スーパーモンキーボール

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スーパーモンキーボールとは、生ける者の持つバランス感覚を極限まで追求したエクストリーム・スポーツである。その競技の危険度、熱中度の高さにより、クツ投げられたヤツの隠蔽工作によって隠された存在とされてきた。

21世紀初頭、遂に封印が解かれ、その存在が公になった事により全世界にファンが激増した。しかしあまりの危険性の高さのため、「アルティメット・スポーツ」とされていたが、愛好者の手痛い反撃(主にクツ投げ)によりエクストリーム・スポーツと認定された。

発祥[編集]

その歴史は古く、アフリカ奥地の(主に猿、チンパンジー、ゴリラ、赤ちゃん、ジョージ・W・ブッシュ)を使い、ジャングルのクソ高い所を渡らせ、誰が最初にゴールするかというギャンブルであった。

それから数百年、'ボンジョビ(当時は開拓者)による発見があるまで公に出ることは無かった。 公にでた後々、今、エクストリーム・スポーツに認定されるほど支持されるスポーツとなった。 家庭用ゲーム機に同名のゲームが存在するが、それはかなりレベルの下げた練習用である。

ルール[編集]

  • 高い所で行う。地上200~300m前後が一般的
その気になればグツグツナベの上クジラの中、はては宇宙でも行うことが出来る。

人生にもゴールがあるように、きちんと*ゴールを設置する(ゴールが無いとただの生き地獄なので絶対に用意すること


準備[編集]

  • 人が入るボールを用意する。(すこし大きめが望ましい。)
  • ゴール(色を変えても良い)
  • 時限爆弾
  • バナナ(または

競技の歴史[編集]

  • 689~790?(アフリカの時代)
いわゆる、アフリカでひっそり行われた時期。
この時期、主にサル、ゴリラが行っていた。
ゴルラーリ・ゴリラリーノさん(693-721)が20年連続優勝を果たしたのはあまりにも有名である。

そして、790年からなぜか資料に残っていない。行われなくなったと仮定して記載しないこととする。

  • 1578~1892(近代のモンキーボール)
1578年、アフリカのサバナ地帯を探検し、近代モンキーボール発見者のルンヴォ伯爵は後にこう語った。
「あの時の光景といったら口で表す事など到底できぬ。ただ私はそのスポーツを傍観する事しかできなかった。」

近世モンキーボールの発見は驚きと恐怖から始まった。ルンヴォ伯爵の冒険中、突然空からゴリラが落ちてきた。即死であった。 驚いて上を見上げると、何かある。だが掠れていてよく見えない。

「イヤ、いったい何なのだろう。何にしても良いものとは思えないがね。」
と部下に語りながら、一行は奥へと進んでいた。そしたらゴリラではなく、サルが落ちてきた。これもまた、即死であった。
「これはいったい何なのだ。私たちの冒険を邪魔したいのだろうか。まあ反感を持たれるのはしょうがない。私たちにとって、アフリカは資源の場所だからな。さ、奥へ進もう。」
それにしてもよく喋る喋る、この伯爵。とりあえず、一行は奥へと進んでいった。開けた場所に出ると、一行は腰を抜かした。そこにはとても大きな建造物があり、周りにはゴリラ、サルが沢山居る。中には死に掛けのも居る。そして中央には、原住民らしき人物が動物たちを指揮していた。驚いた伯爵は、原住民に尋ねる。
伯爵「ここには何が行われているのか
原住民「ルンバルンバ!スゥハ、モキ!ボッ!
伯爵「・・どうやら言葉が通じそうにない。とりあえずこの建造物の名前でも教えて頂きたい。
原住民「ダイッソン、メイ!スゥハ、モキ!ボッ!」
伯爵「スゥハーモンキーボッロ?
原住民「ぺペロンチーノ!!ダマレスカ!
伯爵はとりあえずスポーツを見ていることにした。そしたら、死ぬ死ぬ、サルたちが。伯爵は何か心に不信感を覚え、すぐに逃走した。

その後、伯爵は母国へと帰還し、この体験を本に纏めたが、当時の人々にとって、この事はあまりにも現実味がなく、嘲笑されながら。一生を終えた。  :それから二百年あまり後、サバナ付近をパトロールしていた人によって再発見され、大々的にメディアで報道されることになる。



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