トヨタ・コロナ

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「トヨタ・コロナ」の項目を執筆しています。

新型コロナもしくは新型コロナビークル(形式:RT40系)とは、1965年にアメリカへ上陸し、アメリカ人に多大な死傷者(死者48000名、諸説あり)をもたらしただけでなく、アメリカ産業界にも大打撃を与えた、日本由来のビークル。

アメリカにおける第二次モータリゼーション[編集]

アメリカでは戦前のフォード モデルTにより自動車が爆発的に普及した。本土は戦火を免れたこともあり、戦中も戦後も、アメリカ車は次々に村々の公共交通引退に追いやり、一家に一台の自動車が、それまでの馬車と汽車による移動にとって替わるようになった。

戦後さらに車の大型化が進んだが、1960年代になると需要は飽和し、今度は、ひとり1台の時代を迎えようとしていた。MGやVWFIATなどの欧州コンパクトカーは、狭っ苦しい都会暮らしに慣れた欧州人に大人気だったが、ひとり1台の時代にあってビッグ3の座を脅かし始めた。

日本車の戦後黎明期[編集]

1960年代初頭のアメリカ市場では、日本車は2000年ごろのヒュンダイ、もしくは2020年ごろの中国車程度の酷い扱いしか受けていなかった。

工業力と技術力も低く、1963年に開業した日本初の高速道路である名神高速道路では、国産車がオーバーヒートや焼き付きで無残な骸を累々と晒す姿を尻目に疾走する独仏米英の単なる大衆車、という光景が珍しくなかった。

元来トヨタは大型のクラウンを主力とし、日産は中型のダットサンを主力としていたが、コロナはダットサンの大衆車市場に乱入を試みた。BC戦争の始まりである。1957年に登場した初代(T10型)コロナは、日本初のモノコック構造で軽量だったが、前期型は100キロ出すことすらままならない低性能であった。二代目(T20型)は、アメリカ進出を試みたがあえなく撤退した。

新型コロナ大流行する[編集]

1965年の名神高速道路全通に際して投入した三代目T40型では、10万キロ連続走行テストを大々的に披露し、耐久面での不安を払拭する形で雪辱を果たした。

このコロナが海を渡り、アメリカに再上陸を果たしたのは1964年からで、アメリカでのコロナは1965年には23906台、66年に60864台とアメリカ中に流行が拡大した。ホンダの四輪参入前、アメリカで日本車といえばコロナのことだったのである。

同年にはGMシボレーブランドでコルヴェアの2代目を発売開始、これもアメ車らしからぬ軽快な運動性でコロナと共によく売れたが、初代がコロコロ転がって運転者をコロしまくった。二代目もステアリングコラムが運転者を次々に串刺しにしていった。全米にあったコルベア9000台のうち2000台が事故を起こすほどである。

コロナは、同一車格で比較すると、欧米車に比して安全性や耐久性も高かった。しかし、自動車事故では、基本的に大きくて重い方が圧倒的に有利であり、小さく軽い方は粉々に大破するのが常である。

想像通り、大量のアメリカ人が、旧態依然たるフレームボディにアメリカンV8の長大なボンネットを持つフルサイズカーや、蒸気機関車のごとき巨大煙突を振り上げる18輪のビッグリグに引っ掛けられて、命を落としていった。

1960年の全米交通事故死者数3800名に比べ、1965年にはなんと48000名が死亡していた。

オイルショック[編集]

1973年からの第三次中東戦争により自由主義陣営への石油製品輸出に混乱が生じた。

この頃に新型コロナ(五代目T100型)が出現、紙製品がなくなるという噂が流れ、各国でトイレットペーパーティッシュペーパーがなくなるペーパーパニックとなった。燃費の良いコロナは3年間にわたって国内で大流行しトップシェアを誇った。

アメリカ市場でも小型車はいっそう人気となり、四代目T80や五代目などの新型コロナも頻用されたが、アメリカは産油国であるため、アメリカ人の危機意識は薄かった。田舎者の多くは、日本製の小型セダンではなく、ガソリンを垂れ流すように走る巨大なピックアップトラックでホームセンターに押しかけ、荷台に山盛りのトイレットペーパーを買っていったため、より深刻な事態となった。

日本人襲撃の増加[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「日米自動車摩擦」の項目を執筆しています。

1980年代に入ると、いよいよアメリカ自動車産業は壊滅的損害を受け、ヤンキーが日本人を見かけるたびに「コロナ!ホンダ!キルザジャップ!」などと、暴力を振るう事例が急速に増加した[要出典]。さすがポリティカル・コレクトネスの行き届いた人権先進国である。

当時の中曽根首相は、ヤンキーに喧嘩を売るならと、本来ならジャップ差別の一番酷いケンタッキー州などアメリカ南部に工場を作らせて、ヤンキーにはディキシーで対抗した。デトロイトを擁する北部に比べ工業化の遅れていた南部のディキシーたちは、喜んでおらが州の日本車を作りまくり、結果としてコロナ問題は国際問題からアメリカの国内問題へと化けていった[要出典]

貿易問題解決後には、バブル期ということもあり、ついにはストレッチリムジン(九代目T170型スーパールーミー)まで登場した。

終焉[編集]

バブル後の日本国内ではコロナのグレードとしてプレミオが登場、これは日産のプリメーラに対抗したとされるが、鈍重なイメージの強いコロナに比べてプレミオは売れ、ついにコロナシリーズはプレミオに完全に改名されてしまった。教習車としては残ったが、これもタクシー向けのコンフォートに統合された。

またマーク2も、今では何のマーク2なのかすらマニア以外には知られず、マーク2の名前自体がマークXへ改称されている。Zにしなかったのはおそらく商標権問題と考えられる。

名称問題はアメリカでも深刻であり、現在も、コロナビールと共に、頻繁に新型コロナウイルスと誤解される。

ダサさを極めた保守的すぎるデザインから、Boomer ReMover(爺移送車)などと呼ばれることもある。

安倍首相中国人観光客の来日と日本国内でのコロナ流行を放置した[要出典]こともあり「アベンシス」と改名された。ユダヤ人差別が日本より根強いアメリカとあって、割礼を受けてないことを示す「カムリ」へと統合された[要出典]ほか、30%ものアメリカ人が、走行中のコロナから300フィート以上離れるようにしたと回答するアンケート結果もある[要出典]


この記事については以下のようなことが主張されているようです。

  • この記事は誤りと嘘八百でいっぱいの百科事典であるアンサイクロペディアに掲載されています。ここにあるコンテンツはその全て、もしくは一部がフィクションですが、同時にそうではない可能性もあるなど、言うなれば「超フィクション」の状態にあります。つまり、全て嘘八百ということです!したがって実在する人物・事件・団体とは一切関係ありません!
  • ここにはあなたの社会的評価を害するに足る事実はありません!名誉毀損で刑事告訴しないでください!
  • あなたの社会的評価は全く傷付いておらず、損害は全く生じていません!損害賠償請求しないでください!
  • あなたの経済的評価を損なう危険は全くありません!信用毀損で刑事告訴出来ますが、時間の無駄です!
  • この記事を読んであなたが当局に逮捕されても、一切責任を負いません!
  • Akajisoshou.gifそのほかこの記事のために発生した損失や損害について、一切責任を負いません!