ニルス・カタヤイネン
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
| ニルス・エドヴァルト・カタヤイネン | |
| 性別 | 男性・ナチュラル |
| 年齢 | 25歳 |
| 所属 | 地球連合軍、フィンランド、中尉 |
| 主な搭乗機 | スピア・ヘッド、ストライクダガー、ダガーL、スカイグラスパー、ウィンダム |
| 異名 | ついてないカタヤイネン |
| 声 | 高橋広樹 |
ニルス・エドヴァルト・カタヤイネン(Nils Edvard Katajainen)は、アニメ『機動戦士ガンダムSEED』および『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』の関連企画に登場する架空の人物。エースパイロットではあるが、出身が当時いまいちぱっとしないスカンジナビア王国領であったフィンランド。さらにパーソナルカラーや決め台詞がなく、本人もぱっとしない。挙げ句の果てに異名が「ついてないカタヤイネン」である。「エンデュミオンの鷹」や「黄昏の魔弾」などと比べるとなんとぱっとしないことだろうか。もはや『異名』ではなく『あだ名』の域である。こんなあだ名がついたのは、彼がフィンランドでまれに見られるライコネン症候群を発病しており、非常に運が悪かったからである。にもかかわらず、戦死どころか相当な戦果を上げて生き延びている。
~ ニルス・カタヤイネン について、綾崎ハヤテ
~ ニルス・カタヤイネン について、ヒイロ・ユイ
~ ニルス・カタヤイネン について、ムウ・ラ・フラガ
[編集] 経歴
カタヤイネンは幼い頃から飛行機のパイロットになることを将来の夢としており、グライダーの教習所へ通う青年であった。しかしコズミック・イラ(以下C.E.)70年2月、血のバレンタイン事件に始まるヤキン・ドゥーエ戦役が勃発し、フィンランドも地球連合に加盟の上参戦を余儀なくされ、カタヤイネンは母国の危機に際して軍に志願。パイロット候補生としての訓練を始め、途中から戦況の変化によりモビルスーツの訓練も受ける事となった。しかし訓練終了直前の、C.E.72年3月に停戦を迎えたため実戦に出ることはなかった。あくまで停戦であって終戦ではなかった為、カタヤイネンは軍に留まることを選択する。
そしてC.E.73年10月に発生したブレイク・ザ・ワールド事件をきっかけに、地球連合とプラントの緊張は一気に高まった。停戦後に中立国に戻っていたスカンジナビア王国は再び地球連合に加盟。カタヤイネンは軍曹に昇進し、来るべき実戦に備えることとなったが、この頃からライコネン症候群を発症したらしく、ストライクダガーで初訓練を行った時に部品を損傷し、始末書を書かされている。
しばらくして地球連合はプラントに宣戦布告。カタヤイネンもいよいよ実際に戦場へ赴くこととなるのだが、症状はさらに悪化した。初戦果の際に動力部に被弾して撃墜されかけ、撃墜する度に被弾し、エースの条件である累計撃墜数5機を達成した時もボロボロだったのである。修理したモビルスーツのテストを行ったところ、機体を思いっきりひっくり返したくせに自分は無傷だったという逸話も残っている。少尉となったのはこの頃。
当時スカンジビアナ王国が保有するMSは極めて少数であり、貴重な存在であった。また上層部はライコネン症候群に対しての理解が、あまりにも欠けていた。その為、このような具合で機体を壊し続けたカタヤイネンを「腕の悪いパイロット」と判断。貴重なMSを預けるに値しないと、彼は爆撃を担当するスカイグラスパー隊に転属させられ、一ヶ月後にはさらに転属。スカイグラスパーでの偵察任務につく事となった。
本人曰く「スカイグラスパーは操縦に素直に反応する良い機体」との事だが、MSの魅力とは比べ物にならないらしく、不満が募っていた。 その後、エース・パイロットに対するあまりの仕打ちを不服に思った彼の上司、そして戦闘任務に戻りたいカタヤイネンは、モビルスーツ隊への復帰を求めるもののいつまでたっても認められず、しつこく何度も文句を言ったところ「態度が悪い」と格納庫掃除係にさせられ、飛行任務すらもらえなくなってしまった。態度が悪くて日勤教育をさせられるところが無駄に主人公っぽい。
数ヶ月後なんとかモビルスーツ隊に復帰し、何度も手柄をあげるものの重傷を負って病院行きに。なんと入院中に結婚してしまう。まあ死ぬかもしれないし。退院後、中尉となる。
その後ついにカタヤイネンの隊にも念願のウィンダムが配備される。ところが早速テスト飛行をしたところエンジントラブルが発生。後日、エンジンを交換して一安心と思ったら、機体を粉砕するほどの大事故で病院行きとなった。
プラントとの最終決戦が行われるにあたってカタヤイネンは無理矢理退院。メサイア攻防戦では16.5機撃墜(0.5は二人で一機を撃墜の意)という大戦果であったが、このまま終われるわけがない。被弾して母艦に帰投する途中、生命維持装置の故障によって酸素濃度が低下し、気絶して母艦につっこんでしまったのだ。乗機は完全に木っ端微塵となったが、恐ろしいことにカタヤイネンは生還。病院のベッドの上で終戦を迎えた。
戦後、スカンジナビア王国で最後のマンネルヘイム名誉勲章授与者となる。その後、縮小されたMS部隊に魅力を感じなくなったカタヤイネンは軍を退役。スカンジナビア王国からオーブ連合首長国へ移住し、同国の首都オロファトにて亡くなる直前まで市役所の一職員として勤務した。
あれだけ事故や不運に見舞われたカタヤイネンであったが、戦後の日々は幸福そのものだったという。
[編集] 余談
| この項目「ニルス・カタヤイネン」は、嘘です。よく近所のおじちゃんに言われていた豆知識も大抵は嘘です。アンサイクロペディアを真に受けてはいけないのです。大事なのは、ジョークを笑い飛ばす心の広さです。 |
なっ、なんだ嘘か…。驚いて損したぜ、そ、そりゃぁこんなパトリック・コーラサワーの斜め上を行くような強烈なキャラがいるわけが…
ん ( ・o ・) ?

