多村仁
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
(スペランカー から転送)
多村 仁(タヌラ ひとしもしくはスペランカー、1977年3月28日 - )は、ブロガー兼福岡ソフトバンクホークスに憑依するプロ野球選手である。
本来は横浜ベイスターズに憑依していたが、風に運ばれ福岡に流れ着いてしまった。現在は交通事故の影響により人間ではなく半分幽霊である。娘とお金のことを忘れられず、現世にとどまっている。
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[編集] 略歴
- 1977年、何を間違ったか、重力の重すぎる地球に生を享ける。本来ならば重力の少ない冥王星辺りで生まれる予定だった。
- 幼稚園・小学校とどーにかこーにか無事に切り抜けたが、すでに命運は尽きつつあった。
- 中学時代、リレーで複雑骨折。意外にもこれが初めての骨折であった。
- 高校三年時、甲子園での胴上げの際に足が爆発。意外にもこれが初めての爆発であった。
- 1995年、横浜ベイスターズに入隊。耳から血が迸出していた。
- 1998年、多村の残機を犠牲にチーム優勝。一年間意識不明の状態だった。意外にも、この年に初めて幽体離脱を経験。
- 2003年、この年より体が半透明になりやすくなる。
- 2004年、野球以外での爆発が多くなる。
- 2005年、交通事故を起こし、完全に左半身幽霊化。
- 2006年、半分幽霊であるにもかかわらず国際大会へ出場。しかしそれは幻である。
- 2007年、福岡に漂着。他人に憑依し、怪我を頻発させる能力を得ていることを知る。
- 日本代表の背番号1の数字のワッペンに質量に耐えきれず、腰の骨をバッキバキに折る。
- 2008年、守備中に選手に触れた瞬間に足がどこかへ行ってしまった。長期欠場。
[編集] 生前の全盛期の多村伝説
- 3試合5欠場は当たり前。3試合8欠場も
- 先頭打者負傷退場を頻発
- 多村にとっての骨折は捻挫のしそこない
- 先頭打者サイクル打撲も日常茶飯事
- 9回裏100点差、チームメイト全員負傷の状況でインフルエンザ
- ワンバウンドの球でも余裕で途中交代
- 一回のスイングで三箇所の肉離れ
- バントで靱帯損傷が特技
- 打席に立つだけで捻挫
- 多村が打ったホームランを観客席で見ていた子供が捕ったらすでにボールに血痕がついていた
- 風邪でも納得いかなければ、自分でインフルエンザにした
- ピッチャーが一睨みしただけで打撲
- 試合のない移動日でも交通事故
- レーザービームで肩を外す(これだけで済んだのが奇跡)
- ウェイティングサークルで肺炎
- グッとガッツポーズしただけで左小指靱帯損傷
- お立ち台に上るときに複雑骨折
- インタビューアーのマイクがぶつかり粉砕骨折
- ファンと握手しただけで左掌炎症
- ボールにサインを書いてるだけで左肩内出血
- 王監督に叱られて入院
- 重い荷物を持って歩道橋を渡ろうとしていたおばあさんのために骨盤骨折
- 松中の禿げてる部分を触って爆発
- ビリーズブートキャンプにトライして腸捻転
- 難病と戦う少年を球場に招待。その少年が見てる前で途中交代
[編集] その他
- 野球の試合での観察が報告されているが幻であることが多い。
- 友人にはあいかわりょうじ、金城龍彦らがおり、特に金城の好物の一つが多村である。
- 多村の主張する「6TOOLS」は打率、本塁打、足、守備、肩に、ゲームソフトのスペランカーを加えたものである。
- 様々な部位を爆発させているが、手首と頭は未だ傷一つない。
- 現在、ブログは祈祷師が念波を察知し代筆しているものである。
- 守備は上手い方だが、ちょっと無理をするだけですぐにどこかが爆発するためファンはおっかなびっくり見ている。
[編集] 外部リンク
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