プラスチック

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プラスチック(plastic)とは、人類への貢献度が非常に高いのにも拘らず、人類から非常に軽んじられている透明物体である。

活躍[編集]

プラスチックは、真っ黒な色をした石油を精製して得られる夢の物質だ。軽い、透明、大量生産可能。日本でも高度経済成長期あたりから大ブレークし、飲料、食料品、電化製品などを守るための外装にプラスチックが使用され、巷に家庭、あらゆる所へプラスチックは溢れ、元々の専売特許だった日本酒の容器や、陶器が幅を利かせていた日々の食器もプラスチックでできたペットボトルに取って代わられた。

同族食いを強要されるゴミ箱もまた酷使されているのだった。
プラスティック・メモリーズ

しかし、早くも彼らの人気は翳りを見せるようになる。というのも、数ヶ月間の使用にしか耐えうる能力が備わっておらず、白濁するか黄色に変色し、ヒビが入ったり、を近づけるとすぐ炎上した。全くもってだらしない連中である。それに、彼らは所詮「殻」という認識しかされていないことが多く、コカ・コーラの容器の座を奪ったのも束の間、瓶であれば店に返しに皆が行ったのに対し、プラスチックは再利用されることなく、それまたプラスチックでできたゴミ箱にポイであった。また、ステンドグラスはあってもステンドプラスチックが無いように、重量感や、叩いた時の音、ガラスと違って触った時に常温であるため、ガラスと比べてチャッチィ印象を与えているのも大きい。

しかし、ペットボトルの運命などまだマシな方である、中身が故障するという憂き目にあった洗濯機ステレオなどの少し大きい空蝉プラスチックは粗大ゴミと名前を変えられ、金子を払わないと市が引き取ってくれさえしない、「厄介者」となる。もちろん持ち主もさっさと捨てたい気持ちであるが、金は払いたくない。というわけで捨てる場所として群馬県の山中を想像するのは無理も無いことだろう。無論、群馬でなく、たとえば山口に住んでいるというのなら、うずしおの中に捨てるのが道理というものである。

そうして人間によって生み出され、人間の都合で使用され、人間の都合で放置プレイされたプラスチックは、静かに死を待つのかとおもいきやそうではない、彼らは、ほぼ捨てられたままの状態で生き続ける。自分を装飾していたペイントが剥がれ、雨に打たれ、土に埋もれてナメクジの巣になっても彼らは分解されることない。

誹り[編集]

人間というのは例えるならば玉子の白身のようなものである、先頭が進めば、ぞろぞろと「みんなやってます」ついてゆく、一人が山にゴミを不法投棄すれば、ずるずると皆不法投棄に便乗する。夜やってきてはゴミを積み上げ、朝に残るのは浮かばれない"元"道具たちである。

しかし、人間というのは、不法投棄を行う業者ではなく、まずゴミに不快感を示し、「早く撤去してよ!」と喚く。まぁ道理である。しかしそれは、背景にある事情を察そうともせず町のホームレスを「社会の屑」と無責任に糾弾する人間にも似ている。昔は、物を99年又は100年使うと道具に魂がこもり、「付喪神」になると呼ばれたが、(九十九と書いて「つくも」と呼ぶのはこのため)現代のようなプラスチックを使い捨てにする社会では付喪神の絶滅が危惧されるようになるだろう。

彼らに待つ運命[編集]

プラスチックゴミ.jpg

いかに豪華な物の外装を務めていようと、「おつかれさん」の一言も無く彼らに待っている運命は火炙りか、泥にまみれての永遠の放置である。捨てた主が忘れようと、彼らはいつまでもその場所で、その状態のまま待ち続けるのだ。

関連項目[編集]