デレク・ハートフィールド

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「ハイル・ヒットラー!! ビルからジャンプなんて偉大じゃないか!!」
デレク・ハートフィールド について、アドルフ・ヒトラー

デレク・ハートフィールド(Derek Heartfield 1909年-1938年)は、日本で活躍した、日系ルイ16世の作家である。自らの作品のなかに架空の作家「Khalki Murakami」を登場させたものが有名である。「村上・やれやれ・春樹」はこのシリーズからペンネームを拝借したのはあまりにも有名。

生涯[編集]

1909年にアメリカ合衆国オハイオ州の小さな町に生まれる。父親は電気技師。母親は星占いとクッキーを焼くのがうまい小太りな女であった。幼少時代は友人が少なく、暇を見つけてはコミック・ブックやパルプ・マガジンを読み漁り、母のクッキーを食べ過ごした。

ハートフィールドは実に多くの物を憎んだと言われている。郵便局ハイスクール出版社人参……・。しかし、彼が好んだものはたった三つ。と母親の焼いたクッキーだけだそうだ。

ハイスクール卒業後は郵便局員を経て小説家になる。1938年に母が亡くなると、同年の6月のある晴れた日曜日の朝、右手にヒトラーの肖像画を抱え、左手に傘をさしたままエンパイア・ステート・ビルの屋上から飛び降り、蛙のようにペシャンコになって死んだ。彼の墓碑には遺言に従って以下のニーチェによる「牛は死んだ。だがもう一匹は生きている」という言葉が刻まれている。

銃のコレクションにおいても有名である。パラマウントの撮影所とFBIの研究所を除けば恐らく全米一の完璧に近い銃のコレクションを所持していたと言われる。中でも自慢の品は銃把に真珠の飾りをつけた38口径のリヴォルヴァーである。それには弾丸が一発しか装填されておらず、「俺はいつかこれで俺自身をリヴォルヴするのさ」というのが彼の口癖であった。

村上・やれやれ・春樹曰くハートフィールドは「ストーリーは難解で、テーマも稚拙な不毛な作家だった。おまけに語彙は無茶苦茶なうえに、比喩にいたってはもはや何のことか分かりはしない。だがヘミングウェイフィッツジェラルドなど同年代の作家と比べても、ハートフィールドの勢いは決して劣らないと思う。僕は彼が好きなんだ」と村上氏らしいコメントを残している。

ハートフィールドは「宇宙の複雑さに比べれば、この我々の世界などミミズの脳味噌のようだ」とSF作品を残した作家らしい格言を残しこの世を去った。

作品[編集]

  • 「気分が良くて何が悪い?」 What is so bad about feeling good?(1936年)
  • 「虹のまわりを一周半」
  • 「冒険児ウォルド」
  • 「火星の井戸」

関連書[編集]

Thomas McClure ; The Legend of the Sterile Stars : 1968(トーマス・マッキュリア著「不妊の星々の伝説」)

逸話[編集]

村上・やれやれ・春樹は後に尊敬の意をこめて、彼の処女作「風の歌を聴け」にハートフィールドを登場させている。村上氏の作品があまりに有名なため、図書館司書、書店員は架空の人物だと主張するが、本来のハートフィールドを知る大学生ニートによって、店頭で議論が起きる。