ヒョーゴスラビア

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ヒョーゴスラビア連邦共和国
Federal Republic of Hyogoslavia Федеративна Република Хёгославија
ヒョーゴスラビア国旗.png ヒョーゴスラビア国章.png
(国旗) (国章)
国の標語 : 我らは大阪ではない。六甲おろしに颯爽と
ヒョーゴスラビアの位置
公用語 セッツィア語、ハリマニア語、タジマニア語、タンバゴビナ語、アワジネグロ語
首都 コーベグラード
最大の都市 コーベグラード
指導者 不明
大統領 トシップ・イドー
首相 ヤダビッチ
面積
 - 総計
 - 水面積率
世界第170位
xxx,xxx平方km
人口
 - 総計(2006年
 - 人口密度
世界第86位
8,821,085人
世界第xx位
人/平方km
政府 不明
国民的な英雄 イチローダウンタウン手塚治虫
国家統合 1868年5月23日
通貨 ヒョーゴスラビア・ディナール (通貨コード不明)
時間帯 UTC GMT+9 (DST: なし)
国歌 国歌: ヒョーゴ人よ
国旗国章歌: 六甲おろし
宗教 阪神タイガース教
国際電話番号 003(大阪)

ヒョーゴスラビアとはホンシューラシア大陸中西部に位置する共和制連邦国家である。正式名称はヒョーゴスラビア連邦共和国(ヒョーゴスラビアれんぽうきょうわこく、Federal Republic of Hyogoslavia / Федеративна Република Хёгославија)。


概要[編集]

ヒョーゴスラビア連邦共和国は多様な民族・文化が入り混じっており、構成主体はセッツィア、ハリマニア、タジマニア、タンバゴビナ、アワジネグロの5共和国と、コーベグラード自治州からなる。それぞれ異なった歴史を持ち、建国以前には南北間の交流すらほとんどなかった。ヒョーゴスラビア建国の英雄、ハクブン・イトーの名言「7つの国境(大阪民国キョーランドオカヤマニアトットリスタントクシマリアウドイツ第三帝国ワカヤマニア)、6つの言語(セッツィア語・ハリマニア語・コーベグラード語・アワジネグロ語・タンバゴビナ語・タジマニア語)、5つの共和国(セッツィア・ハリマニア・タジマニア・タンバゴビナ・アワジネグロ)、4つの新幹線駅(新コーベグラード・西アカシグラード・ヒメジニア・アイオイスク)、3つの空港(イタミスク・コーベグラード・タジマニア)、2つの球団(阪神タイガースオリックス・バファローズ)、そしてただ1つの心」が示す通り、近代以前に存在した複数の国家を連邦としたものである。それゆえ、各地域間での国家への帰属意識は非常に薄い。

なお、アワジネグロ共和国は大阪城に住む上沼恵美子に実効支配されている。

歴史[編集]

ヒョーゴスラビアは太古から遺跡が発掘されており、豊かな土地であった。その豊かな土地であるがゆえに、中世のヘイヤーヌ朝期には、皇帝タイリヤヌス・キヨモリウスが築いた植民都市「フクハーラ」と港湾「オオワーダー・ノ・トマリ」が設けられ、日本国が一時期租借して首都としていたことさえあるほどである。中世日本のケンム革命期には、ヒョーゴスラビアはニッポーナ世界の首相のうち、4番目の地位を得ているほどであった。

時代が下り東方からムローマチ帝国|が進出してくるとハリマニア公国ミツスケン・アッカーマツヴィッチ大公はムローマチ皇帝ヨシノリウス・アシカガヌスを奸計を用いて暗殺。怒り狂ったムローマチ帝国元老院はハリマニアに1個軍団を派遣しハリマニア公国は滅ぼされた。

1579年から1580年にかけて、ニッポーナの各政権を次々に崩壊させた東方の蛮族オドゥがヒョーゴスラビア全域を虐殺の嵐で覆った。西からはテルモトゥ率いるモーリンゴル帝国、東からはノブナギアヌス11世率いるオダンツ帝国の圧迫があり、カンビッチ・コデーラを初めとする小領主たちはオダンツ帝国につくことになり、モーリンゴルの全面攻勢に晒されることになる。オダンツ帝国からはヒデヨシヌス・ハシバヌス将軍が派遣され、ヒメジグラードに軍事基地を建設した。

ヒョーゴスラビア人民は各地で絶望的な抵抗を続けたが、1579年にタンバゴビナ公国ハターノ朝、セッツィア騎士団領が全滅。タンバゴビナ公国の英雄・アカーイアクエモーンが死に花を咲かせ、セッツィア騎士団領の首都ハナクーマーではアラーキー国王の一族が全員虐殺される悲劇に見舞われた。翌1580年には、唯一残っていたハリマニア公ベッチョ・ナガハールが自分の命と引き換えにオドゥたちに虐殺をやめさせる事態に追い込まれた。ハリマニアの首都・ミキー城はオドゥの長期に渡る包囲により食べ物が残っておらず、ほとんどの人民が餓死していたのである。この「ミキー大量餓死」事件はヒョーゴスラビア連邦共和国史上、後のコーベグラード大震災に匹敵する悲劇とされる。国民歌謡「赤とんぼ」はベッチョの子孫、ミキー・ロフィーノフによる人民の抵抗を記念した歌であるが、歌詞の「夕焼小焼の赤とんぼ、追われて見たのはいつの日か」は、1580年のミキー城落城の折、オドゥたちに追われた人民の悲劇を思い起こさせる意味である(すなわち、この歌の意味は『ミキー城が炎上している時に飛んでいた赤とんぼよ、オドゥに襲撃されて逃げていたのはいつの日だったろうか?』の意。「負われて」は誤り)。ハリマニア出身の作家リョータロノフ・シーバの「ハリマニア灘物語」によると、ヒョーゴスラビア全域には21世紀の今日でも「ミキーの大量餓死」事件から逃げ延びたという伝承を持つ家が少なくない。

ヒョーゴスラビアが独立を回復するのは30年後の1609年、セッツィア・イケーダ家出身という伝承を持つサンドロビッチ・テルマーサ・イケーダのヒメジニア城建設まで待たねばならない。オドゥのくびきを逃げ延びたセッツィアの貴族イケーダ家に生まれたサンドロビッチは、長じて東方の強国エドゥのタイクーン・トクガワノフに有能さを認められ、トクガワノフの王女トクーと結婚、1600年にはオドゥ朝の後継者・トヨトーミ朝軍を破りヒョーゴスラビアへ帰還した。その後サンドロビッチの子孫たちはヒョーゴスラビア各地を支配、オドゥにより荒廃した国土を復興させた。ヒメジニア城は華麗な白壁で知られる世界有数の古城として世界遺産に指定されている。

近世にはイケーダ家の本家的位置を占めたエドゥのタイクーン・トクガワノフの支配力が強まり、やがてトクガワノフ系の中小諸侯国が乱立する少政府時代が訪れた。その間、トクガワノフの儀礼官キーラに「お前はフナのような腰抜けだ」と罵られて激怒し、キーラを暗殺したハリマニア公国の47rouin、セッツィアで悪政を敷いたトクガワノフの一族を襲撃した13samurai等、ヒョーゴスラビア人民は各地で封建制に対する抵抗運動を繰り広げた。

やがて1868年のメージ革命に伴い、初代大統領のヒョーゴスラビア建国の英雄、ハクブン・イトーにより、ヒョーゴスラビア連邦共和国が成立。近代には涼宮家四姉妹(長女の春日、次女の雪、三女のみくる、四女の鶴弥)の華麗な生活を描いた国民文学『ササメユキ』でも有名なハンシン間モダーンが一世を風靡し、軍歌「ロッコーオロシ」で有名なヒョーゴスラビア人民軍も結成され、現代の繁栄に続いている。

1898年に国の機関紙コーベグラード新聞が創刊。戦後の1969年には国営放送サン・テレビも開局し、セッツィア、ハリマニアを中心に重工業が発達。1995年のコーベグラード大震災を乗り越え、現在も繁栄を続けている。

コープ紛争[編集]

ヒョーゴスラビアにて広く影響力をもつとされるコープコーベ。 彼らが水面下で布教している事が公然の秘密となっているラグビーボール型メロンパンについて連邦全域で紛争が勃発。 紛争の発端となったのは、地域の秘密を暴露する事で人気を博すTV番組「秘密のケンミンショー」。 番組内でヒョーゴスラビア連邦では丸型のものをメロンパンと呼ばずにラグビーボール型のものをメロンパンと呼ぶと喧伝した。 これに対してヒョーゴスラビアの住民から数多くの異論が噴出。 一部ではコープコーベが裏から手を回して番組内でラグビーボール型メロンパンを既成事実かのように紹介させたとの声も。 セッツィア共和国の関与も次々と明るみになったりならなかったりした為、事態を重くみた丸形メロンパン派住民はPR会社と契約し 反撃の動きを見せるとか見せないとか。

言語[編集]

言語はセッツィア語・ハリマニア語・コーベグラード語・アワジネグロ語・タンバゴビナ語・タジマニア語である。これらの言語の差異は小さいというより無きに等しく、互いの意思疎通には何ら問題はない。

隣国大阪民国の公用語である大阪語とも酷似しているが、この点を指摘すると「なんやワレ、大阪民国なんぞと一緒にすんなやダボか」と不快感を示す国民も少なくないため、注意が必要である。

特にハリマニア語のガラの悪さや響きの汚さは連邦内でも群を抜くと言われ、その威圧感は他国からも恐れられている。

5つの構成共和国[編集]

セッツィア共和国
ヒョーゴスラビア随一の富裕区域であり、事あるごとに他国からの分離独立を目論んでいる。歴史的にも大阪民国と一部だった時期が長く、他の共和国の民を民衆ぐるみで軽んじている。踏み絵を使って、阪神タイガース教の異端審問を行っていることでも知られる。
コーベグラード特別市
ヒョーゴスラビア連邦の首都にして、セッツィアの一自治区である。世界に向けて「東洋のドブロブニク」と宣伝しているが、その海はドブ同然の汚さしかなく、山からの美景はすべてやらせなのではないかとの評判がもっぱらである。
ハリマニア共和国
自称・ヒョーゴスラビアの盟主。ヒメジニアがヒョーゴスラビアの首都だが、ヒョーゴスラビア元首のハリマニアの元首だったミロシェビッチが「オカヤマニア共和国トットリスタンイケーダ家の領土だったため、ヒョーゴスラビアの一部と主張をしてコソコソと攻勢に出たため、国際社会から空爆を受け、ヒメジニアは廃墟になっている。近年、ヒメジニアのナンバープレートを付けた自動車の運転マナーの悪さが国際問題に発展しており、EUは近くハリマニアへの自動車の輸出を禁止する制裁措置をとるのではないかとの噂も流れている。
アワジネグロ共和国
島だけでできている。歴史的には四国のトクシマリア共和国の一部だったが、ヒョーゴスラビア建国のドサクサにまぎれて、縁の薄い本州の方を選んだ。ネグロ(黒)とは、そんな金銭感情に聡い腹黒さを買われての命名である。政治王国であり、ハリマニアのアカシグラードのセンキョクを常に抑え込んでいる。
タンバゴビナ共和国
陰の薄い共和国で、連邦構成民からも頻繁に、「貴方はキョーランドの一部では?」と誤解されている。
タジマニア共和国
気候が異なる連邦内最低の貧困国である。雪を巡る感覚が他とまったく異なり、「なんどいや、雪がこんなに降ったのに喜ばへんのんけ?」とよく馬鹿にされている。他の共和国が足を引っ張るタジマニアを手放さないのは、単に蟹と牛のためだけにすぎない。

4つの新幹線駅[編集]

新コーベグラード
コーベグラードの看板駅であり、全列車が停車している。駅からは港ではなく山ばかりが見える。これはドブだらけの海を他国民にみせないイメージ工作だ。周囲がトンネルに囲まれているのもそのためである。
西アカシグラード
無理やりにつくられた政治駅である。他の路線とまったく接続できない立地が、政治駅であることを証明している。その不自然さは、一部列車が不自然に停車するところによく現れている。
ヒメジニア
新コーベグラードと並ぶ駅で、ハリマニア共和国の代表駅である。ハリマニア共和国は3つも新幹線駅があることを他国との比較で常に強調する。だが、ヒメジニアには全ての新幹線が停車する訳ではない。そのことが常にハリマニア国民の威信を傷つけている。
アイオイスク
あ行だけでできた珍しい新幹線駅である。降りる客の大半がその駅看板目当てで降りてくる。新幹線運営部から廃駅候補の一つに挙げられており、廃駅にするなという国民の訴えがホームに貼り出されている。

3つの空港[編集]

イタミスク
セッツィア共和国東端に位置する代表的空港である。大阪民国と共同経営している。かつては国際空港だったが、大阪民国の方がカンクンのリゾート用地に国際線を移転させたいと強調して強引な機能移転を断行して以来、国内線専用となった。大阪民国の金銭力の格をみせつける象徴的施設である。
コーベグラード
コーベグラード中枢のサンノミツィヤからの所要時間はイタミスクと同じく30分程度である。経済的意義がまるで不明だが、イタミスクの背信・没落を教訓としてセッツィヤ共和国の主権をまもるためにつくられた。しかし、ハリマニアからはその建設費用をこちら側に回せばもっと便利で有意義だと主張し、紛争の火種になりかねない状態にある。なお、コーベグラード空港の設備を無料で流用してやろうと目論むハリマニア領内には、空港がない。また、ハリマニアの妨害に苦しむコーベグラード空港にも国際線はない。
タジマニア
空港に姿をみせない珍鳥コウノトリを愛称につけているが、貧困国だけに格安航空でも利用客が少なく、国力を反映した航空ダイヤとなっている。

2つの球団[編集]

阪神タイガース
何が何でも阪神を応援するのが、セッツィア共和国の民族主義である。これを信じない輩は異端者として徹底的に迫害される運命にあり、その過激さは他の野球教徒が人権救済を日本国連邦に求めにくるほどである。本拠地となるコーシェニツァ一帯では13~19歳の青年男子に徴兵制度ならぬ徴野球部制度なるものが存在し、タイガース選手が行わない学生の丸刈り光景が広く見られている。
オリックスバファローズ
阪神タイガースより遥かに影の薄い球団である。セッツィヤ共和国に留まっていてはいつまで経っても虎を倒せないと考えた首脳陣が9割の試合を大阪民国で行うようになった。しかし、本拠地を地方に移転させたパ・リーグの他球団と異なり、大阪民国でも虎を倒すことはできなかった。

そして、1つの心[編集]

ヒョーゴスラビアというアイデンティティーは、最も脆弱な人工的民族幻想の実例として世界中の研究者を惹きつけている。ヒョーゴスラビア人というアイデンティティーを構築するためには、隣国大阪民国の強すぎる磁力を破壊する以外に方法は無さそうだ。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]