ジョン・スミス

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ジョン・スミス(英・John Smith[Smyth])とは、英米をまたにかけ活躍するスーパーヒーローである。

概要[編集]

ジョン・スミスとは、政治家哲学者軍人音楽家俳優学者である。妻はジェーン・スミス。息子もジョン、娘もジェーンである。南北戦争終戦後は二代目ジョン・スミスが、現在は三代目ジョン・スミスが後を継いでいる。

出生[編集]

彼は鍛冶屋の家系出身であり、子宝に恵まれなかった彼の母は息子の名を子宝に恵まれたという意味で「神は恵み深い」から聖ヨハネ由来のジョンと名付けた。これが文字通りとして人々に恵みを与え続けるジョン・スミス伝説の始まりとなった。

逸話[編集]

初代ジョン・スミスは十代の若さでニューイングランドを発見し名付け親となり、働かざるもの食うべからずと植民地経営を行い、そのノウハウを使って米国の植民地ジェームズタウンも経営した。ジェームズタウン滞在中に音楽の勉強を始め、『天国のアナクレオンへ』を作曲、後のアメリカ合衆国国歌『星条旗』となる。時は過ぎ、南北戦争が勃発すると、バーモンド州知事兼北軍義勇軍の大佐となってヘンリー砦の戦いに参加、勝利をおさめる。終戦後は学者となり炭疽菌の研究に明け暮れ、ワクチンを開発した。晩年は画家として活躍したという。

二代目ジョン・スミスは第一次世界大戦前に志願兵となり、地道な活躍で昇進、太平洋戦争には海兵隊の航空隊指揮官にまでなり、ソロモン諸島の戦いでは隊合計83機を撃墜した。戦後は『スミス&ホーガンの刑事訴訟法』を執筆したり、ESSなど進化生物学に関する数々の理論を発表する学者となった。趣味は映画観賞であり、忙しい学者生活の中でも映画にどっぷりつかり、趣味が高じて映画監督、俳優としてちょくちょく映画に関わる。最近では妻のジェーンとともに殺し屋夫妻を演じたのが有名であろう。

三代目の逸話は二十一世紀になったこれから紡がれていく。

米国人・英国人の反応[編集]

ジョン・スミスはあまりの活躍の広さによってイギリス・アメリカの中では稀代の紳士・スーパーヒーローとして扱われている。アメリカ・イギリス人はジョン・スミスに肖ろうと自分の息子に彼の名前を名付けたり、スミス姓の人間に嫁入り・婿入りして何とかジョン・スミスを家系に取り入れようと躍起になるほどの存在である。米国人の百人に一人はスミス姓なのもそうした婿入り・嫁入りが原因である。また、あまりにもジョン・スミスが有名であるため、山田太郎のように名前に困ったらとりあえず名乗っとけ的な姓名になっている。英米人は記憶をなくしても、身分を偽る必要があっても彼のような紳士・ヒーローになりたいのである。こういうところからもイギリス人・アメリカ人の国民性が見てとれる。

関連項目[編集]