デーモン・アルバーン

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

デーモン・アルバーン(Damon Albarn、1968年3月23日 - )はイギリスロンドン郊外コルチェスター出身のミュージシャンである。

ブラーやゴリラズの活動で知られるシンガーソングライター。主にギターやキーボードを担当。デビュー直後はアイドル的な見方をされたが、その才能を各方面に発揮しはじめ、今やUKロック・シーンの最重要人物のひとりに。


目次

[編集] 音楽活動

  • ブラー/Blur
    90年代の代表する音楽ジャンル「ブリットポップ」と言えば、デーモン率いるブラーとオアシスであろう。
    互いに切磋琢磨してきた仲でもありライバルでもあった。
  • ゴリラズ/Gorillaz
    アメリカにて、ブラーより人気を誇るバーチャルバンド。デーモンのポップセンスがはじけまくっている。Dark Popという要素をベースにプログレやヒップホップなどの要素が加わった不思議な感覚に人々は魅了されていった。PVも秀作であり、ジェイミー・ヒューレットが手掛けている。3D映像でのパフォーマンスでは観客の度肝を抜いた。マドンナともグラミー賞で共演している。ピート・ドハーティ村上春樹が大ファンであるらしい。
このバンドのフロントマン、2Dというボーカリストはデーモンである。
  • ザ・グッド、ザ・バッド・アンド・ザ・クイーン/The Good, The Bad & The Queen
    ドラムがフェラクティにてアフロビートを叩いていたトニー・アレンであり、彼の非西洋的音楽哲学に見事にマッチしている。ベースは彼が崇拝していた元クラッシュのポール・シムノン、ギターはゴリラズやブラーのライブサポートメンバーでもある元ヴァーブのサイモン・トング、そしてプロデューサーはEMIとの確執があったにもかかわらず起用したゴリラズも手がけたデンジャー・マウスである。デーモンはまた新しい才能を垣間見せる。

[編集] 人物像

ジュリアン・コープの大ファン。 彼の家族はヒッピー的な暮らしをしていたそうで、数ヶ月間トルコで生活したこともあるらしい。デーモンのツンデレっぷりは貫徹されており、幼少の頃から名前が悪魔というスペルに酷似していた為いじめや差別を受けている。グレアムによるといつも顔に生傷が耐えなかったらしい。その為かそのひねくれた性格ゆえシニカルで独特な詩も書けるのであろうか。マリに行って現地にの人と触れ合い感化され人が変わったように生まれ変わる。そこから才能も飛躍的に開花する。彼ほどマルチという言葉が似合う人間はいないだろう。

10数年来のバンドメイトであり幼なじみでもあるグレアム・コクソンに対しても、互いに素直に愛情表現が出来ず、同じバンド内にいるにも関わらず文通でコミュニケーションを取っていたことは有名である。 しかし、2003年にグレアム・コクソンはブラーを脱退。現在も関係は断裂したままであるがメンバーでランチを取ったりと修復しつつあるが本人は結成を否定している。

[編集] 逸話

  • サッカー好きで熱狂的なチェルシーファンでもある。現在は不明。
ブラーの曲でSONG2という曲でFIFAのゲームソフトに起用させている。またアメリカの航空機爆撃キャンペーンにも使われそうになったが丁重にお断りしたらしい。ブラーのメンバーのアレックス・ジェームスはサッカー応援歌を作っている。
  • 長年のライバル関係であったオアシスのリアムやノエルは冴えまくっているデーモンを認めるコメントも出している。
「俺はブラーのことは気にしちゃないね。もう終わったことさ。今となりゃ笑い話だ。若気の至りって ヤツさ。今デーモン・アルバーンに会ったら、とっとと失せるだろうな。いまだに首を突っ込むようじゃ、 俺も単なるアホってことになるからな」と発言している。また息子や本人もゴリラズのファンであるらしい。
「ディオォォオオーーッ 君がッ 泣くまで 殴るのをやめないッ!」という名台詞は、デーモンがメガネに対して宛てた「グレアァァアアーームッ 君がッ バンドに戻るまで 手紙を書くのをやめないッ!」インスパイアされている。
  • デーモンやバンドメンバーは全員ベシタリアンである
農作物貿易の不公平さに世の関心を集めようと、彼らは様々な種類の農産物を頭からかぶり、その姿を写真で公開している。大量のトマトを投げつけられているSM的宣材写真も残っている、イタリアンなトマト風味デーモンに仕上がっている。キャンペーンにはレディオヘッドのトム・ヨークやスノウ・パトロール等も参加。

[編集] 外部リンク

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