タイガー重戦車

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「戦車兵の操るティーゲルの88mmが敵戦車を撃破するのが好きだ。」
タイガー重戦車 について、モンティナ・マックス少佐

タイガー重戦車(たいがーじゅうせんしゃ・てぃーがー・てぃーげる)はいわゆるひとつの戦車である。 名前からして某有名魔法瓶や某有名天才プロゴルファーと間違える事が多いらしい。

そうそう。これが有名なタイガー・・・ん?

大雑把な説明[編集]

この戦車は偉大なるアドルフ・ヒトラー様が(はい、アドルフ・ヒトラーですが?)当時の総力を結集して作った素晴らしい重戦車であるッ!

元々は空軍管轄だった高射砲を搭載したぜ!

呼び方とその使い分け方[編集]

正式名称はPanzerkampfwagen VI Ausf. E "Tiger I"であるが、50音しか発音できない黄色い猿どものために三種類の呼び方が用意されている。チハに乗ってた日本人とタイガーは全ッ然関係ないのにね…

どうやら「タイガー」は初心者か一般人の言う言葉で、「ティーガー」は今の日本の戦車マニア(オタク)が言う言葉であるが、「ティーゲル」になると周囲に白い目で見られやすい。 なおソ連語では「チーグル・ターンク(Тигр танк)」()であるが、この無様な事実はドイツ軍マニアによって隠蔽されている。

開発の経緯[編集]

ドイツ空軍が運用する8.8cm高射砲(8.8cm FlaK)は元々、本来の対空戦闘以外に対戦車戦闘も考慮して設計されており、対戦車砲としても運用が可能であった―が、そんな事実はバルバロッサ作戦での痛々しい敗北の彼方に忘れ去れられていた。

かねてからの陸戦オタクであったチョビヒゲ伍長は、 露助が地上に召喚したT-34神戦車や街道上の怪物ことKV-1重戦車の登場に焦りを隠せないでいたために、これらソ連戦車を圧倒する重戦車の開発を催促していた。

一方、多大な損害を被っていたドイツ空軍(ルフトバッフェ)を率いるゲーリングは総統のご機嫌取りに腐心していたが、ある朝8.8cm高射砲のことを思い出す。戦車オタクであるヒトラーに、「戦車に8.8cm高射砲を積めば対空戦闘もできるようになり一石二鳥」と進言、こうして新型重戦車(タイガー)の主砲には8.8cm高射砲を改造した8.8cm Kwk36 L/56砲が搭載されることとなった。

新型重戦車は、冷遇されているヘンシェル社(通称H社)とヒトラーお気に入りのポルシェ社(通称P社)の両社がコードネームVK3601として競争開発していたが、8.8cm砲を搭載するには小さすぎたためこの案はボツとなった。そして新たな重戦車VK4501を競争試作し、優越する方を6号戦車タイガーとして制式採用することとなった。

ポルシェ社のVK4501(P)は2基のガソリンエンジンによって生成される電力でモーターを駆動し動力とする設計であり、こういう超兵器妄想が大好きなチョビヒゲの期待を煽った。競争試験当日には地面に埋まり動けなくなるというエクストリームスポーツを披露した。しかし、貴重なスポーツ選手を戦場に送り出すのは躊躇われたのか、ヘンシェル社のVK4501(H)がHな虎さんとして制式採用された。なお砲塔はヒトラーの催促により開発が間に合わなかったため、止む無くVK4501(P)のものを採用している。

運用[編集]

こうして大戦(第二次世界大戦)中期に登場したHな虎さんことタイガー戦車は、その太く長くて逞しい主砲と、全身筋肉のような重装甲によって米兵に劣等感を催させて戦闘不能にし、タイガー・ショックと呼ばれた。

対戦車戦闘では高精度な8.8cm砲による精密な射撃でストーブ神戦車を良く撃破し、多大な戦果を挙げた。 また正面100mmの装甲はそれら敵戦車の攻撃を受け付けず、鉄壁と恐れられた。 大きなお友達が実物大で復元しようとしたり、ゲーム化やアニメ化されるなど、その活躍は今日まで伝説となっている。 にも関わらず、ソ連の歴史においてはタイガーはよく撃破されている。理由は検閲により削除。 また、タイガーはその大重量と複雑な設計のため故障が頻発し、中の人をイライラさせた。ストレス対策のため、戦車を「エルヴィラ・ティーガー」という巨乳女性に擬人化、戦車兵が口説くという厨ニ病漫画が、1輌に1冊ずつ配備されたことが判明している。

とはいえ敵軍も隙あらば高性能なタイガーを鹵獲しようとし、特にアメリカは鹵獲車両により対空戦闘を行い、後述のような戦果を上げている。 しかし奇妙なことにドイツ軍が行った対空戦闘では、エース戦車兵オットー・カリウスが1機撃墜した事しか記録に残っておらず、戦況に寄与できなかった。理由はお察し下さい

タイガーが活躍できたのはドイツが防戦一方であったということと、連合軍がより強力な戦車を使用しなかったということも挙げられる。 特に後者に関してはアメリカの責任が重いと考えられている。シャーマン戦車の量産に固執していたAGFは、シャーマンは撃破されてもその残り火でコーヒーギフトを温め前線の兵士に供給することができる、ストーブの役目も果たしていると主張した。 これは、現在では軍用トラックに紅茶サーバーを搭載している英国や、分隊に1本はモロトフ・カクテルを供給しているソ連など、同盟国に見栄で対抗するための措置であったと考えられている。 こうしてM26パーシング重戦車などの新型戦車の配備は後回しにされ、タイガーはアメリカにストーブを供給し続けることができた。

しかし大戦末期にもなると東部前線ではスターリンが演説に現れ直接鉄槌を下すようになり、タイガーも撃破されていった。

後継車[編集]

連合軍はぶっちゃけ戦車ごときの性能とかどうでも良くなっており新型戦車を配備しようとはしなかったが、ヒトラーは「敵はタイガーに対向するためにより強力な戦車を送り込んでくるに違いない」と考え、キングタイガーを開発量産させた。

とかって言うけど結局「アーリア人のみが開発し得る超兵器によってドイツの劣勢を覆す」ことを渇望したヒトラーの妄想の産物という方が正しい。

なお、戦況の悪化とともに、ヒトラーの「ぼくのかんがえたさいきょうの重戦車」妄想も激化。重戦車レーヴェなどを廃案にした挙句、最終的にマウスラーテを妄想するに至った。実際に実現できる代物だったかどうかはお察し下さい。仮に実現したとて役に立つかどうかもお察し下さい

アメリカでの大活躍[編集]

ところがこのタイガーであるが、その高性能ぶりに目をつけたアメリカ軍に採用される事により、意外な活躍を残す事になった。

日中戦争[編集]

1937年代、日本軍の脅威を感じていたこの頃に蒋介石は自国の軍備状況が他国に比べて遅れていることから、外国の新型武器・兵器の購入を行い、さらに外国から数人の外国人軍事顧問を雇い入れ軍備の近代化を図った。ルイジアナ州出身の陸軍航空隊大尉であったクレア・L・シェンノートもそのひとりである。シェンノートは蒋介石に「日本軍航空隊に対し中国軍は優れた戦闘機100機とそれを操縦する優れたパイロットを持つことで、中国空軍はこの脅威を退けることが出来るでしょう」とのアドバイスを行い、アメリカ合衆国と協議の結果、承認された。そして驚く事にシェンノートが導入したのは、自国製の戦闘機ではなく、ドイツのタイガー戦車であった。戦車を戦闘機として使うという奇想天外な作戦に誰しもが驚いたが、先述の通りタイガーの主砲は8.8cm高射砲(の改造版)なのである。 シェンノートが編成した「フライング・タイガース」は中国大陸で大活躍し、日本陸軍航空隊を脅かす事になった。

ジェット戦闘機として[編集]

第二次世界大戦中は中国義勇軍でしか採用されなかったタイガーであるが、戦後その高性能ぶりに目をつけたアメリカ海軍により、発展型のジェット戦闘機が発注された。しかしながらジェット機として改造されたF11Fタイガーの性能は思わしくなく、あまり採用はされなかった。しかしその運動性の良さから、アクロバットチームのブルー・エンジェルズの機体として採用された。それを横目で見ていたアメリカ空軍は、まだタイガーには発展の余地があるとして、再度の改良をメーカーに発注した。その結果完成したF-5EタイガーIIは、アメリカ空軍自体の採用はあまりなかったものの、発展途上国向けへの供与機としてベスト・セラーとなった。

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関連項目[編集]