スポイル

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スポイルとは、美しい日本語の文章を台無しにしている横文字の一つである。

概要[編集]

英語で、「甘やかす」「台無しにする」などの意味を持つSpoilという単語に由来し、意識の高い学生や評論家経済政治の分野において辣腕を振るっている人間によく使われる傾向がある。

一方で、甘やかすという意味を持ちながら、子供の教育の現場においてこの単語が使用されることは殆どない。「あの親は子供をスポイルしすぎている」などという表現は、教育について外野で饒舌を振るっている有識者様らがすることはあっても、教師や親らがスポイルという単語を口にすることは殆どない。

何故かというと、親や教師は、この単語が日本語をスポイルしている悪質な言葉であることを熟知しているからである。母国語の習熟も満足にできていない子供がいる現場において、スポイルなどという、カッコつけただけの単語をいたずらに口に出すと、子供を混乱させるだけであり、健全な日本語の習熟に支障をきたす危険性がある。ややもすれば、ルー大柴のように、支離滅裂な言葉しか言えない人間に育ってしまうかもしれない。つまり、思考回路とボキャブラリーがスポイルされてしまう。そうならないために、彼らは横文字を使うことを最低限に抑えようとしているのだ。

隠された意味[編集]

それだけではない。実はスポイルという言葉は、安易に子供の耳に聞かせてはいけない理由がもう一つある。

昔の表現では、Spoilは「殺す」、「略奪する」という意味を持っていた。今でも、俗語としてだが、殺すことを「Spoil」という動詞で表現することがある。安易に殺す殺すなどと子供に聞かせていては、子供が倫理を弁えない人間に育ってしまう危険性が高いのだ。こうした人格をスポイルする言葉は、出来る限り子供の耳に聞かせないに限る。言葉狩りの誹りを受けようとも、子供を守るために、教育現場の大人達はスポイルという単語を子供に聞かせまいとしている。

こうした教育現場の大人達の姿勢に対して、外野の自称インテリ達は、そうした大人の身勝手な姿勢こそ子供をスポイルしていると、したり顔で語る。しかし、彼ら自称インテリのネット上での素行を見ていると、他人に対して平気で死ね死ね言っている傾向が強い。やはり、スポイルという単語を浸透させると、平気で死ね死ねという倫理観のない、スポイルされた人間に育ってしまうのだ。

日本を牽引してゆく敏腕経営者は、しばしば「コンプライアンス」などと併用して「スポイル」という表現を使うことが多いが、彼らも、末端の平社員や非正規労働者達にサービス残業などを強要してスポイル(殺して)いる。また、スポイルやらコンプライアンスやらの横文字を多用する彼ら経営者は、やたらグローバルグローバルと連呼して日本そのものを蔑ろにしており、国士様達から日本をスポイルする売国奴という誹りを受けている。そもそも、原則として漢字とひらがなで構成される日本語の文章にこれら横文字が入ると、可読性を著しく損ない、読んでいて無性にストレスが溜まる。横文字自体が日本語をスポイルする言葉であるが、なかんずく、スポイルは日本語をスポイルしている汚い言葉と言える。ついでに言えば、語感からスッポンポンなどと混同しやすく、卑猥である。

結論[編集]

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ウィキペディアンがとても偏っている証拠に、「スポイル」の項目はまだありません。アンサイクロペディアンとの格の違いを見せつけてやりましょう。

スポイルという単語は、覚えさせはいけない、これ自体が、覚えさせるとまさしく人をスポイルさせる有害な言葉である。この記事においても「スポイルする」という動詞がやたら使われて言うが、これを全て「台無しにする」「駄目にする」に変えてもなんらおかしくない、むしろ可読性が上昇する。

なお、スポイルの対義語として、「改善」「改良」を意味するリファインという横文字が使われることがあるが、スポイルほど高い頻度では使われていない。何故かというと、リファインという横文字を使う人は、横文字を使わないことこそが日本語の文章をリファインさせる最善の方法であることを知っているからだ。使われない表現だからこそ、真にリファインされていると言える。