ビリー・ヘリントン
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
ビリー・ヘリントン(A.D.1969~)は、インターネット上で活動している教育者、啓蒙思想家、俳優、劇作家である。また、同性愛に対する偏見を払拭しようと世界各国で活動を行っており、同性愛者の理解者として世界のゲイから敬慕されている。[1]彼をただのゲイとしてしか見ない人も未だ多いが、彼は同性愛者のみならず、民族、性別、趣向、文化などの違いにおいて互いが差別や偏見を抱くことなく、十人十色全ての人間が平等に暮らせる「歪みねぇ世界」を提唱し、その実現に向けて粉骨砕身している博愛主義者である。
同じく世界規模で有名なゲイ能人である阿部高和とは肝胆相照らす仲の親友であり、ともに同性愛者に対する差別をなくすため活動を行っている同志でもあるが、「愛人としてではなく、あくまで同志としての関係を保ちたい」というビリーの信条のため、性行為に及んだ事は一度もない。
その一見平易ながらも複雑で特異な思想から、現代の安藤昌益と呼ばれる。
巨大宗教団体の教祖でもあり、某動画投稿サイトにて布教活動をしている。
[編集] 人物とその思想
[編集] 生い立ち
幼い頃より学業優秀、運動神経も抜群という天才肌であったが、全裸で外を歩き回るなど奇癖の多い人物であり、周囲からは敬遠されていた。また、小学校時代の友人がゲイであるという理由だけで陰湿ないじめを受けていた事を目の当たりにしたことで、彼の反社会的、反俗的な人格が形成されてゆく。父親から「お前は常識がなっていない」と叱責され、「常識のない奴を異端呼ばわりして爪弾きにしたり、犬畜生のように扱ったりするのは常識的だとでも言うのか、そんな常識糞喰らえだ!」と反駁したという逸話は有名である。
彼の生まれ育った地域はキリスト教の原理主義者が多い地域であり、同性愛は絶対悪として忌避されてきた。学生時代、ビリーは隠れゲイの同級生達とともに、ゲイに対する差別を無くすため学生運動を盛んに行うと同時に、左翼劇場などで演劇活動にも励むようになる。その活動の中で、ビリーは同性愛者のみならず、世の中に横行する全ての差別を無くそうという崇高な理想を抱くようになり、その実現の為、在野の啓蒙家として活動するようになる。ここで掲げたモットーが「だらしねぇ」という戒めの心、「歪みねぇ」という賛美の心、「仕方ない」という許容の心である。この3大モットーは「テレビ新日暮里」にて2008年7月14日 夜11時より放送された「情熱大陸」でも取り上げられている。
ビリーはメディアを嫌悪していた。様々な盲説を垂れ流し、スキャンダルをでっち上げ、民衆を煽動し揺さぶる新聞社やテレビ局、インターネットなど、既存のメディア全てを害悪であると糾弾しており、これらのメディアによって我々の生きる社会は歪曲され、様々な偏見で人々の目はフィルターで覆われ、「歪みある世界」になっていると力説する。
さらにビリーは近代文明や近代社会そのものを強く批判するようになる。ビリー曰く、まだ人類が一枚の襤褸切れのみを着て暮らしていた頃、人々の間には何の偏見も差別意識もなかった。それらのものは文明が発達する過程で生まれた悪しき副産物であり、今では新人類だのゆとりだの世代ごとの差別まで顕在化するようになり、着用する衣服の違い、所謂ファッションセンスなどでさえも差別の対象になっていると慷慨する。ならばいっそのこと、身に纏っている衣服も、社会的ステータスも、アイデンティティも、全て捨てて文字通りの「裸」になればよいと、彼は鼓吹するようになる。そういった思想の変化の中で生まれたのが、一大傑作「ガチムチパンツレスリング」であった。
この映像作品は、ビリーと彼の同志である木吉カズヤ[2]が、レスリングをしながらケツを叩き合い、パンツを脱がしあうという、一見意味不明のものであり、世に出た当初は「気違いが作った駄作」「ゲイの為のAV」などと散々に酷評された。しかし、やがてこの一見荒唐無稽に見える作品に込められた芸術性、メッセージ性が文壇の知識人達に読み取られるようになり、高い評価を得る事となった。
[編集] 脚注
- ↑ ただし、ビリー本人はバイセクシャルを自称しており、一説にはバイですらなくノンケだとも言われる[要出典]。しかしノンケだろうがバイだろうが、ゲイの社会的地位向上の為活動に励んでいる偉人であることに変わりはない。
- ↑ ビリーと交流の深い哲学者・民俗研究家。日本に帰化し平成のラフカディオ・ハーンと呼ばれる
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