トラウマ

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

トラウマには、普通のトラウマとよきトラウマがある。よきトラウマは無問題であるのでここではアンタッチ。普通のトラウマについて論ずる。

目次

[編集] トラウマ幻想論

80年代の日本で、トラウマとは幻想であるというニューポストモダンの思想が一世を風靡した。それにより、トラウマ保持者たちはやっきになって、トラウマ幻想論を必死で叩いた。トラウマを誇りにしているということがバレルと、生きていくのが困難になっているからだ。85年に流行った「9世紀オヴァンゲリオン」により、トラウマ幻想論は強固になり、トラウマを持っていることは恥ずべきこととなった。この現象を総じて「トラウマ幻想論」と呼称する。この幻想論とは無関係だったのが尻軽女で、彼女たちだけはトラウマの概念とは全く無関係にセックルを謳歌していた。

[編集] トラウマを持っている女子(おなご)はもて女

2050年代になると、突然トラウマ幻想論が弱みを覚えて、「トラウマ至上主義」が復興。その頃日本はアジア中に工場を打ち立てていたので、その燎火はインドネシアベトナムにまで広がった。トラウマ至上主義ともなると逆にトラウマを持ちネタにしない女子(おなご)は「恥ずべきもの」と認定され、それをフォローしたり激しく突っ込みを入れない男子(おのこ)は「人間のクズ」と日本リナックス協会から認定されるめーはとなった。トラウマ至上主義とこの頃無縁だったのは、虎、馬、前二者の愛好家たちであった。

[編集] 虎と馬について

尻軽女、虎、馬、前二者の愛好家たち、この層に限ってはトラウマ論争とは常に無縁。その論考はいつも偉大なる知識人が試みるのだが、いつも失敗する、ニーチェはかつてこの問題に真正面から取り組んだが、結局それが遠因となって狂死した。まともな神経を保持するニーチェであってさえそうなので、普通の人生を送る人は「トラウマ論争」に入るか、もしくは尻軽女、虎、馬、前二者の愛好家たち、この層のコミュニティに参加して、わいわいがやがや生きていくのが無難と言えそうである。

[編集] 関連項目