ザリガニ

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ザリガニ(お仏語:écrevisse)は、素晴らしき食材である。一般的にザリガニ下目に属する淡水生の甲殻類を総称するが、ここでは主に食材としてのザリガニを解説する。

ウシガエルとともに[編集]

水産局職員たちの夢。

本来日本の在来種は北日本に生息するニホンザリガニだけであったが、サイズの割に頭ばかり大きく足留まりも悪かったため、あまり食材としては見向きされなかった。しかし昭和二年にそんなザリガニの利用価値が突然見出される。

将来起こりうるであろう食糧危機を見越した政府によって、良質の蛋白質を持ち、成長も早く巨大化するウシガエ…グルヌーユ(※仏語)というオサレな肉の素がアメリカから輸入された。しかしこの貪欲な肉の素に与える飼料として適切であるとされる淡水生甲殻類が日本には少なかったため、アメリカはルイジアナから真っ赤なザリガニ、アメリカザリガニが輸入されたのである。

さてさてウシガエルは養殖されたザリガニを貪り食って巨大化。ついでにすし詰め養殖池の中で勝手に交尾して殖えまくった。ちくしょう、オタマジャクシまで10センチ近くある。巨大化したそれを職員が嫌々皮を剥ぎ、全国に出荷されたが、あまりにもカエル丸出しビジュアルのおかげでちっとも売れやしない。なのにどんどん殖える。困った職員たちは「かわいそうだから自然に還そう。」というありがちな思考でウシガエルを放流、当然エサのアメリカザリガニたちも野に放たれた。

闘い[編集]

行動力溢れるアメリカザリガニだけに養殖事業もまた苦難の道程となった。

野に放たれたルイジアナ生まれのタフガイたちは早速自分たちを生態系に食い込ませ、種類問わず在来種を駆逐、水草の根を齧り、瞬く間に日本の湖沼を占拠した。一方ウシガエルも水辺で突然ジャンプして子供たちに心臓発作を起こさせていた。これには近隣住民が黙っていない。住民は網、罠による大量捕獲を行うも、春になればまたザリガニだらけになる、そんないたちごっこが昭和の間続いていた。さらには何をトチ狂ったか、ザリガニ駆除と称して池にオオクチバスを放流する輩も現れ、日本の湖沼は世紀末状態を呈した。

そんなあるとき、一人の貧しい若者がドブ川でおいしそうなエビを発見した。野菜くずなどで釣れ、しかもいくらでもいる。彼は古アパートでそれを茹で、後味に妙な金属臭さを感じつつも気にしないでいた。そのとき丁度東京のフレンチレストランではエクルビスなるエビが人々に饗され、皆がこの聞き慣れないおフランスの香り漂うエビに舌鼓を打っていた。そう、日本でザリガニが急増した数十年後、やっと本場おフランスの料理法が伝わったのである。水産局職員の計画倒れ以外の何物でもない。

エビチリ(のようなもの

食用としての未来[編集]

最近は素材の味を最大に活かす為の素揚げも人気となっている。

本来フランス料理では、カエルよりザリガニの方が高級食材であり、その時点で日本はスタート地点を間違っていたといえよう。フレンチではしばしば煮込み料理などに使用され、アメリカでは茹でただけで饗されることが多い。茹でただけのザリガニが名物料理とは、まったくアメリカ人にお似合いである。しかしアメリカやフランス、中国などの名だたる国(ただし中国は何でも食べるため例外)が食しているザリガニを日本人が食べないとは全くもったいないことであった。

そこで有志の者たちが集い、ザリガニに対する偏見などを払拭しようと街頭でザリガニをバリバリ齧るパフォーマンスを行うなど、普及に努めた。また会員はドブさらいなどのボランティア活動にも積極的に参加し、現地採取されたザリガニをあさましくも齧って安全な食品であることをアピールしたが、会員の胃が強靭であることの方が強調されてしまう結果となった。

だが、そんなことであきらめる会員ではない。日本でもいつかザリガニブームが来るのを信じて彼らは今日も街頭でザリガニを齧り続けるのだった。彼らの活動は続く、日本の食卓にザリガニの殻が山積みされる日まで。

関連項目[編集]