シド・ヴィシャス

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おしらせ
ゲシュタルト崩壊の危険性
この記事はゲシュタルト崩壊を起こす可能性があります!遺伝子工学の権威、ひよこ陛下殿が身をもって確認しました!!
目に自信がない方、見るのを止めといたがいいとのことです!!!でも、意外に耐えられることが多いそうなので、見てみなさい、とのことでした。
※ベースに手は届いていない。

シド・ヴィシャス(Sid Vicious)はイギリス一有名なクソッタレ非行少年。セックス・ピストルズという不良グループに在籍し、麻薬吸ってセックスして「Fuck!」「クソッタレ!」「のび太さんのエッチ!」「おっぱい」などと叫んでいたらいつの間にか死んでしまい、いつの間にかパンク・ロックの神に祭り上げられていた男である。なお楽器は弾けない。

生涯[編集]

ファッキン・ピストルズ[編集]

1957年、イングランドにジョン・サイモン・リッチーというクソ平凡な名前で生まれるが、5歳の頃からクソッタレパパが家に帰らなくなったため母親の愛情のみで育った。その後髪をツンツンさせた彼は近所でも札付きクソッタレとして名を馳せ、70年代後半当時クソッタレ・パンク・ムーブメントの火付け役となった不良集団「セックス・ピストルズ」のファンとなる。ピストルズの記者会見には花束をもって毎回現れ、クソッタレ記者が邪魔で愛しの腐れジョニーが見えないときなどは記者を必要以上に殴るなど、ファンのなかでも注目を集める存在だった。

左がシド、右が患者のロットン氏。

また専門学校で腐れジョニーとは知り合いであり、最初のベーシストが脱退したのもあって彼は念願叶いピストルズに入団。最初のライヴの日に始めてベースギターを渡されたがいいが、彼は「弦が4本しかない!」と騒ぎ観客を殴って弾けないことをごまかした。

その後もベースが弾けないのにライヴには参加し、ベースに手が届かないほどに下げた持ち方がクソイケてるとして人気を博す。ピストルズの当時のライヴは、ジョニーが毎回癲癇の発作を起こしてマイクスタンドを持ったままジタバタ暴れ始め、眼球を何回転もさせながら「アヴァ!あぅあ!」と苦しそうに喚き散らす隣でシドが観客をベースギターで一方的に殴り、気分が高まると先割れスプーンで自分の胸に「Fuck」と刻もうとするのだが、「Fac」まで彫った所でスペルミスに気が付き痛いやら恥ずかしいやら気持ちいいやらでまた興奮して観客をベースで血が出るまで殴りつけ、疲れたら解散というものだった。いくら人気が出てもこのバンド不良集団が小さなライヴハウスを好んだ理由がわかるというものだろう。

クソったれヤク中[編集]

1977年10月、ピストルズが自らのクソ騒がしい騒音を録音した唯一のオリジナル・アルバム『勝手にしますね』を発表するが、シドはミュージシャンではないので録音には全く参加していない。さらに彼は以前から耽溺していたヘロインへの依存がクソ悪化し、グループ内の不仲はどんどん深まっていった。そして、1978年1月14日アメリカツアーの最中にジョニーの発作が突如おさまったため、突然「あはは、あのね、おじちゃんがあめくれたの、うふふ」とクソ常識的な言葉を吐いて突如セックス・ピストルズを解体した。

バンドが解散したのは、もうロットンに耐えられなくなったからだ。あいつクソ息が臭いくせにニンニクマシマシとか頼みやがるんだ。
ジョニー・ロットン について、シド・ヴィシャス

トリップから冷めてみればセックス・ピストルズが解体されている事を知った彼は上記の言葉を吐くとソロ行動に移り、フランク・シナトラの『マイ・ウェイ』を痰が絡んだようなクソ美声で披露し、くそったれシナトラファンから罵声と顰蹙と腐った生卵の洗礼を受ける。その後恋人のナンシー・スパンゲンからメシを食べるならヘロインの方が効率がいいことを教わり、水と麻薬とセックスのみで生きる日々が続いたため、常識では考えられないクソスキャンダルを連発する。しかしそんな生活も長くは続かず、1978年10月13日ナンシーがバスルームで刺殺されているのが発見される。胸の傷口が「FUCK」とあり、ナイフがシドの物であったため彼は逮捕され取り調べを受けたが、レコード会社が金を積んでくれたおかげで釈放となった。

釈放された彼だが、ナンシーはラリッて錯乱したシドによって殺されたことがほぼ明白であり、彼は余計ふさぎ込んでヘロインを常用するようになる。そしてナンシーの死から4ヶ月も経たない1979年2月2日、彼は麻薬の過剰摂取によって21歳の若さでアッサリ死んだ。生前から25歳まで生きるつもりはないと語っていた彼なので、めでたしめでたしかと思われたが、ナンシーの遺族がシドを彼女の隣に埋めることを拒否した挙句、火葬の際に「死んだらレザーのジャケットとバイクブーツを死装束にしてくれ」と言っていたことを忘れていた。しかし焼いてしまったものは仕方ないので、遺族はレザーを焼いた灰をシドの遺灰に3:2の割合でよく混ぜてナンシーの墓の上に撒いてあげた。よかったねクソッタレ。

その後[編集]

Wikipedia
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彼のクソみたいな刹那的生涯はパンクロック小僧たちの憧れの的となり、死後パンクの精神を体現化した男として祭り上げられるようになる。彼らを元に製作され1986年に公開された『シド・アンド・ナンシー』はクソ傑作ラブストーリーとしてクソ好評を博し、2009年には彼の映像を編集したドキュメンタリー映画、『THIS IS SHIT』が公開……されなかった。

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