チッソ

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第21回 (1962年
エクストリーム・謝罪
殿堂入りプレイヤー
第34回 (1975年
エクストリーム・謝罪
永世チャンピオンプレイヤー
第18回 (1959年
エクストリーム・謝罪優勝プレイヤー
第20回 (1961年
エクストリーム・謝罪優勝プレイヤー
第21回 (1962年
エクストリーム・謝罪優勝プレイヤー
第23回 (1964年
エクストリーム・謝罪優勝プレイヤー
第24回 (1965年
エクストリーム・謝罪優勝プレイヤー
第25回 (1966年
エクストリーム・謝罪優勝プレイヤー
第26回 (1967年
エクストリーム・謝罪優勝プレイヤー
第28回 (1969年
エクストリーム・謝罪優勝プレイヤー
第29回 (1970年
エクストリーム・謝罪優勝プレイヤー
第31回 (1972年
エクストリーム・謝罪優勝プレイヤー
第32回 (1973年
エクストリーム・謝罪優勝プレイヤー
第33回 (1974年
エクストリーム・謝罪優勝プレイヤー

チッソは、熊本県にある企業。不老不死の仙薬の研究でしられ、その工場のある「MINAMATA」は水銀が流れる地として知られる。現在のところ唯一のエクストリーム・謝罪殿堂プレイヤー(謝罪を生業とする人間のクズどものネ申)である。そういえば最近会社が分裂して工場の経営から手を引き、プロのエクストリーム・謝罪プレイヤーとして活躍することになった。

水銀[編集]

不老不死への挑戦[編集]

人類は昔から不老不死を求めていた。古代中国では水銀が不老長寿の薬になるといわれていた。これを真に受けたチッソの社長は言った。「海に水銀を流せば、魚はみんな不老不死になり、その魚を食べた人間も不老不死になるはずだ」……

そして工場からは水銀(メチル)を流し続けた。

歴代皇帝の教訓[編集]

そのころ、中国の徐福という人物が始皇帝に命じられ不老不死の仙薬を探していた。そして「MINAMATA」の噂を聞き、「東方の日本国九州に不老不死の霊薬がある」と具申し、始皇帝の命を受け、財宝と共に数千人を従えてから東方に船出した。到着した熊本県水俣市で、徐福は「チッソ」の役員となり中国には戻らなかったといわれている。水銀が不老不死の薬だと信じていたのだ。

しかし、徐福は水銀で寿命が延びるどころか水銀中毒で二度と秦の土を踏むことはなかった。

徐福が帰ってこなかったおかげで水銀は不老不死の仙薬の座からすべることは無く、その後も水銀の使用によって少なくとも6人の唐の皇帝が水銀中毒で死亡しているといわれている。水銀の酸化物である辰砂は鮮やかな赤褐色を示すため、その色が血液につながるという思想があったものと思われる。これによって不老不死を望んでいた秦の始皇帝もそれによって死期を早めたという説もある。

このため、南宋の時代に水銀を直接使用して化学的に仙丹を作る方法(外丹とされる)をやめ、人体の気血を原料に呼吸をふいごとし丹田を炉とみなして仙丹を練る内丹術という修行法がつくられた。

中国の皇帝たちが身をもって水銀が毒だと証明しているのにそれを水俣湾に流し続けたチッソ。歴史に学ばぬ者に未来はないのである。が、ここの元社長の孫娘は皇太子妃であり、皇室典範の改正によってはひ孫が天皇陛下になるかもしれないというのは、歴史の皮肉である。

エクストリーム・謝罪[編集]

情報操作などでだましだまし会社の保身をしていたチッソであったが、多くの科学者、被害者側の医者に告発され、必死の買収もむなしく日本のお家芸、エクストリーム・謝罪に参加することとなる。しかし、社長率いるチッソ化学工業チームはそのしらじらしい態度から無類の強さを発揮し、1960年代~1970年代にかけて頂点に君臨。その優勝回数は他の追随を許さなかった。その功績が認められ、1975年に永世チャンピオン獲得。2002年に雪印乳業が永世チャンピオンを獲得すると殿堂入りを果たした。長らく優勝からは遠ざかっているが、殿堂入りについて、2007年に日経ビジネスのインタビューに社長が答え、「いつまで謝れば気が済むんだ」とプレイヤーとしての健在振りをアピールした。

関連項目[編集]