない記事となる。むしろ、朝日新聞がやったことを考えれば、そう思われるだけで済む時点でまだマシな部類である。社説や投稿欄といった電波観測所のような扱いをされないだけでもはなはだラッキーなのである。

なんせ、一連の吉田調書のスクープの際に、原文に書かれていた菅直人に関する記述、それも現場に対する激励の声が無かっただの、怒鳴るだけで何もせずに帰っただの、不快感を感じるような記述を一切無視。当時の状況の中でも特に国民が知りたい重要な情報を朝日新聞の担当者が意図的に抜いたことが2014年8月に明らかになっており、その時点でプロメテウスの罠もまた、ルポルタージュとしての命を終えることになる。あわせて、報道機関としての朝日新聞も死刑台の上で首にロープを引っ掛けたままぶらんぶらんゆれているだけの存在となる。

というわけで、後は朝日新聞による渾身の福島コントが毎日連載されることとなる。いや、まぁ、別に内容を信じてもいいけど、その記事を信じるのに、どんだけ苦労するかを考えれば、あれは確実に読者を笑い殺そうというコントだと思ったほうが気楽である。それぐらい、朝日新聞の記事というものがどういうものであるかが重く重くのしかかる。

ルポルタージュらしきもの[編集]

大規模災害に関する情報発信には、1つの法則がある。それは、どこぞのアホサイクロペディアが3月12日になるたびに思い出されるように、大規模災害であればあるほど、ルポルタージュ、日本語で言うところの現場の声というものは常時発信し続けていくことが大事になる。そうしないと、まるで長野県神城断層地震で被災した白馬村や周辺の自治体のように、人々の意識は1度エアポケットに入った情報を瞬時に忘却するようになっており、実際、福島県内の津波被害や、原発事故以外の被害、そして住民が避難する際の情報といったものはあっという間に次の情報に置き換わるような状況になっていた。そのため、被災者に向けて常時情報を発信し、なおかつ、その情報をデジタルでも紙媒体でも保管する役割というものを、政府や自治体ではなく各種報道機関が担わなければいけなかったんだけれども、全国紙でそれをやったのがほとんどいなかった。

ついでに言うと、ネット上の震災に関連する情報を後世に残さないまま消去しまくったのが、各種報道機関だった。

そんな中、たとえ有料であっても、記事を残し、情報とその当時の空気を伝え続ける、残し続ける朝日新聞のプロメテウスの罠がどんなに大事であったやら。けれども、そういった絶えることのない情報発信の裏側には、どうしても情報の劣化がついて回ることとなるのもまた、一つの宿命である。新規の情報や耳目を集める話、さらには2014年から顕著となる、2011年のあの日何が起こったかという過去話の連発、そして何より過度の東京電力批判には、新規の情報だけでは読者の興味を維持することができないという悲しい事実が存在する。そして、過去の情報を掘り返せば掘り返すほど、ある程度の朝日新聞社としての方針もまた、分かるようになる。

なんせ、第二次安倍内閣発足以前から被災地で活動を続ける小泉進次郎復興大臣政務官をまったくとりあげないルポルタージュという時点で、朝日新聞の立ち位置が大体分かる。2014年8月に、小泉氏が原発再稼動について疑義を唱えるなんてニュースが出てもなお、取り上げないルポルタージュという時点でいろいろと分かる。

朝日コント 2014年[編集]

肝心要の吉田調書の話の前に、とりあえず、2014年に朝日新聞が何をやらかしたかについてを簡単に記載する。まず、従軍慰安婦問題が完璧に捏造されたものであったことがばれる。後、外部の有識者として招いたはずの池上彰氏のコラムをチェックした当時の木村伊量社長が、社長命令でじきじきに掲載を差し止めたこともばれる。そして、安倍晋三総理の周囲の人間の発言を共同通信が総理の発言として誤報記事を書いたのに、余りにも前科があるせいで、共同通信を引用した朝日新聞を安倍総理が名指しで批難。そのついでに、第一次安倍内閣の際に安倍内閣を倒すという社是を持っていたことについても掘り下げて糾弾された結果、朝日新聞は朝刊の一面でそれらの訂正文を書かざるをえなくなる。

まさに変革の名に恥じぬ騒動ばかりである。朝日新聞における報道の自由が朝日新聞によって殺されたような話ばかりだけれども、多分、気づいてない。普通の人間だったら恥じ入ってしかるべき話ばかりなのだけれども、朝日新聞だから仕方がない。

その結果、賢明な朝日新聞の読者は、一記事どころか新聞全体を信用するのにさえ大変な労力を要する朝日新聞から急速に撤退を開始する。ある意味、放射能よりもたちの悪い毒電波からの逃走は人として当然の行為である。と同時に、ただでさえ信用させるのが難しい放射能だの原発問題だのといったものを扱うプロメテウスの罠は、そのとばっちりをもろに受けることとなる。

とりあえず、トップが無能で仲間が嘘つき、ついでに組織もめっためたという、報道に関わるものにとっては最悪の環境の中では、いくら福島の現場の声を伝え、朝日らしからぬ本当のことを書いてもたかが知れている。

さらに、朝日らしからぬそういった無駄な抵抗も結局は、2014年9月に朝日新聞が多くの問題について謝罪しつつ、社長以下、誤報に関わった人間をまったく排除しない、その病巣をまったく切除しないことを表明した瞬間に崩れ去ることになる。プロメテウスの罠はプロポリスのワナビーだかなんだかといった笑い話か、もしくはドリフターズ志村けんが演ずる笑い上戸が葬式の会場で弔辞を読むようなレベルのコント粋に突入。とりあえず、吉田調書問題で人口193万人の福島県全体に関わる情報を数人の記者の意思で捻じ曲げただけでもメディアとしては自殺行為であり、激怒した福島県民や原発関係者から訴えられてもおかしくはない話である。その上で、社長以下関係者全員、朝日の読者と原発関係者への謝罪は行ったものの、もっとも正確な原発関連の情報を欲していた福島県民に対して誤った情報を提示し続けた件をガン無視し続ける。

繰り返すけれど、日本全土が朝日新聞のその姿勢に怒りの声を上げた状況の中、なぜだか粛々と放射能に苦しむ福島の声を拾い続ける記事が朝日新聞にはあっただけでも、もはやコントである。しかも、そういった状況でも連載をやめないという時点でブラックジョークである。

報道協会の罠[編集]

けれども、報道機関としては最悪の状況の中でも、プロポリスのワンナビーとかいうなんかが福島県の声と放射能への注意喚起を掲載し続けるのは、別の理由も存在する。

実はプロメテウスの罠は2012年に日本の報道に関する賞の中でも最高の賞である日本新聞協会賞を受賞しており、いくら社長がアホでも仲間は嘘つきで誤報繰り返すような連中でも、一度受けた名誉を維持するためには、いつまでもどこまでも朝日新聞に連載され続けることを義務付けられてしまった存在となっており、ある意味、どうしようもない記事である。

確かにというものはそういう性質を持っている。プロメテウスが人類に火をもたらした結果、人の世に戦乱を招くことになったのと同じように、報道協会が日本新聞協会賞を与えた結果、朝日新聞に恥の上塗りを招くことになっても、それこそがというものの本質である。後はただ、粛々と残留放射能が減り続ける福島において、住民の帰還が本格化し始めた福島において、いったいいつ、朝日新聞による一連の報道が、住民の帰還を阻害する風評被害を招くだのといった指摘が出るか、その記事がヘイトスピーチであるとの指摘がなされるか、さらには朝日新聞の記事を見て実際に福島県から離れることを決断しただのという話が、いつ報道によるヘイトクライムだ、などと言われるか、もしくはいつその事実に朝日新聞が気づくか、というコントのオチを待つだけの話になる。

ちなみに、2012年2月、吉田調書のスクープに先駆けること2年3ヶ月ほど前に、そのプロメテウスの罠で初めて東京電力福島第一原発の吉田昌郎所長が第二原発への避難という話をしていたという記事を掲載している。もっとも、即座に東電からも政府からも国からも事実と違うことがやんわりと指摘されており、他のメディアの報道などからもこの件はここで終わっていたはずだった。実際、東電たたきはどこのメディアでも繰り返し行われており、少々の誤報や妄想交じりの批判といった話は、なんら検証されることもないまま次の話題へと移っていった時期であるため、プロメテウスの罠における撤退の指摘という話も、次の話題へ移る中で、震災報道に関する一つのよくある誤報扱いされ、特に問題はなかった。しかし、そんな朝日が時勢の変化を鑑みずに話を蒸し返した結果どうなるかというと、こうなるのである。こうなったのである。

吉田調書・あの日からの福島[編集]

というわけで、朝日新聞の終わりの始まりである吉田調書とそれに関する朝日新聞の一大スクープについて説明すると、全ての始まりは菅直人元総理が所有していた吉田調書を、2013年8月に朝日新聞の政治記者が入手、したかもしれないことから始まる。これは、朝日新聞の記者が2015年1月に文春新書から出版した「朝日新聞 日本型組織の崩壊」に記載されている内容を、ウソ八百の可能性があると思いつつ、取り上げるものである。

というのも、原発事故の真相を知るもう1人の人物、吉田昌郎福島第一原発所長が2013年7月になくなっており、ある意味、元総理が言ったもの勝ちになるような、責任を全て東京電力へと押し付けられる状況が整った、かどうかは不明であるけれど、なぜだかどうしてだか、その時期に朝日新聞が吉田調書を入手したという話である。ちなみに、東日本大震災直後の報道を検証すると、福島県および福島第一原発に関する情報というものは、一種の情報の落とし穴にはまったような、薄いカーテンに隠された何かのような形になっており、それがどうして岩手や宮城の沿岸部といった情報に比べて少ないままだったかというと、原発事故に関する責任者の1人である菅直人が、率先して情報を隠し続けたからに他ならない。

事実、岩手、宮城の被災地とは違い、常に福島は情報から隔離された存在であったのは、イスラム国にすら命がけでいったジャーナリストたちが、なぜだか福島県だけは無視を決め込み、情報を国民から遮断したためであり、原発はもとより避難民の情報、さらには福島に住む人々の詳細な情報というものは、菅直人の失態と一緒に津波被害の影と、放射能の情報の影に隠されることになる。そこに、震災復興に関する民主党政権の一連の失態も各種報道機関によって隠蔽されることとなり、福島県の情報は原発事故発生直後の情報と避難民の情報、さらには放射能の情報も含めて編集部のデスク脇のゴミ箱の中に放り込まれたような存在となる。もちろん、当時の混乱した現場ではそういった話の取捨選択がなされるのも仕方ないものであったのだけれど、いったん落ち着いてから、情報を整理しようとすると、おっそろしいまでに福島県の情報ほか、民主党の失態や菅直人のやったことの情報の少なさが明確なものとなる。

そのため、最も大きな不安要素であった各自治体の放射能に関する情報・対応もてんでばらばら。一応、福島県の地元紙などはしっかりと情報を住民に向けて発信しているものの、全国、特に東京都のマスメディアにはまるで無視される存在となっていたため、たとえ朝日新聞であっても、福島の話が常時発信されるような態勢が整えられたことは朗報であった。

もっとも、そんな福島の情報ごと民主党の失態をマスコミ各社が隠蔽することに朝日も当然加担しており、その流れで吉田調書から菅直人の話が消え去ることとなる。さらに、原発関連情報という、福島でもっとも大事な情報にほぼ捏造に近い形で記者の妄想という名の誤報をぶち込んだのも朝日新聞である。ちなみに、そういった行為は一般的には情報操作及び捏造と言われている。

吉田調書・信頼のメルトダウン[編集]

項目名が酔っ払っていることは認める。

繰り返すけれども、2014年5月、朝日新聞は福島第一原発の元所長である吉田昌郎氏(1955年~2013年)が語った原発事故時の一連の行動に関する証言に関する調書、いわゆる吉田調書を独占入手したと発表、その後、一部の記者と上層部の人間だけで調書を読み解くような形式で、あの日、福島第一原発で何が起こったかについて一連のスクープを連載する。けれど、世界的にも大変な注目を集めたその調書に関する報道はしかし、現実に吉田所長の下で動いた部下たち及び政府関係者からも即座に否定されるような稚拙な内容であり、さらには、爆発事故に関わる最も重要な決断をしたはずの菅直人元総理の話をきれいに隠蔽。明らかに偏向された記事がスクープと扱われた結果、

朝日新聞以外だーれも騒がない。そもそも、菅のアホの話を抜きにスクープと称した時点で、国家機密であった吉田調書を朝日新聞に渡したのが誰であるかばれっばれ。

けれど、スクープはスクープである。そのため、世界中のマスメディアが朝日の記事を引用したのもしょうがないしかたない。しかし、その福島第一原発で水素爆発があった3月12日の情勢については、日本中の報道各社が国家機密に隠された情報を解き明かすため、あの日何が起こったかを克明に取材し続けた一日である。そのため、新聞には出てこないまでも、フリーライターや各種週刊誌による取材の結果、肝心の菅のアホや吉田所長の証言は確認できないまでも傍証はいくらでもあるような状況であった。そして、一部のジャーナリストたちは当時原発にいた全ての人々へのインタビューまで行っており、明らかにそれらの取材結果と朝日新聞のスクープの内容が異なる話が出てくると、即座に朝日新聞のスクープは問題化。

そらそうだ。朝日新聞がわざわざ英訳までして吉田所長以下、命をかけて原発にとどまった人々に対して勝手に福島第二原発へ逃亡したと解釈し日本セウォル号沈没事故とまで言いのけた上、英訳してまで世界に向けて発信したんだから。

で、何が悲しいって、前述のとおり、そのスクープでぶち上げた東京電力職員の第二原発避難の話は、実はプロメテウスの罠で最初に報道した後、東京電力から公式に否定されていた話であった。そこで、本来であれば終了となるはずであった話を、なぜだか関係ない部局の人々がスクープとしてぶち上げるのだからとんでもない。しかも、彼らはスクープ記事をぶち上げてから関係者に取材を依頼した上で、即座に断られたという伝説があるぐらいとんでもない。しかも、他のマスメディアによって誤報であると指摘されてから動いたと、当の朝日新聞の中の記者によって糾弾される時点で、この組織はマトモではないことぐらい誰でも分かる。

そのため、朝日新聞の世界的なスクープは、日を追うごとに命を懸けて日本を救った人々に対する無体な批判であり、しかも思いっきり捏造であるとの認識が日本中に広まっていくこととなる。それも、従軍慰安婦問題と靖国神社参拝問題などで中国や韓国への傾倒がひどすぎるとさんざっぱら叩かれている中で。そのため、2014年の夏を迎えるころには、朝日新聞に対して多くの日本人の怒りが集中することになるものの、朝日新聞は誤報の可能性をかたくなに否定し、各メディアに取り消しを要求する。それも、取り消さなければ、訴訟すら辞さない態度をちらつかせるようなレベルで否定する。

なお、そんな状況の中で8月6日にぴったり1000回を迎えた連載記事があった気がするんだけど、気のせいだろう、多分。

けれども、2014年8月18日に朝日新聞の不倶戴天の敵、産経新聞が独自に吉田調書を入手、完全に朝日新聞の記事のウソがばれる。とりあえず、合掌

朝日コント クイズ[編集]

ここでクイズです。一般的に、他人から過ちを指摘された際に、本当に間違えていた記者とわざと捏造して、世間の人々をだまそうとした記者がいた場合、どちらが各メディアに訴訟をちらつかせてまで記事の取り下げを要求するでしょうか。

答え。捏造したほう

第二問。福島第一原発事故において、事実とは異なる話を真実として世界中にばらまいた上、反論するメディアを訴えるとまで言い放った新聞社が、実はスクープ以外にも福島県の放射能問題について連載記事を書いていました。さて、どうやって信じればいいでしょう。

答え、信じない

とりあえず、そんな記事が連載1000回を少し越えたころに、産経新聞が大スクープとして日本中に朝日新聞の誤報を伝えたところ、そらもう大反響。その上、各種、週刊誌もまた独自のルートで吉田調書を入手した結果、朝日新聞があからさまに菅直人の話を消去して報道したことすら白日の下にさらされる。その結果、それまでに朝日新聞がプロメテウスの罠とかなんとか言って積み重ねたはずの、誰も住民目線で継続して報道しない福島に関する真実のルポルタージュという話が、そっくりそのまま朝日新聞による情報操作の場であったことが確定。

そう思わないと無理。

と同時に、それまでに積み重ねた一連の報道についても、福島県に対する消すことのできない風評被害と差別、何よりも報道の名を関した思想統制であったことも決定。とりあえず、普通の人間であればそう思わないとくびり殺したくなるような話ばかりであるため、後はただ、楽しいコントを静かに笑うしかない。

朝日コント 恥の上塗り[編集]

というわけで、朝日新聞の渾身のルポルタージュだったはずのプロメテウスの罠は、とっても楽しい朝日新聞の変革の結果、思わず吹いてしまうすてきなジョーク集へと早変わりしました。信じられるかい?こんなマジメであったまのいい文章なのに、自分達で他のメディアとの整合性どころか、自分の新聞で書いた記事との整合性すら確かめなかったんだぜ。

で、そんな楽しい悲しい状況がさらに悪化するのも朝日新聞という生き物の生態である。

2014年9月11日、一連の吉田調書および従軍慰安婦に関する誤報、さらには池上コラムに対する掲載差し止めを認めた朝日新聞は、当時の木村伊量朝日新聞社長他、関係する編集部の人間を交えて謝罪会見を行うことになったものの、まず社長がうだうだと理屈をこねて辞任しない。そして、担当の記者もまた辞任しない。その上で尚、朝日新聞の読者に謝罪だけするという時点で、朝日新聞はもとよりプロメテウスの罠に関する信頼もさらに失墜。

とりあえず、一連の捏造に近い誤報とやらで心証を害した福島県の皆さんに対し、謝罪すらしない会社の報道、情報、記事を信じ続けようったって無理である。笑えってんなら心から笑えるけれど。

結局、嘘つきが本当のことを話したところで、次のウソまでの仕込みにしか思われないのもしょうがない。嘘つきの仲間でもそれは同じ。結局、朝日新聞の木村社長は2014年12月に辞任することになるのだけれども、時すでに遅し。

その後、吉田調書も含めた一連の2014年朝日新聞誤報問題の結果、半年経たないうちに朝日新聞は購読数を50万部近く落とすと同時に、その後の購読数を増やすチャンスもきっかけをも失うこととなる。あわせて、新規大学生社会人が新たに新聞を購読し、そして多くの朝日新聞の購読者が更新を行う2015年4月に2度目の悲劇が待っている。そして、2016年4月に3度目の悲劇が、2017年4月に4度目の悲劇が待っている。2018年4月には、果たして朝日新聞が残っているかどうかは、再度検証が待たれるレベルである。あわせて、大学生からも高校生からも多くの国民からもそっぽを向かれた報道機関というごく当たり前の評価が、朝日新聞全体を押し包むことになる。

悲しい気分でジョーク[編集]

そんな心にも経営にも響く社長の謝罪会見の結果、実は2011年10月より一貫して放射能に関するジョーク及び福島県に住む不安をばら撒き続けたことになった朝日新聞のプロメテウスの罠。この記事について、さらに楽しい話も存在している。というのも、1000回というその連載数と、失墜する前の朝日新聞の信頼、さらには民主党政権という悪夢の時期を換算すると、この記事が読者に与えた精神的な疲労は、福島県にばら撒かれた放射能よりも朝日新聞の読者の健康を損なっている。

もちろん、そういうコントであればなんら問題はない。

というのも、3年半以上も目に見えない不安を垂れ流し続けて読者にいらぬストレスをかけ続けることと、短期間に一定量の放射能を浴びたとしても、しっかりとした医療機関で経過観察を続けていることのどちらが精神的にも肉体的にも健康的であるかを考えると、これはそういうコントであると気づかない限りは、誰だって目に見えない恐怖に対して不安を感じて精神的なバランスを崩して当然である。それも、連載開始から最初の1年と2ヶ月は民主党政権だったわけで、絶望と悪夢しかない時間を経れば、朝日新聞のルポルタージュとて、健康を損ねる一端を担って当然である。

そのため、心のまっすぐな福島県の避難地域の住民と東京都以下日本各地の朝日新聞読者は、朝日から放射される意味ある不安を常時浴びることになり、その間、一部の読者に精神的かつ肉体的に悪影響を及ぼしてしまう。2014年にどこかの誰かが福島第一原発を視察した際に流した鼻血の半分は、朝日新聞のこの記事で出来ている可能性が高い。ただし、その後の自民党政権への回帰や放射能に関する様々な情報の検証の結果、朝日からはほぼ無意味な不安しか放射されないことが判明、後はそういうジョークだと思うことで、精神のバランスを整えることが簡単になる。

無論、元から精神がねじくれ曲がって、こんなアホな文章を誰が信じるかたわけ、といった連中はその限りにあらず。けれど、心がまっすぐでなおかつ、自分が正しい側にいないと精神的に不安定になるような人々は、こぞって朝日新聞の毒というか、朝日新聞でしか通用しない真実にやられてしまい、民主党が政権を担った時代、一部の人々の狂気を誘うと同時に、奇行へと走らせてしまう。本当に、放射能の恐怖で精神の安定を欠くことになる人が出てくる。もちろん、震災直後の福島の情報がまったく出てこない中では、心のまっすぐな人にとって住民目線のそういった情報のほうが有意義であり、放射能に対する未知なる恐怖も、しっかりと伝え続けることこそが重要だったことは確かである。けれど、2014年になって吉田調書に関する誤報の結果、1000回以上も掲載され続けたルポルタージュがジョーク集だったことが明らかになり、こんな文章信じるほうがマヌケという話になった後では、いかに心をねじくれさせて朝日新聞から発せられる毒電波から心を守るかが、読者の次の焦点となる。

もっとも、慣れれば簡単な話で、例えるなら、アホの坂田が何をしゃべっても笑い話になるのと同じで、嘘つきが真実を語り続けるという時点で、シチュエーションを楽しむコントであることが分かれば、後は大変楽な作業である。

無論、適当な話である。しかし、3年にわたって放射能に関する話で怖がらせていた読者に対して、いきなりその原発事故のリポートは記者の願望でした、などというドッキリ大成功万歳が炸裂したらば、多くの読者が笑いながら朝日新聞を解約するのも当然である。ある意味、朝日新聞の経営的にも最高のドッキリである。

=毒電波=[編集]

しかし、一連の朝日新聞による放射能汚染に関す報道を、最後の最後まで信じ続けようという人々は2015年2月の時点でも存在しており、その結果、朝日新聞は放射能以上に一部の読者を汚染していることが判明するのもまた悲しい事実である。

中でも、小学館が刊行する週刊ビッグコミックスピリッツに不定期連載されている大ヒット漫画「美味しんぼ」の原作者として一世を風靡した雁屋哲氏は、もっともひどい放射能恐怖症患者であるとされている。特に2014年5月、朝日新聞が吉田調書をスクープとして取り上げたのと同じ時期に、美味しんぼにおいて福島第一原発を視察した登場人物が鼻血を出すという話を掲載。さらに作中において「放射能に汚染されている福島県に人は住むな」というメッセージまで発した結果、即座に読者及び多くの人々から雁屋氏はキチガイであると認定される。もちろん、掲載直後に雁屋氏が提示した各種データ及びインタビュー、さらには実際に福島第一原発に取材した際に鼻血が出たという話はインターネット他各種媒体で内容が検証され、瞬時にデータのとんでもない不備が明らかにされ、ようは作者の妄想と単なる鼻の粘膜の傷であると喝破されることとなる。

その結果、美味しんぼはそれまでに積み重ねた名誉のほとんどを失うと同時に、鼻血んぼというありがたい蔑称が冠されることとなる。

その後、事態は沈静化。雁屋氏が何を言おうともキチガイじゃから仕方ないという生暖かい目で、氏の経過観察が行われている状況であったのだけれども、残念なことに雁屋氏の病状は朝日新聞の謝罪会見後も悪化し続け、2015年2月に美味しんぼにおける放射能問題に関する反証本「美味しんぼ『鼻血問題』に答える」まで刊行するのだから悲しい話である。しかし、美味しんぼの刊行元である小学館は、雁屋氏の渾身の反証に関してはまったくノータッチで、結局、本来であれば1月に出版するという話が、いつの間にか遊幻舎という雁屋氏の個人レーベルから1月遅れで出版せざるをえなかった時点でだいたいどういった話か、さらには裏でどんなやりとりがあったかぐらいは分かる。実際、その検証本には、まったく懲りることなく美味しんぼの鼻血の問題に関する作者の考えが記載されているのだけれども、それがまた、読むに堪えないレベルでひっでえのなんの。

とりあえず、鼻血以前に美味しんぼにおける数々のデータの不備を棚に挙げ、持論に終始する時点でいわずもがな。目次に「福島の人たちよ、逃げる勇気を」とか書いている以上、読む必要がないと判断するに十分である。その上、出版数が少なすぎて探しても探しても見つからないときた。あわせて、福島県で生活する人、そこで商売をする人、さらには福島県を愛する人にとって、雁屋氏のこの反証本が、いつ風評被害とヘイトスピーチとヘイトクライムの実例として取りざたされるかについても、ある意味、チェックが必要である。ある意味、放射能よりもたちが悪いものがそこにある。

反証本への反証[編集]

そんな雁屋氏の反証本について、まったく読んでないけれども気にしないで反証する。むしろ、マジメに読んで反証することすら馬鹿らしいものが世の中には存在する。というわけで、2015年2月の時点で、雁屋氏の恐れる福島の残留放射能について説明すると、実際にガイガーカウンターや特設サイトなどで確認できる数値以外の情報については、特に気にすることはない。もちろん、情報が少ない中、覚悟を決めて帰還していく福島県の避難区域の住民にとっては、雁屋氏の著作であったとしても、数少ない福島県に関する情報を記した本である以上、雁屋氏の反証本にも何かしら有意義な情報が含まれている、かもしれないと手に取るかもしれない。けれども、たとえそれが真実であったとしても、それを信じるまでに必要な労力のことを考えると、まずは手を離すべきである。そもそも、悪名高き美味しんぼで積み重ねた失態のほか、それ以外の雁屋氏の積み重ねた行為を抜きにして、福島のことだけ信じろというのは無理である。

ある意味、朝日新聞の木村社長が朝日新聞には捏造はありません、誤報でしたという並の信用度の高さである。ついでに、日韓併合以前から朝鮮戦争後も含めて全ての時代で売春婦と彼女達を買う女衒と呼ばれる職業人がいた朝鮮半島において、第二次大戦のみ日本軍が一般女性をさらって売春婦にしたとかなんとかいう韓国における真実とやらを、日本人だったら信じて当然とかいう話にもそっくり。

そのため、せめて1円玉よりも高い信頼、それも寝かせた1円玉よりも厚い信頼を築いてから読者を説得してもらいたいという話もそうだけれど、福島県会津地方のように、まったく放射能とは関係ない地域の人たちにまで放射能への汚染からの避難を呼びかけるという時点で、雁屋氏は朝日新聞のこの記事に毒されてる可能性が高いなんてもんじゃない。

まぁ、あれだ。思想の大本に福島県に関する風評被害やヘイトスピーチを善意の名の下に発し続けようとしか思えないコント集団ザ・朝日新聞がいる以上、影響を受けた人物にはこういった直接的なヘイトクライム、現実に差別による被害を出すような質の悪い笑いを手がける人間が出るのも仕方ない。

原爆とフクシマと[編集]

実際、日本と言う国が一度ならず二度も、原爆によって放射能とそれに関する恐怖、デマ、若干の事実に汚染された結果、すでに日本の教育と文化には放射能への恐怖と、それに伴う差別意識が根強く刷り込まれた状態である。実際、なんの情報もデータもなかった終戦直後において、放射能の被害と噂はそれこそどこまでも拡散、広島はヒロシマになり長崎はナガサキとして世界中に原爆の悲劇を広めつつ、10年以上に渡って出身者への差別が続いたことも悲しい事実。そのため、福島もまたフクシマとして発生から10年程度までは、放射能への恐怖に関する煽りや、フクシマから逃げ出さない姿勢への批判といった話が出てくるのも仕方ない。

なおかつ、発信者がそういった歴史的な話を無視して自分の鼻血だけを証拠と言い張るキチガイである。

問題は、どうしてそういった問題をキチガイどもが引き起こすのかという話である。結局は、マスメディアがヒロシマやナガサキの話を現在において検証しないことで、いつまでも不安で人々をコントロール。不安を煽ることで、新事実だの、新たな発見などと称して、彼らのサイフから情報量と称するお布施をいただくよう、ある意味、システム化することになっても仕方ない。

ある意味、ベントラーベントラーと言って、宇宙友好協会の言う宇宙人とのコミュニケーション方法を実戦する1970年代の中高生と同じ光景であり、根本にはいたいけな子供を引っ掛ける笑い話程度の、よく考えれば誰でも分かる仕組みのホラである。同じように、フクシマガーホウシャノーガーコウジョウセンガーのほうもまたしかり。

実際は、過去の事例と様々なデータを検証した結果、福島改めフクシマ程度の放射能では永遠に思えるほどの長期間、住民を苦しめ続けることは不可能であることが判明している。にも関わらず、震災から4年たってもまだフクシマに人は住めないなどとのたまう人間が出てくるのだから、検証されない過去というものは、本当にどうしようもない。

キチガイとその大元もまたどうしようもない。そこにカネがからむとさらにどうしようもない。

放射能に関する不安教[編集]

結局、こういった話の根本をたどると、目に見えないものに対する恐怖という1つの思想にたどり着くことになる。それは、いわゆる空気を読むだの同調圧力といった日本文化における重要なファクターにもつながっている話である。だけれど、いかんせん、キチガイがそいつを振りかざすことで実害を伴うなんて話になるとファクターどころの騒ぎではない。

そのため、せっかくなので、キチガイの思想についても過去の事例から検証すると、まず日本の歴史上、天災や戦乱、さらには社会不安に乗ずる形で、いつの世にもそういった目に見えない恐怖に対抗するための思想が形成され、日本の仏教に各宗派が出来上がっていったという話がある。そういった目に見えない恐怖に支配された結果、フクシマに住む人々全員に逃亡を勧めるなんて話と末法思想には確かににかぶる部分が多い。けれど、いかんせん、今は鎌倉時代ではないわけで。目に見えない何かと言われても、目に見えるようになってる世の中なわけで。

というわけで、日本はすでに広島と長崎、はたまた東海村JCO臨界事故といった形で、強烈で強大でかつ、えっぐいデータが取り揃えられており、フクシマ程度の放射能に関する恐怖についても数々の反証が存在。そもそも、基本、ヒロシマとナガサキという話がある以上、除染しなくても10年で原爆の爆心地でも人が住めるという現実の前に、果たしてコント集団、ザ・朝日新聞とそのファンたちがどうやって自説を維持するかが見ものである。さらに、率先して人々を笑い殺すために教えを説く放射能教の人々が、こんな小学生ですら知っている話に対してどう反論するかもまた見ものである。すなわち、いったいどういった形で彼らはこういった反証を乗り越えて、その信仰を維持していくかもまた、ある意味、見ものである。

とりあえず、こういった宗教みたいな形で見えない恐怖が広まると、どうしても治らない病気レベルで信じてしまうひとは出てくるし、治そうとしてもまず治らない。けれど、伝染させないよう心がけることは重要である。

まぁ、重要もクソも、今後、福島県に人が住んではいけないという話が真実だとしたら、福島以上に被爆した広島県長崎県からも住民に脱出するよう呼びかけないといけないという話だけで、普通の人間だったら気がつくはずである。まぁ、雁屋氏は気づかなかったようだけれども。

残留放射能というもの[編集]

もっとも、放射能というものは危険である。それは当然である。そして、反証することで放射能の危険性が無くなるわけではない。むしろ、フクシマにおいても人が住むには危険な数値が出ている地域はまだまだ多い。けれども、過去の情報を精査せず、比較もしないでイメージだけで語られても困る。ほんっとうに困る。

実際、原爆でやられた広島や長崎では、数年にわたって高濃度放射能汚染物質が爆心地周辺に残ったため、放射能の被害が長期間にわたって人体に影響を及ぼしたことは事実である。そらそうだ。プルトニウムを爆発させたらプルトニウムがばら撒かれるのは当然なわけで、そこから多くの二次的な被害が出るのも当たり前なわけだけれども、福島は別にプルトニウムが爆発したわけでもなんでもなく、水素爆発で建物や炉心が破壊された結果、高濃度に汚染された空気や水が外部に流出したという話であるため、プルトニウムによる核分裂とそれに伴う爆発によって人体に有害な核物質がそこらじゅうにぶちまけられて周囲の物質を軒並み汚染。ヒロシマやナガサキにあったコンクリートや木やらなにやら、さらには人体も含めて、数年にわたって高濃度の放射能が観測されたとかいう話とは大きく違っており、基本的に福島第一原発の場合はセシウムに汚染された空気や水、ホコリなどが主な放射能の汚染原因となっているため、そもそも、いくら高濃度だからって、放射能に汚染された物質の総量がチェルノブイリやヒロシマ、ナガサキなどの地域と違いすぎ。

そのため、そもそも放射能の量も放射能に汚染された物質のトン数も広島や長崎に比べて少なく、そして、3月12日に原発の建屋が爆発した当時は西風によってそれらの汚染された物質が軒並み太平洋へと流されたため、いくら原発内部の核物質の量がヒロシマやナガサキ以上だろうと、放射能の量がチェルノブイリの6分の1程度の汚染だろうとなんだろうと、実際の残留放射能はあくまでも避難区域及び原発から半径30kmがメインとなる。

とりあえず、そこに住み続ける住民に対して逃げる勇気をという話であれば、わざわざ名指しでキチガイとかいう話にはならない。むしろ、人として政府として当たり前の話になる。

けれども、その話を拡大解釈して、その程度の話を恐怖にまで引き上げて、そこから思想や宗教にまで昇華しようだなんてレベルで、福島県に住む人々に逃げる勇気を、だなんて話がまかり通るとさすがに問題である。実際、某原作者の発言については、ウクライナベラルーシですら、高濃度に汚染された地域でも、普通に人が住んでいる程度の話で一瞬に崩壊する。とりあえず、一度汚染されたら二度と帰られなくなるという思想というか妄想に凝り固まって、実際の世界がどうなっているかを考えられない、思想がそこで停止するから、キチガイと言われても仕方がない。

そのため、1つ1つ毎日のデータを拾い集めて避難区域の住民の帰還時期を計算する人々と、その時期を早めようと除染活動に取り組む人々を思えば、除染活動には意味がないとは到底いえない。どこぞの美味しんぼで思いっきり言った結果、雁屋氏がキチガイ扱いされたわけだけれども、普通の人間であればそんなことは言えない。普通じゃないことぐらい知ってるけれども。

あわせて、原発周辺地域に広がった汚染された空気および水、ホコリの主な汚染原因であるセシウムについても、基本、水溶性であるため、毎年毎年、福島で雨や雪が降るたびに地表のセシウムが水に溶けて放射能の汚染が薄まっていき、さらには放射能に汚染された水も土もホコリも太平洋に流れこんで希釈されることが分かっている。にも関わらず、事故から3年経ってもまだ放射能の危険を今知ったかのように語り、原発を視察した際の本人の鼻血だけで繰り返し福島県の住民に避難を訴えるという人間が出てくるというのが実にまったくひでえ話であり、そんなキチガイの発言の根本にあるのが協会賞を獲得した栄誉ある朝日新聞のルポルタージュ、プロメテウスの罠、かもしれないという時点で、これはそういうシチュエーションを楽しむコメディである。

ある意味、残留放射能が最も多く存在する箇所を示す一大コントである。普通、脳内には放射能はたまらないはずなんだけれども、まぁ、朝日じゃからしょうがない。

住民への注意喚起と風評被害の境目[編集]

このように、すでに放射能恐怖症教の一大聖典及びジョーク集と化した感のあるプロメテウスの罠であるけれども、2011年10月から2014年5月までのその価値の高さは否定できない。そして、福島県に対する放射能への注意喚起を全国に向けて発信しつつ、福島の今を伝えた功績は、吉田調書の問題さえなかったらたたえられるべき偉業である。けれども、それは、一時的な話である。だのに、2年目でも3年目でも連載開始時と同じように不安感をマシマシで報道を行い続けた結果、肝心要の吉田調書のスクープに仕掛けられた大型爆弾に気づかないままスルー。それも普通に原発周辺の情報を取材して原発の関係者としっかりとした人脈を築いていればすぐに解除できた爆弾を、盛大に見事にある意味、美しく爆発させた時点で、プロメテウスの罠および朝日新聞には存在価値はほとんど無くなる。けれども、その後も残留放射能だのなんだのとしつっこいことこの上ない状況が続くものの、よくよく見るとまだまだプロメテウスの罠には使い道があることが分かるようになってくる。

それは、2015年2月の時点でも他のメディアが東日本大震災及び福島第一原発事故を扱うことに及び腰なのは、事前の情報が少ないためと、もう1つ、放射能関連でキチガイにめぐり合う可能性が非常に高いという話がネックになっているためである。けれども、だからこそ、とりあえず朝日の側が風評被害という大きな目印があり、プロメテウスの罠もそれに該当する。つまり、朝日新聞の特性として、まるで誘蛾灯のごとく常時キチガイを引き寄せるため、他のメディアはなるべく朝日関係者を省いて記事を作成することで、読者の信頼を得られる可能性が高い。そして、より狂気の少ない、地元目線にたった形でのルポルタージュを作成することもまた可能になる。

あわせて、朝日新聞以外のメディアがなるべく全力で心をこめて離れるべき連中についても説明すると、基本、反原発だの放射能だのなんだのといって、国会議事堂前で暴れている連中と、これまた米軍基地前で好戦的な平和運動をやっているバカどもは、毒しんぼの原作者と同じく、朝日の毒電波が脳に達している。そのため、自分たちの仲間の言葉しか信用できない上、自分達以外の語る真実を強烈に否定することで知られている。

まぁ、だからこそ、アンサイクロペディアではプロメテウスの罠を見ても安易に否定はせず、これはジョーク集だとワンクッションをおくように書いている。たとえ自分の考えの否定につながったり、日本にとっての損失であっても、安易に自動的に感情的にわけもわからないままただ朝日であっただけで存在を否定すると、いずれああなってしまう。二度と元に戻れなくなってしまう。そのため、自分の見方がああならないようにこころがけることは本当に大事である。そして、自分の味方がああならないようにこころがけることも重要である。

とりあえず、いつの間にか自分達の味方が福島みずほ山本太郎しかいなくなってしまったなんて状況にならないよう、福島県の話題に切り込むマスメディアは注意しないといけない。

事実、そんな朝日新聞のシチュエーションを楽しむコントとは裏腹に、日本の様々な表現媒体が朝日新聞以上に福島第一原発の問題に切り込み始めている。中でも講談社の発刊する週間モーニングで連載された漫画いちえふは、電波んぼとかいうバカ漫画とはまったく逆の、福島の放射能問題に関する良質なルポルタージュとして読者及び日本人の大きな信頼を勝ち得ることに成功、実際に福島第一原発で働いた作業員による現場報告が、どれだけ国民に浸透しつつ朝日新聞の日本新聞協会賞を木っ端微塵に砕いたかは定かではない。けれども気にしない。とりあえず、不安ばかり煽るコント集団とは違い、時勢を読むことに敏なモーニング編集部はその誌面において福島県の復興についても余すところなく描写。加速度的に安全な場所が広がっていく福島の希望をしっかりと全国へ伝えている中、木っ端微塵に砕かれた朝日のほうはいつまでもいつまでも、反原発だの放射能だのといった思想のもとでキチガイを生み出す風評被害とヘイトスピーチを繰り返す立場へと追いやられるのだから、時流の境目というものは恐ろしい。

ちなみに、いちえふがここまで売れたのは、徹頭徹尾朝日新聞の報道を信用してない人間が福島の今を伝える表現に飛びついたって側面もあらあな、きっと。

けれども、そうはいうても、プロメテウスの罠かて集狂に近いしゅうきょうである以上は、放射能汚染で苦しむ人々のために、いつまでもどこまでも放射能への恐怖を伝え続けなければいけへんねんて、経営的には。まぁ、どこの新興宗教もそうやって金を稼いできたのが歴史というものである。

その結果、信じがたい速度で朝日新聞離れが進んでいるけれども気にしない。そのまま桜草に覆われた道を栄誉とともに歩むほかない。

なんて楽しい風評被害[編集]

こういった、日本でもっとも信頼のおけない報道機関である朝日新聞によるルポルタージュ、プロメテウスの罠か、もしくは笑うだけなら実に簡単なコント集団、ザ・朝日の鉄板ネタ、プロポリスのワラビーかは不明であるものの、こういった一連の情報が福島県に何をもたらしたかについて考える。

というのも、全国に販売所を持つ朝日新聞の情報発信力は、まだ、それなりに、ある程度は、きっと、多分、維持されており、その結果、福島県に関するヘイトスピーチ及び風評被害、さらにはそれに伴うヘイトクライムの影響はまだまだ現地においては大きいものがある。もちろん、吉田調書の問題がなかったら、放射能に関する注意喚起とも言えるけれども仕方ない。

特に、復興が本格化している福島県の地価の上昇については、いくら社長の謝罪会見からなんちゃらのワナビーとかいう記事における放射能に関する情報が抑えられていったとしても、だとしてもまったくの低空飛行すぎるという話があり、いわき市などの一部地域で住宅価格が上昇しているという話の他は、日本中がアベノミクスで経済が上向きになり、宮城県岩手県の被災地でも地価もそれなりに上昇してはいるものの、いかんせん、福島県のそれは未だに滑走路に止まった状態である。それも、高速道路インターチェンジ付近や、周辺の一等地、さらには東京電力や国から莫大なふんだららをふんだららした被災者たちが大勢いる土地以外にも、福島県全域が、復興の進捗状況と比べてなぜだか大変に安い地価となっており、そのため、大変にふんだららしやすい話がそこにある。

別に、フンダララなどといわずに意図的な報道で地価を抑えることで、朝日新聞が経営している不動産やその関連企業が安く土地を買って転がして儲けることも可能だよなあ、という話もできるのだけれども、さすがに福島県の内実がよく分からない以上、パパパヤパパパヤぐらいに抑えておく。

なお、こういう話の際に大変に参考となるのは、新潟県新幹線が通る土地を買いあさった田中角栄元総理大臣の話であるけれども気にしない。むしろ、そういう話になることは、原発事故が発生した時点から予想できたため、そういう地価が上昇するような話を放射能やらなにやらの話で押し込めて地価を抑えておくことでふんだららったほにゃらかぴーすることぐらい、バブル時代の地上げの際にはいくらでもあったことである。

そのため、2015年3月1日に全線開通することになった常磐自動車道の話なんざ、2014年2月の時点ではアホみたいにニュースになっておらず、東北地方と首都圏を結ぶ大動脈が完成し、復興のスピードの加速が約束されたも同然だってのに、経済的な話もクソもありゃしねえ。まぁ、あれば地価に影響するからしょうがねえ。結局、こういった後の復興利権に絡む話が続々と生まれている中、関連企業のスムーズな商売を手助けするために、朝日新聞のこの記事がどれだけ有効かという話である。まぁ、こういった不安材料で踊らされて安値で土地を売却させて、ほんだららったした上で、復興が加速すると同時に地価も急上昇、スイスイスーダララッタできる環境が整えられている。

よくある話である。そして、不動産についても嫌がらせ気分で適当に思いついただけの話である。

それいけぼくらの低線量被爆問題[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「低線量被爆問題」の項目を執筆しています。

プロメテウスの罠におけるトレンドの一つに、低線量被爆問題という人体に無害とされる放射線の値であっても、長期間被曝し続けることで人体に害を与えるという、広島市民、長崎市民、さらには常日頃低線量の放射線を浴び続けているX線検査技師にケンカを売るような話題がいつまでもどこまでも取りざたされている。ようは、チェルノブイリ原発事故で子供達に甲状腺がんが多発したのは、長期間低い値の放射線にさらされたためだの、放射能に汚染された食料を摂取し続けたためだのという話を事細かに取り上げることで、目に見えない不安や政府が隠蔽しているデータ、さらには子供達に多くの被害が出ているに違いない、といういつもの三段論法を使いやすい場を取り繕っている、ただそれだけの話である。

まぁ、正しい意見を述べる自分達は正しいという雰囲気を作り出し、自分達こそ正義、という茶番を行うためには、こういう下準備しておかないとマスコミはかっこつけられないためしょうがないっちゃしょうがない。実際、福島県では2015年2月に18歳以下の児童8人に甲状腺がんの疑いが見つかり、そのうちの1人が甲状腺がんだったというニュースが出ている。そして、福島県では福島第一原発事故が発生して以降、2013年12月までに県内の18歳以下の子供達全員に甲状腺がんの検査を実施。その結果、30人以上の甲状腺がんの患者が見つかっていることもまた事実である。

という数字だけを見れば、それみたことか、低線量被爆は怖いという話に当然なるものの、基本、福島県の14歳以下の人口が約25万人、そして甲状腺を含めた小児ガンにかかる子供の割合が1万人に1人、そこから高線量被爆によって発症した分を差っぴいて考えれば、すいません。統計的に低線量被爆による影響が見受けられないんですが。逆に言うと、事故直後に高線量の放射線にさらされた住民も多い中、ずいぶん少ない数字に抑えられたなあ、とかいう話にもなるんですが。

とりあえず、こういった話は震災から1年、2年という時期においては重要な情報であったといえる。なぜなら、世界中の研究者からの様々な情報を福島県の放射能の問題に当てはめるためには、どんなキテレツかつキバツな説であっても捨て置いてはならず、しっかりとチェックを行い情報を出し続けることで住民の不安を緩和させることができるのだから。そのため、朝日新聞がしつこく低線量被爆の問題を取り上げても特に問題はない。しかし、それが3年目になるとさすがに現場の状況とキテレツな説の差がはっきりと見えるようになり、少なくとも、福島県内の病院を取材すれば、甲状腺がんの増加もその他のガンの増加も特に目立ってはいないことが分かる、にも関わらず、いつまでも怖い怖いといい続けるメディアがそこにある。なんせ、チェルノブイリにおける児童の甲状腺がんの増加ってものが実にまったくアレのアレのアレという数字であるからそれも仕方ないのだけれども、その裏側を説明するだけでものっそく楽しくなる。

本当に楽しくなる。

開けてびっくりベラルーシ[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「チェルノブイリ原発事故」の項目を執筆しています。

1986年にウクライナで発生したチェルノブイリ原発事故は、数々の悲劇を生み出した人類史に残る悪夢だったことは確かである。中でも、子供達に関するガンの増加はひどいもので、隣国ベラルーシでは事故発生3年目から飛躍的に小児ガンの子供が増加、そのデータだけを見れば誰だって低線量被爆の恐怖を思い描くことになるものの、すんません、どう考えてもあの時代のあの状況を福島と当てはめるのは無理でござんす。

というのも、原発事故から3年ということはつまり、ベルリンの壁崩壊から始まる東側諸国の一連の政権交代、さらにはそこに思いっきりソビエト連邦の解体による社会不安が重なっていったため、低線量被爆以前に住民の多くが高線量被爆地域からの避難すら出来なかった時期である。なおかつ、ウィキペディアを見れば分かるように、チェルノブイリ原発はウクライナとベラルーシの国境付近に存在、てゆうか、目と鼻の先。その上、当時の天候が南風だったため、原発が爆発した際の放射性物質が、北側に位置するベラルーシへ全体の70%ほど飛来したという状況であった。そのため、気をつけないといけないのは、チェルノブイリとベラルーシの関係は、遠く離れた隣国にまで及ぶ放射能被害の恐怖、とかいう話ではなくて、すぐ目の前の隣町におよぶ放射能被害であり、そらあひどくなっても仕方ない、というのが位置的に見ても放射線の数字的に見ても正しいところである。と同時に、ただでさえ国土が汚染されまくっている中でベラルーシの独立問題も浮上、政情不安の中で高線量被爆地域の子供達の食糧事情も衛生状況も極端に悪化し、そこかしこでチェルノブイリの放射線が原因と見られる甲状腺がんが多発することになる。むしろ、この環境で多発しなかったらビックリである。

という前提条件を抜きに福島県内の低線量被爆が児童の甲状腺がんを引き起こすという話へつなげようというのもアホな話である。

そのため、ベラルーシでは事故から3年後になって飛躍的、爆発的に小児ガンの患者が増加、5年後には毎年50人を超える児童が甲状腺がんを発症させることになったのだけれども、2014年まで33人の小児甲状腺ガン患者のいた福島県では、さすがにそんな食糧事情とも衛生状況とも、さらには飛散した放射性物質による汚染状況ともはるかに違っており、事故から3年後の2014年は1年でわずか1人という数字が出てくる。もちろん、政府が隠している可能性もあるため、朝日新聞は福島県内の医療機関のチェックを忘れずにしてもらいたいもんである。いきなり、30人もの新しいがん患者が出てくる可能性だって存在するわけだから。多分。

ちなみに、2014年11月にプロメテウスの罠で低線量被爆を取り上げた際、朝日新聞が取材した研究者は「低線量被曝による鼻血の可能性は専門家の一致した見解として否定されている」という文言をプロメテウスの罠に組み込んでほしい旨を再三再四要請したものの、朝日新聞はそれを拒否。別の研究者が違う意見を唱えているということで、この文章は記載されることはなかったのだけれど、ことここにいたれば諦めるほかない。朝日だもの。

ヒロシマ・ナガサキ・ワカメの味噌汁[編集]

そもそも、そんなに低線量被爆による子供の甲状腺ガンの発生が気になるのなら、チェルノブイリ以前に発生したヒロシマだのナガサキだのといった悲劇をまず持ってくるのが当然で、10万人以上もの放射能被爆で亡くなった人々のことを調査すれば、子供の甲状腺ガンといったデータは簡単に見つけられるはずである。にも関わらず、なぜだかチェルノブイリに固執する固執する。

まぁ、そのカラクリは実に簡単な話で、どうして子供達を中心に甲状腺ガンが増えたかといえば、基本、子供の甲状腺にはヨード、もしくはヨウ素と呼ばれる体内の成長ホルモンの元となる元素が蓄積される仕組みになっており、そこに放射能に汚染されたヨウ素が長期間にわたってたまり続けることで周辺の細胞がガン化するという一連の仕組みが存在するのだけれども、このヨウ素という元素は、内陸国でしかも政情不安の最中にあったベラルーシでは摂取するのが大変に難しく、結果、汚染されたヨウ素が長期間体内に残留し続けたのであるけれども、島国日本では、海産物から普通に取れる栄養であった結果、かどうかは知らないけれども、ヒロシマ、ナガサキの被爆者の中で、甲状腺ガンにかかった児童がいたなんて話はあったかもしれないけれども伝えられてない。けど、ワカメの味噌汁を飲むだけで防げるガンというものは、ある意味、これぐらいである。のだけれども、なぜだか、いつまでもどこまでも伝えられる低線量被爆による子供の甲状腺ガンの恐怖。

おう、分かった。早速、チェルノブイリのネックレスとしてウィキペディアの記事になった首の手術痕の話を、ヒロシマ、ナガサキで確認してみてくれ。

結局、日本のように常時海産物からヨードを摂取できる環境と一度ならず二度も被爆した歴史を持つ国において、過去の事例に当たらずに海外からの情報のみを妄信するというのは、そういう笑い話だけで十分である。あわせて、朝日新聞の記事を信用するには、これぐらいの多岐にわたる周辺調査が必要になるため、基本、信用しないほうが無難である。なんせ、ヘタに情緒に乗せられて信用してしまうと、後になって調べれば調べるほど、違うだろそりゃって話ばかり出てくるため、ある意味、酔っ払いのたわごとと大差ない。もちろん、そうだと分かって聞く分には、十分に面白いことも確かである。

関連項目[編集]