タマムシ大学

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タマムシ大学(たまむしだいがく、英語Tamamushi university)は、カントー地方タマムシシティに本部を置く日本国立大学である。1877年に設置された。大学の略称はタマ大(たまだい)。

概観[編集]

タマムシ大学は日本で最初に創設された帝国大学の流れを汲んでいる国立大学である。タマムシ大学は幕府時代の玉虫学問所や天文方、獣(ポケモン)方、及び種痘所の流れを汲む。携帯獣(ポケモン学)の研究においては世界トップクラスと評されている。

教育及び研究[編集]

「タマムシ大学といえばやはりポケモン学」というほど携帯獣学の研究や実績に関しては世界トップレベルを誇り、携帯獣学の教育には他の学問より一番力を入れている傾向があるが、他の学問でも世界的に評価が高い。

タマムシ大学は日本の大学の中で多くの研究所を設置している。学部・研究科以外で14の研究所、17の研究センターが存在しており、過半数は携帯獣学関連である。ほとんどの研究所・センターは他の大学や研究機関に研究設備を提供する全国共同利用研究所・センターになっている。 その為か資料の数も膨大で、各地方に資料室、資料館が存在し、資料館は全てキャンパス内に設置されている。

携帯獣学部研究棟にはタマムシの老舗懐石料理店などの和食系の店舗が入っている。

沿革[編集]

  • 1877年:西森昭典によって「玉虫大学」が創設。日本で最初の生物研究機関として八王子市(現:タマムシシティ)に設置された。
  • 1947年:「タマムシ大学」に改称。
  • 1949年:新制「タマムシ大学」となる。
  • 1971年:携帯獣学分野の研究活発化[1]に伴い、理学部生物学科を中心に複数の学部・学科から携帯獣学関連の学問分野を分離・再編し、「携帯獣学部」「携帯獣医学部」「携帯獣薬学部」を新規設立。
  • 1985年:全国へのキャンパス展開を開始、5月にコガネキャンパスが設立された。[2]
  • 1986年:6月、カイナキャンパス[3]設立。10月にはシンオウキャンパス[4]も設立された。
  • 1990年:3月にクチバキャンパス建設が竣工。欠陥建築が問題となり設立は2年遅れ、1992年4月となった。
  • 1995年:7月にヒウンキャンパス、アサギキャンパスが同時設立。当時は入試の倍率が30倍を超え、「タマムシフィーバー」と呼ばれる現象が起きた。
  • 2003年:8月にトクサネキャンパスが設立。一時大学側がキャンパス展開を休止する意向を示した。
  • 2005年:タマムシキャンパス改築。改築には3年ほど掛かり、キャンパス生が本部へ登校することとなった。
  • 2009年:キャンパス展開再開。カロスの3キャンパスが一斉に開校。ミアレキャンパスではギャングの非行が問題となった。
  • 2010年:ホドモエキャンパス設立。入試の倍率は1.5倍と低水準だった。[5]
  • 2013年:ホドモエキャンパスの入試において組織的不正が発覚。関わった学生35人を退学処分とした。
  • 2015年:全国の研究者を集めてタマムシ本部で開かれる研究会にアローラのポケモン研究の権威(笑)ククイ博士が出席。この会議でアローラへのキャンパス展開が決まった。
  • 2016年:アローラ初の他地方を拠点とする大学のキャンパスが誕生。ハウオリキャンパスの設立。1期生はスイレン氏、マオ氏、リーリエ氏、イリマ氏の4人だったが、2年目からは格段に人が増えた。

基礎データ[編集]

キャンパス所在地[編集]

-カントー地方-

  • タマムシキャンパス(タマムシシティ郊外など)
  • ヤマブキキャンパス(ヤマブキシティ)
  • クチバキャンパス(クチバシティ)

-ジョウト地方-

  • コガネキャンパス (コガネシティ郊外)
  • アサギキャンパス (アサギシティ)

-ホウエン地方-

  • カイナキャンパス (カイナシティ)
  • トクサネキャンパス (トクサネシティ)

-シンオウ地方-

  • シンオウキャンパス (ヨスガシティ)

-イッシュ地方-

  • ヒウンキャンパス (ヒウンシティ郊外)
  • ホドモエキャンパス (ホドモエシティ郊外)

-カロス地方-

  • ミアレキャンパス (ミアレシティサウスサイドストリート沿)
  • シャラキャンパス (シャラシティ郊外)
  • クノエキャンパス (クノエシティ)

-アローラ地方-

  • アローラキャンパス(ハウオリシティ)

研究施設[編集]

  • ハナダ洞窟ポケモン研究所(ハナダシティ郊外)
  • グレンポケモン資料室(グレンタウン)
  • コガネ資料館(コガネキャンパス2F)
  • 荒野ポケモン研究所(ホウエン地方111番道路)
  • ホウエン資料館(トクサネキャンパス5F)
  • 雪原ポケモン研究所(キッサキシティ郊外)
  • シンオウポケモン資料室(コトブキシティ)
  • イッシュ資料館(ヒウンキャンパス7F)
  • 山岳ポケモン研究所(ネジ山)
  • ハクダン森林ポケモン研究所(ハクダンシティ郊外)
  • ミアレ資料館(ミアレキャンパス13F)
  • アローラ資料館(ハウオリキャンパス2F)
  • アーカラ海洋ポケモン研究所(せせらぎの丘)

学部[編集]

  • 携帯獣学部
  • 携帯獣医学部
  • 携帯獣薬学部
  • 工学部
  • 理学部
  • 農学部
  • 教養学部
  • 法学部
  • 経済学部
  • 文学部
  • 医学部
  • 薬学部

象徴[編集]

創設者の西森昭典。校門には西森の銅像が飾られている。

学歌[編集]

作詞:相田知美、作曲:たなかひろかず。 卒業式と入学式などで使われる。演奏はタマムシ大学交響楽団。

タマムシ にじいろ どんないろ?
あかは われらが コイキング
オレンジ ほのおの リザードン
きいろは でんじは ピカチュウだ
きみどり てくてく ナゾノクサ
みずいろ のしのし カメックス
ももいろ プリプリ プリンです
むらさき とうとい ゴースいろ
これでかんぺき タマムシいろ
タマムシ大学 たのしくまなぼう
タマムシ大学歌 日本の大学歌


スクールカラー[編集]

スクールカラーは玉虫色

著名な研究[編集]

1925年、ニシノモリ教授がオコリザルの怒りのエネルギーを研究中、投薬する薬物の量を誤って衰弱させてしまったところ、置いてあった教授のメガネケースにすっぽり収まったことから、モンスターボールの開発が始まったという逸話は有名。しかしそのニシノモリの子孫が先祖の権威を笠に着て代々携帯獣学会に君臨するという弊害を招いた(あのポケモン図鑑のいい加減な記述もニシノモリ教授の子孫が書いているが、だれも逆らえないらしい)。ちなみに現在の子孫はニシノモリ5世。「何故ヤドンに(二枚貝の)シェルダーが噛み付くとシェルダーは巻貝になるのか」という問いに対して、「ヤドンのしっぽにシェルダーが噛み付いたときに巻貝になるのか!」という答えで納得してしまう人物である。こんな人間を教授に据えている大学の未来は限りなく暗いと言えよう。[6]

玉虫色の学風[編集]

我が国を代表する大学であるタマムシ大学最大の強みである。特に官僚になった者は、何を聞かれても玉虫色の回答に終始し、核心部分をはぐらかすことに長けているため官界で重宝されている。また研究者になった者は、玉虫色の研究結果しか残さないのでいつまでも同じ研究を続けることができ、研究費と論文の本数を水増しする成果を上げているという。このような学風から、山吹色のお菓子を献上することで政界に大きな勢力を築いてきたお隣のヤマブキ大学とは競合関係にある。

著名な卒業生・研究者[編集]

  • ニシノモリ・アキラ:名誉教授。理学部出身[7]。創設者・西森昭典の孫、ポケモン学の権威。
  • ナナカマド・ヤスジ:名誉教授。理学部出身[7]。現在はシンオウ地方に研究所を構えている。
  • オーキド・ユキナリ:携帯獣学部名誉教授であり研究者。理学部出身[7]。現代ポケモン学の権威。現在はカントー地方に研究所を構えて研究を続けているほか、タレントとしても活躍している。
  • ウツギ・アキラ:研究者。携帯獣学部出身。現在はジョウト地方に研究所を構えている。
  • シルフ会長:シルフカンパニー会長。法学部出身。
  • ツワブキ・ムクゲ:デボンコーポレーション会長。経済学部出身。
  • サカキの母親:ロケット団創設者。経済学部出身。
  • ソネザキ・マサキ:自称ポケモンマニアの自宅警備員。ポケモン転送システム開発者。工学部出身。

キャンパス卒業生[編集]

  • ツワブキ・ダイゴ:デボンの御曹司。トクサネキャンパス卒業後、すぐにホウエンのチャンピオン就任。携帯獣学部出身。
  • プラターヌ博士:ナナカマドの弟子で携帯獣学部出身。カロス出身にも関わらずわざわざタマムシ本部に出向いた勇者である。ただ最後の1年はミアレキャンパスに在籍。

事件・汚職[編集]

財界との癒着[編集]

コイキングの絵を描いていたら90分が終わってしまった。

東大等の大学が大企業からの寄付講座を通してこれと癒着していることは近年問題視されているが、タマムシ大学も例外ではなく、地元の有力者の娘であるエリカ嬢を非常勤講師として迎えたことは財界との癒着ではないかと言われている。また、このエリカ嬢はイーブイを虐待していたのではないかという疑惑のある人物であり、動物愛護主義者から非難されている。

偽博士号事件[編集]

1998年5月頃、タマムシ大学を名乗る団体が博士号を授与すると称して通信教育を始め、さらに8月には「タマムシ大学博士試験」なる名称からしてうさんくさい試験を実施したため大きな問題となった。これに対して、タマムシ大学は「当該団体は本学とは無関係であり、厳重に抗議する」と声明を出し、訴訟も辞さないという態度を取ったため、タマムシ大学を名乗っていた団体は「お遊びだった」と謝罪、事態は沈静化した。当然ながら試験受験者には学位記は授与されず、代りに「りゅうのいかりを覚えたコイキングのポケモンカード」という誰得な素晴らしい特典が送りつけられることとなった。

脚注[編集]

  1. ^ オーキド・ユキナリが1966年に発表した「携帯獣研究序説」の影響が大きい。この業績を受け、オーキドは25歳の若さで携帯獣学部名誉教授に就任。
  2. ^ ただ当時はクチバキャンパスがまだ設立されていない。クチバキャンパスが設立されるのは7年後の1992年となる。
  3. ^ 当時はホウエンキャンパス。2003年にトクサネキャンパスが設立されると同時に改称した。
  4. ^ 当時はヨスガではなくハクタイシティに存在した。
  5. ^ 95年のタマムシフィーバー時は倍率が最高で34倍に到達。1.5倍にまで減ったのは他大学の台頭によりタマムシ離れが起きたためと言われている。
  6. ^ アニメ無印67話「ヤドンがヤドランになるとき」より
  7. ^ a b c 後の携帯獣学部。当時の携帯獣学は理学部生物学科の一分野として学ばれていた。

関連項目[編集]