フランス文学

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フランス文学(―ぶんがく)は、独創性に飛んで常に世界の文学界をリードしてきたフランス人が作り出した、フランス文学である。一瞥してまさに異常人格者と変質者のパンテオン(万神殿)の観がある。

目次

フランスの詩[編集]

「ボードレールはお坊っちゃん。」
フランス文学 について、太宰治

フランスの詩は禁断の果実といえよう。その詩人達は生涯そのものが冗談を越える冗談としか表現の仕様がないほどに酷い(詳しくはウィキペディアなどを参照)。あのクラウザー2世閣下に勝るとも劣らない。以下にその代表格をあげる。

代表的詩人① ヴィヨン(1431年? - 1463年以降)[編集]

フランソワ・ヴィヨンはフランスにおける近代詩の創始者である。神父をSATUGAIして死刑判決を受けるなどのパッションの発露から、無数の詩を生み出した。『遺言詩集』や『卒塔婆小町長恨歌』が有名。日本においては太宰治リスペクトしており、自らをヴィヨンになぞらえた『ヴィヨンの妻』という作品を残している。「嘘がすらすらと出てきました」の名言を生んだ傑作コメディである。

『遺言詩集』では形見として残すものとして「誰々にはあの居酒屋の看板を(勝手に持っていけ、俺が許可する)」などと長々と列挙した後、「俺に残せる遺産や形見なんかある訳無いだろう(バーカ)」と締めくくっている(ちなみに中世ヨーロッパで「形見分け」はよくある風習である)。この荒唐無稽な歌風がその後のフランス詩の流れを方向付けたといってよいだろう。

恩赦で命が助かった際にはさすがに嬉しかったようで、権力にこびへつらった詩を残している。

代表的詩人② ボードレール(1821年4月9日 - 1867年8月31日)[編集]

ボードレールはフランス詩中興の祖である。莫大な親の遺産を数年で食い潰して破産するなど、ダンディズムの実践者として名高い。信者にはショーン・コネリーがいる。コネリーの、あの額から頭頂にかけて禿げた髪型はボードレールへのオマージュである。『悪の華』『パリの憂鬱』などを発表している。

『悪の華』は「金の無い遊び人が熟女売春婦の垂れパイにしゃぶりつくように」悪徳を恋い慕っている。「レスボス島」などの卑猥な詩が多く、検閲で中身を削除される場合が多かった。自らを「アホウドリ」になぞらえ、「何もしない」という無気力な生き方を宣言してニートのさきがけとなった。また『パリの憂鬱』では「ダイナマイトの樽の上でタバコに火をつける」「ガラス細工売りを騙して階段から突き落とす」等の妄想に浸っている。麻薬中毒者というハイカラな一面もあり『人口楽園』に詳細な記録を残しているらしい。まさに犯罪者予備軍の典型であったが何もしないうちに死去した。

代表的詩人③ ロートレアモン伯(1846年4月4日 - 1870年11月24日)[編集]

伯爵を名乗っているがその実態は南米からやってきた変態青年イジドール・リュシアン・デュカスである。なぜ変態かといえばある少年を溺愛して虐待する倒錯者だったからである。

『マルドロールの歌』はその少年に捧げられている。「ガキンチョを爪で引っかいてやると、なんていい気分になるんだろう」と歌いだし、「俺はメスの鮫とファックする」「神が売春しに降りてきて証拠隠滅に苦労した」「神が天から転がり落ちた顔の上に、三日三晩糞を垂れる」として「ガキンチョにロープをつけて振り回し、塔のてっぺんか放り投げてやる」と結んでいる。出版社は「発禁処分になる」ことを見越して出版を拒否した。その後、おそらく天罰が下ったと思われるが、二十代の若さで死亡した。

代表的詩人④ ランボー(1854年10月20日 - 1891年11月10日)[編集]

『地獄の季節』などの作品を残した天才少年。しかしホモの先輩詩人ヴェルレーヌの餌食となって、詩を放棄した。貿易商人になって異国に逃亡したが長生きできなかった。映画作品『ランボー』は彼の詩を読んだ映画監督が妄想を膨らませて制作したと言われている。

代表的詩人⑤ ヴァレリー(1871年10月30日 - 1945年7月20日)[編集]

自叙伝『テスト氏』で「夜寝ていると体が光りだす」と告白しているため宇宙人と推測される。彼の創作活動にブランクがあるのも故郷の星へ帰っていたと推測される。物理学に傾倒し(それ関係の本を大量に所持していたと知人が証言している)アルベルト・アインシュタイン相対性理論を研究しているあたり、宇宙船の故障でやっきになっていた。

「神無き神秘主義者」を自称するなど科学の高度に発達した世界からやってきたと考えられる(『樹についての対話』で樹木に愛着を示していることからして、環境破壊が大問題になっている星なのだろう)。思想的にはアンチ・プラトンで、ある対話編で「貝殻」の生成過程について熱く語っている。また変質狂的な日記マニアであり膨大な量の日記・ノート(『カイエ』)を残している。フランスが地球外生命体との外交関係を重視したため、死後に国葬された。

代表的詩人⑥ コクトー[編集]

詩人なのに詩よりも小説の方がおもしろい人。本人曰く「これも詩」なのだと。「痩せた文体」で知られ、限界まで減量することを信条としていた。そのためにアヘンまで使用し、ミイラのように痩せた記念写真を残している。また「悟り」と題した詩などはキャバクラや売春宿を推奨しているとしか思えず、フランス式の無節操なポジティブさを受け継いでいることが窺える。

フランスの小説[編集]

フランスの小説は多いが、作家たちのキャラは詩人に比べてやや薄い。しかし『ルパン』が最も代表的な作品であることを勘案すれば明らかなように反社会的で犯罪を賛美する傾向が非常に強い。

代表的作家① カミュ[編集]

二次大戦中にドイツ軍相手にレジスタンス活動したテロリストである(ドイツ軍の統治政策はうまく、フランス人にも割合に協力者が多かったにもかかわらず)。死因は交通事故だが報復によって暗殺された可能性も無くはない。

その思想を表明した『異邦人』はあまりにも有名。「太陽がまぶしかったから」人を殺す小説である。主人公ムルソーの精神構造は人間的な感情の欠落した犯罪者的思考回路を示している。ムルソーは作品中で事件を起こすまで積極的に犯罪を犯す理由が無かっただけであり、きわめて危険な人間であったことに変わりは無い。

また『ペスト』の物語最後の方で、銃を乱射して逮捕に抗う犯罪者コタールの姿は本人の自画像を描いていると思われる。

代表的作家② バタイユ[編集]

思想家としてのほうが有名で「生命は乱費されるもの」と主張している。『眼球譚』というポルノ作品は「オーシュ卿(便所の神)」の偽名で発表された。少女が皿のミルクに尻をつけたり、トイレに卵を流したり、奇抜な内容で名高い。発表に偽名を使ったのは内容があまりにもアレなので本名を晒すことをためらったと思われる。最後には教会で神父を愚弄した挙句に惨殺し、「新たな冒険を求めて」逃走する。

代表的作家③ アポリネール[編集]

一般的には「ミラボー橋」の詩人として知られる。しかし大量のポルノ作品を残しており、その作品はネット上のある奇特なサイトで和訳されている。主人公の少年が大勢を妊娠させた後、「国家の人口増加に貢献した」と誇らしげに語っているのが印象的だ。一人の女性とも責任を取らず、他の男達を騙して押し付けた。

代表的作家④ サン=テグジュペリ[編集]

良心的な作家として知られる。航空機パイロットだったが、その操縦技術については疑いがもたれている。

『人間の土地』では墜落と遭難の経験が語られているが、筆者の知能すら疑う記述が多い。まず、墜落したときに非常食すらつんでいなかった(どういうわけかワインはあったらしい。コーヒーは容器が割れてしまっていたらしいが、普通は割れるようなポットなど郵便飛行機のコックピットに積み込まないだろう)。「夜露を集めて水を得る」という思いつきは良かったが、他に適当な容器が無かったので飛行機の燃料タンクに入れて駄目にしてしまった(燃料の残りと混ざったらしいと考察しているが、普通の知能がある人間ならば考えるまでも無いことである)。挙句の果て、「世界は自分を見失って困り果てている、今探しに行くぞ、俺達が救援隊だ(実際に遭難しているのは自分たちで、救援が必要なのも自分たちである)」と記述している。彼が最期に行方不明になってしまったのも、当たり前かもしれない。

代表的作家⑤ ジョルジュ・サンド[編集]

本名オーロール・デュパン、恋多き女流作家。男爵夫人。男装趣味。リアル魔女疑惑。『フランス田園伝説集』は「水木しげる」的な意味で実に興味深い(「ロベールが死んだ、ロベールが死んだ!」はカミュの「太陽のせい」に匹敵する名言。いざとなったら「ろ~」と連呼しながら走り去ればよいことを教えてくれる。それで逃げられない場合は「太陽のせい」にすればよい)。フランス式変態の多面性を示す典型的一例といえよう。

代表的作家⑥ サガン[編集]

『悲しみよこんにちは』(18歳でベストセラー、パパの恋人を自殺させる話。「私の楽しみは金銭に依存していた」と正直に内省していたあたり、知性は高かったと思われる)などで知られる女流作家。よくいる流行タイプ。古本屋で「一束幾ら」はよくあるパターン(彼女の作品は百円の古本で売られているもの以外は全て贋作だと思われる)。商業作家としては天才(奇人の見本市たるフランス文学界の中では常識人の可能性が高い)。

代表的作家⑦ モーパッサン[編集]

一般的には堕落した作家と思われがちである(夏目漱石などからひどく嫌われていた)。しかし実際に短編などをよく読んでみると、実はそうではないと分かる。俗悪さを思うさま描く反面、悲恋に殉じるような主人公が少なくない(表面的な堕落の陰にストイシズムが見え隠れしている)。劣悪な世界の中に美しいものを見出し、筋を通す道を探っていたとも言えるだろう。その姿勢はロスト・ジェネレーションのヘミングウェイの描く「コードヒーロー(自己の美学に殉じるためにあえて世俗倫理を無視する)」や革命前ロシアのチェーホフが描く「未来への信念と忍耐」の思想に通じるものがある。また「俗にあって俗を超える」という作風はシェイクスピアに似ているかもしれない。モーパッサン本人が先天的梅毒(母子感染か?)で自分の未来が閉ざされていることを知っており、普仏戦争従軍で人間に絶望、最期には発狂・精神病院で生涯を閉じたことを勘案すれば安っぽい見方は吹き飛んでしまうだろう。救いのない世界を前にしてなおユーモアを捨てようとせず、移ろい行く現世をそれでも愛そうとさえする姿は悲壮でさえある(日本の古典『梁塵秘抄』などに近い感覚だと言える)。それだから「モーパッサンは馬鹿に違いない」「文学はここにいたって堕落」と断ずる漱石は表面しか見ていないことになる(これは日本のインテリがどれほど浅はかかを示す好例である。上辺さえ、さも真剣であるかのように取り繕えばそれで良いとでも思っているのだろうか。例えば「大きな音は音として聴くことはできない」と老子が言っている。現実生活における精神的な強さを持たず、見識と感性の浅い人間にはユーモアの裏に隠された真摯さが分からないのだろう。世界で一番ユーモアに富んでいるのは黒人とユダヤ人だと言われるのにはそういう理由がある)。加えてその作品は文章力が極めて高く、風景描写などはそのまま詩として読んでも楽しめる素晴らしい出来である。

代表的作家⑧ フーケー[編集]

『水妖記(オンディーヌ)』を書いたドイツの作家として有名だが、実はフランス人の父とドイツ人の母の混血(ただし自覚としてはドイツ人で、ドイツ人として軍に参加。その愛国的作品によって同時代のドイツで人気を集めた。男の子だけに母親びいきだったのかもしれない)。作中に見る妖怪キューレボルンの結婚生活への干渉は、小うるさい親戚や外野の暗喩と思われる。フランス人ならば直接露骨に書くであろうところを、ドイツ風にぼかして風刺したと考えられる。

代表的作家⑨ ゴーチエ[編集]

『死霊の恋』など幻想的作品を流麗な筆致で著したことで知られている。ボードレールなどにリスペクト(尊敬)されたらしいが、それもそのはず、その発想は近年の美少女ゲームとなんら変わりがない。吸血鬼のおにゃのこにアレコレ。他にもタイムスリップものの作品があり、古代ギリシャ時代の遺跡から過去に吹っ飛ばされる。お決まりのボーイ・ミート・ガール。あらわれた美少女は主人公が博物館で胸型(火山灰に埋め殺されたため、胸のあとが化石化して残っていた)に劣情をもよおしたあの女性だった! そしていいところで親父乱入で終了。まさにエロゲーの体験版のようである。

代表的作家⑩ ジッド[編集]

代表作『狭き門』でノーベル賞受賞。ガチホモゆえに天上の純愛を描くことができた。ヒロインのアリサは主人公の自分への憧れ、自分のイメージを守りたい一心でストレスに押しつぶされていく(「イメージダウンが怖くて」焼き芋が好きなことを告白できない静香ちゃんではないが)。最後には宗教ノイローゼになって、純潔のまま天に召される(ゆえに「狭き門」)。もしも主人公のジェロームが、一思いに押し倒していたならば悲劇は起きなかっただろう(最後のシーンで結婚した妹が妊婦として登場するシーンが対比的に描かれる)。ちなみに本作はジッドの実体験に基づいている。ジッドは妻を愛しつつも「女性にも性欲はある」という事実を知らずに放置しており、愛妻を世間一般とは逆の方向で悩ませていたらしい。 また『田園交響楽』では目の見えない少女が、目が見えるようになったことで絶望し、死にいたる(この点、オイディプスとは正反対である。オイディプスは自分の目を潰すことによって永遠の相の下に生まれ変わったのだが、本作では目が開いたことによって死んでしまう。聖書のりんご、目が開いて善悪を知り、それによって死ぬようになったアダム以来のテーマである)。逆説のようだが真実は知らないほうがいいことが多いということなのだろう(ギリシャ時代の「縛られたプロメテウス」でも、プロメテウスが人間に与えた恩寵として「目の前に霧をかけて未来が見えないようにした」ことが挙げられている。似たような神話は南米にもあるし、最近の日本でもシャーマン神懸り)系歌手のCoccoが「この目さえ光を知らなければ、見なくていいものがあった」と歌っている)。現実の世界はあんまりに汚すぎるんで(記憶が正しければ、ニーチェも「弱者は真実に耐えられない」「私の思想は高山の空気で、凡人には厳しすぎる」みたいなことを言っていた)。 ちなみにこの人、聖書からの剽窃、いや引用がやたらと多い。

代表的作家⑪ バルザック[編集]

大量の風刺的な作品を書いた19世紀の文豪。『知られざる傑作』などの短編にルサンチマンが垣間見える。恋人に老人画家のモデル(ヌードだろう)をさせて顰蹙を買う話。で、フランス人らしくやっぱり女性関係は派手。ちなみに晩年の死亡直前にも東欧の婦人読者とロマンスがあったそうである(「真に『服従』という言葉を知っているのは東洋だけ」なる言葉を残している。婦人とのSM疑惑もあるが、どうやら下僕がよく調教されていて従順だったことに感動したらしい。東方に専制の文化があることは周知のとおり)。おいてなお衰えぬリビドー(性欲)である。 「人間喜劇」の長編群も有名。 中心となる『ゴリオ爺さん』では「社会は腐敗と歪みがスタンダード」「バカ女死すべし」といった基本的真理を提示。 『谷間の百合』では人妻エロスの美学を説き、フランス式の不倫哲学をついに大成した。 変質狂ドストエフスキーと並び立つ変態俗物、いや世界的大文豪である。

代表的作家⑫ デュマ[編集]

バルザックの同時代の文豪……ということになっている。実はゴーストライター使いまくりの「小説製造工場」で、今で言うノベゲー・ライターみたいなもの。素人でもちょっと作品発表の年表を見れば、おかしいことに気がつくはずである。非常に長い長編の最後の部分が『仮面の男』として邦訳されている(実はこれが三銃士の哀れな末路。ほぼ全滅。国王すり替えの陰謀に失敗して亡命したアラミスのみ生き残り、なぜか出世している。ダルタニャンも老いて血迷い、元帥出世のために死亡)。世の中のいい加減さを体現している人物。

代表的作家⑬ マルロー[編集]

東南アジアの遺跡を盗掘する『王道』で物議をかもし出した。実体験に基づいているのだから、とんでもない話である。石像を破壊してパーツを持ち帰り、売却を試みた事件。コンラッドの『闇の奥』の二番煎じである。後年には世俗的にかなり出世したらしいから、政治の世界の闇の部分は世界万国共通らしい。

代表的作家⑭ モーム[編集]

イギリスの作家だが、少年時代をフランスで過ごした。その経験は人格形成に大きな影響を及ぼし、『月と六ペンス』の主人公のエゴイスティックな生き様にダイレクトに反映している。もし子供に幸福に生きることを学ばせたければ、十代のうちにフランスに留学させるとよいだろう(副作用として周囲には大迷惑の雨あられになるだろうが)。

代表的作家⑮ ガストン・ルルー[編集]

「オペラ座の怪人」で知られる怪奇小説の大家。ロマンティックに解釈されることが多いが、実際には「怪人」はまさに怪物である(投げ縄と奇術を極めた魔人である)。「善意の誤解」が人気を呼んだ作品の最たる例だろう。表裏一体となった明暗と美醜の極度の対比が肝であるのに、ロマンスばかりが強調されるのは昨今の甘ったれた風潮だろうか(「近年の文学は(甘い)菓子屋の仕事になってしまった」とはハイデッガーの言表である)。

代表的作家⑯ ボーマルシェ[編集]

仏文学草創期の劇作家で、人生波乱万丈(リアル)。「セビーリャの理髪師」や「フィガロの結婚」はオペラにもなったので有名(「フィガロ」はドイツ人のモーツアルトが、イタリア語で作曲した。嘘のような本当の話)。内容はやっぱり「女・ナンパ」。仏文学における「洗練された変態性」の元祖に位置する一人である。

代表的作家⑰ ユゴー[編集]

『レ・ミゼラブル』の作者。長すぎる作品をさる奇特家が編集し縮約、上下二巻になった(角川文庫)。縮約版を読む限り、作者のユゴーは一口に言えば「良心的かつ、見ていて気分のいい馬鹿者」。ジャン・ヴァルジャンの善良で愚かで純朴なキャラクターは、後代にわたって読者たちに愛さ続けた。ジャンの「愚直すぎる行動」や「優しすぎるものの見方」は、必ずしも「賢い」とは言えない。しかし同じ馬鹿でも「許される・愛される類の、心から尊敬に値する馬鹿者」という意味で、朝鮮人(韓国人)などとは、キャラクター的には正反対・対極にある。デュマの造形した銃士長ダルタニヤン(+三銃士)と並んで、フランス男児の真骨頂(「光の面」)を示していると思われる(その意味で日本の『平家物語』や『太平記』のように、国民の人格形成に寄与した大作である)。日本では漫画家・荒木飛呂彦が熱烈にリスペクトし、稀有の名作漫画『JOJOの奇妙な冒険』の元ネタにもなっている。フランス文学は巨大な闇(ダークネス)と混沌(カオス)だが、それはあくまでも本物の「光」と裏表である。デュマ・フィス(デュマの息子)曰く、「親父(文豪デュマ)は巨大なセーヌ河のようなもの、だから立ちションをする奴だっていますよ」。そんな清濁を併せ呑むような偉大な文学の伝統こそが、フランスを文化・政治経済における一流国にしたのだった。仏文学に触れる全ての読者は、高貴な人間性の模範であれ、極度の変態性や病的な感情であれ、いずれ必ず望むところを得て満たされるだろう。怪物ミノタウラが巣食う巨大な迷宮をさまようが如し、それこそがフランス文学の醍醐味なのである。

フランス文学の伝説・説話文学など[編集]

後年に詩や小説で知られるようになる流れの源流に遡ってみよう。中世フランスには特にファブリオ(落語・笑い話)のジャンルが栄えていた。ふしだらで倫理に挑戦する作風は圧巻であり、世のシニカルな知性の原点がそこにある。

代表的作品①十二の恋の物語[編集]

マリー・ド・フランスという中世宮廷女流歌人の作。ロマンチックを期待してはいけない。不倫とかそんな話ばっかり。苦悩する狼男の旦那を騙して貶めた妻が制裁されたり、愛人と謀って夫を殺そうとしたり。悪女乙。 比較的まともな話でも恋に目のくらんだ虚弱少年が、ハッスルし過ぎて女を抱いたまま山を駆け上って死亡。南無。

代表的作品②狐物語[編集]

狐のルナールが悪行の限りを尽くす。狼のイザングランをだまして出家させたり、その妻をバックで突き倒したり(男の武器で)。この「狐(悪知恵)>狼(腕力)」という民族的信念が後年にフランスを二度の世界大戦の勝利者にすることになる。ちなみにこの一連の作品群はゲーテの「ラインケ狐」にパクられている(ドイツにも『ティル・オーレンシュピーゲル』の悪戯物語があるにもかかわらず!)。思い起こせば「シュレージェン泥棒」で女の子(マリアテレジア)を泣かせたプロイセンのフリードリヒ大王(二世)もまたフランス文学の心酔者だった。ドイツ人で生きるのが上手な人間はおおむねフランス文学に悪の教唆を受けている証左である。

代表的作品③トリスタンとイゾルデ[編集]

ペディエがさまざまな断片をパッチワークして復元した、アーサー王伝説のスピンオフ(?)。フランス人らしく、王妃イゾルデの不倫物語である。またシュールな現実描写が多々ある。剣に毒を塗って「無敵」を誇るモルオルト。それを成敗した騎士トリスタンは毒で体が腐りだし、腐臭を放つ。フランス国民は救国の英雄であり、大恩人である彼をあっさり見捨て、「お前は臭い」と浜辺に捨ててしまう。挙句は小船に乗せて海に流される。そこで改心し、悪に目覚めたトリスタンは海の向こうの姫イゾルデを連れ帰って主君に王妃として差し出すも、とっくに船の中で貫通済みである。見破られ、ともどもに逃亡することになる。途中、ライ病患者の一群に遭遇するも、哀願する弱者たちをトリスタンはあっさりと蹴散らしてしまう(自分自身の似たような辛い過去にもかわわらず!)。世知辛いことこの上ない。そして物語のクライマックスは、とらわれのイゾルデとファックっするそれだけのため、狂人に身をやつして潜入するシーン。最後に喜び勇み飛び跳ねながら走り去るトリスタン、まさに狂人である(「もし『基地外のまねだ』といって、往来を走る奴がいたら、そいつはとっくに本物の基地外である」By兼好法師)。

代表的作品④ ノディエによる幻想小説[編集]

蝶々マニアで頭がおかしかったノディエは、民俗学や妖精伝説リヴァイバルのさきがけのような幻想小説を著した。こんなやつが王様の図書館で勤務していたのだから驚く。しかし思い起こせばバタイユもまた図書館員だった。結論としてフランスの図書館は危険(人員が)である。

フランス文学の歴史①その起源と発展[編集]

近代フランス文学の起源[編集]

もともと中世期からフランスには叙事詩の伝統があった(北部のトルヴェールと南部のトルヴァトール)。最終的には主に政治的理由で、パリを中心とした北部の言語が優勢を占めたが、華麗な南部詩人の伝統はイタリア・ルネサンスに流れ込み、そこからフランスへと逆輸入された。南部は異端者・邪教の集う地であり、アルビジョア十字軍で征伐されたほどである(別の話になるため、ここでは深くは立ち入らない)。また一時期、イタリア・ローマから法王庁をフランス王が強奪して移設した地、アビニヨンも南仏に所在していた。そのためにフランス文学は、イタリア・ルネサンスの人文主義から影響を受けていると考えられる。またイタリアとは別に、ベルギー周辺を中心とした「北方ルネサンス」の影響も見逃せないだろう(政治的にフランスに敗れて大国になり損ねた、ブルゴーニュの宮廷のことは、歴史学者ホイジンガが『中世の秋』で詳説している)。

イタリアの詩人タッソとオペラ[編集]

オペラの始まりはタッソの『アミンタ(アイシンの戯れ)』だとされる(レイプ未遂とか赤裸々にエロい)。イタリアの音楽文化は有名だったため、オペラはイタリア語で創作するのがメジャーになった。ボーマルシェの『フィガロ』シリーズ(戯曲)はイタリアの下僕キャラクターを洗練したものだが、オペラ化の際にはイタリア語になっている(『フィガロの結婚』はドイツ人のモーツアルトがイタリア語でオペラ化・作曲した)。されどもフランス文学は単なる受け売りにとどまらなかった。たとえば建築分野ではドイツ・スペインがイタリアのバロック文化のパクりで満足している間に、フランスではかつてのルネサンス様式をベースに独自の「新古典派様式」を生み出したように、フランスには魔改造・独自性を生み出すパワーがあった(魔改造した創造性面で、日本の「国風文化」創造に似ている)。

フランス古典小説の誕生[編集]

フランスはルイ十四世による王政最盛期、さらには「革命」や「ナポレオン」という歴史的大事件を次々に経験した。おかげで壮大な題材に満ちていた。そして散文を愛したフランスは近代小説という、長々しい散文小説の「新形式」の母体となっていった(かつての騎士道物語は「叙事詩」であったし、イタリアのボッカッチョの『デカメロン』は小話の集まりに過ぎない)。後にはフランスの小説『椿姫』(純情売春婦マンセー)はイタリア・オペラのネタになるなど、まるで日本の秋葉原文化が中国や西欧に浸透したかの様である。魔改造、乙。

フランス文学の歴史②国外への悪影響[編集]

フランス文学のインフルエンザのごとき猛威は国内にとどまらず、周辺の諸国や世界に対して継承された。その強烈な変態性ゆえ、ロシアやドイツにまで波及していったのだ(現代日本の「萌え」が世界を席巻している現象に似ている)。その特徴はイタリアに比べ「エロさを巧みに隠蔽」することであり、「全裸変質者に紳士的なコートを着せる」かのような、画期的な進歩であった。このため浅はかな道学者たちはその危険性に気がつかず、全世界へと悪影響をばら撒いていくことになったのである。

事例①フリードリヒ大王[編集]

ドイツ(プロイセン)のフリードリヒ大王(二世)も仏文学の大ファンであった。若き日には教会のミサで、真面目な本のカバーでごまかしつつ、けしからん小説を読みふけったらしい。しかし親父の軍人王と仲が悪くて、王位継承権を捨てて祖国からの逃亡を図り、「お前にはプライドがないのか」と軍国主義の親父から鉄拳制裁(「外国の従妹萌え!」が理由。王位より恋愛のほうが大事だったらしい)。無理やりに軍事国家の王様にさせられてしまう。絶望する青年に悪魔が囁いた、「だったらやっちまえ」って(この悪魔とは、もちろん仏文学の教養である)。こともあろうにオーストリアの皇帝家に喧嘩を吹っかけて三カ国を相手に戦争する羽目に。「三婦人同盟」の女たちから袋叩きにされ、「現実の女は小説の中のように優しくはない」という真理を体感する。晩年には「行き遅れの女ほどたちの悪いものはない」と癇癪を起こしたそうな。

事例②ローデンバック[編集]

フランス語そのものが外国でも母語であったり外交用語でもあったため、外人がフランス語で創作する事例も見られる。ベルギー(北方ルネサンスの地)のローデンバックがフランス語で『死都ブリュージュ』を著している。死んだ愛妻に似た女をひっかけたら、とんでもない悪女でございました(最後はやっぱり「惨事」に)。そんな話。けれどもブリュージュの市民は激怒した。人様の町を「死都」とは何事か! お前、俺たちを舐めてんの? どーゆーつもりだよ、ほんと、おまえ、小一時間説教してやる! てなわけで、本当なら文名で誉められるはずのところを地元市民からは総スカンに。

事例③イタリアへの逆輸入[編集]

フランスの小説の伝統は、イタリアにも逆輸入された。イタリア人の場合は「免疫」(ルネサンスの全裸文化とか)があったためであろうか、さしたる打撃は受けなかった模様である。イタリアの現代小説ではネオ・レアリズモの作品や、ランペドゥーサの『山猫』などがそこそこ有名である。けれどもやっぱり、フランスの陰に隠れてマイナーな存在に。それでもイタリアのえろす、えろすの文化はフランスでさらに洗練された究極の変態性となり、立派に帰還を果たしたのであった。中世末期の叙事詩『神曲』に始まったイタリア文学は、フランス文学と双子の兄弟のようなものであり、今後の活躍が期待されている。

フランス文学の出版社[編集]

なんとこんなフランス文学書を専門に刊行する出版社が世界には存在する。

フランス書院
Nemurineko.jpg この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
後は適当に頑張って下さい。(Portal:スタブ)


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